3-16 火が消えたあとの世界
「
零一は、つい声を上げた。ユアやヒロといった幼い子どもを可愛がっていた
「ええ。
「それは、つまり……」
「〝神様〟が『
「そうよ。なんであんたが不満そうなのよ」
「代替わりの件なら、『
「訊きたくても、訊けるわけがない状況だったのよ」
足を組み直したミキは、つっけんどんに言い返した。
「さっきも言ったけど、この時期はモンスターの被害が凄まじかったのよ。最低限の食料調達に出かける以外は、みんな自宅に立てこもっていたし、住人の誰が死んで、誰が今も生き残っているかなんて、全く分からなかった時期なのよ。あとで知ったことだけど、『
「そんなに酷かったんですか……」
零一は、
「ええ。私は、食料の仕入れができる住人の家に
「ご忠告、痛み入ります」
榊は、
「
「ええ、言ってたわよ。〝神様〟の継承の方法は、さっきアユちゃんが言ったように詳細は伝わっていないけど、『
ミキは、ボールペンの先端を議事録に当てた。一年前の〝常夜会議〟時点の〝神様〟として記された、『
「
「〝常夜〟に来てすぐって……俺と
〝神様〟の話だけでも寝耳に水なのに、エイジたちのような〝常夜〟の実力者ならまだしも、よりによって新人が、〝神様〟の座に就いたのか。
「言うなれば、人選ミスね。〝現実〟の記憶が戻っているか、戻っていないかすら分からない人間に、全知全能の神としての能力を継承させてしまったのだから」
「そんな……それって、あの、まずいですよね……?」
「めちゃくちゃまずいわよ。〝神様〟が座るはずの席に、いけしゃあしゃあと〝死神〟が座ってるくらいにまずいわよ。零一君だって選挙に行くときには、立候補している人間が掲げた公約をよく読んでから、清き一票を投じるでしょう?」
「はあ……まあ」
「じゃあ、こういう例えならどう? もし零一君が、明日から全国民のリーダーになってくださいって言われたら、どうする?」
「嫌です。無理です。絶対、俺には向いてません」
即答した。その大任を断るためのあらゆるネガティブな言い訳だけで、大学の講義で提出したレポートの二倍は余裕で書けるだろう。エイジが呆れ
「まあ、そういうことよ。〝神様〟としての器かどうか、はっきり分からない人間に、上に立たれるのは怖いってわけ。いきなり〝神様〟にされた住人だって、突然に降って湧いた大役を、今の零一君みたいに持て余すかもしれないもの」
「なんか、すみません……」
「謝ることじゃないわよ。自分の可能性を制限する言い方は感心しないけど、無責任な『できる』よりも、正直な『できない』のほうが好ましいわ」
あっけらかんとミキが笑ったので、零一は少しだけ心が軽くなる。消極的な選択を、こういうふうに捉えてくれる人もいるのだ。ミキの大らかさは、エリカに通じるものがある気がした。「ただ」と話を再開させたミキは、気難しげに眉根を寄せた。
「新人が〝神様〟になったのは、やっぱり厄介ね。特に〝常夜〟に流れ着いたばかりの新人は、記憶の大半を失っている場合がほとんどだし、人によっては記憶を取り戻すまでに長い時間をかける場合だってあるわ。屋台の
大将の名が出たことで、零一は小さな後ろめたさを覚えた。今となっては、はっきり分かる。零一のほうがあとから〝常夜〟に流れ着いたが、おそらく全ての記憶を取り戻すのは、零一のほうが先だろう。そんな状況に焦りを覚えるのは、生きている限り当然だ。アユが「つまり」と口を挟み、要点を再びまとめてくれた。
「――『
「ええ、ばっちりよ。二年の歳月が流れているから、もし存命なら新人という呼び方は微妙だけどね」
ミキはボールペンをくるりと回すと、長い語りに終止符を打った。
「私が
沈黙が、
「火が消えたあとの世界……」
〝常夜〟という謎のベールに包まれた世界を支えるために、要となる人間の代替わりを聖火リレーのように繰り返すことで、保たれてきた平和と調和。その均衡が崩れたということは、『
だが、そもそも『
――零一たちが暮らす〝常夜〟は、〝神様〟に捨てられた世界であり、人々の祈りを託した聖火を、二年前に失った。そんな、火が消えたあとの世界、なのかもしれない。
漫然と思考を泳がせていると、
「……ミキさん、お話は分かりました。『
「正直に申し上げますと、お話を聞かせていただいたことで、私は『
「榊さん……っ?」
驚いた零一は、腰を浮かしかけた。榊は、ミキだけを見つめて畳みかけた。
「〝神様システム〟だって同じことです。こちらについては『
「……っ」
口を挟めなくなったのは、零一も『
「さあ、ミキさん。〝神様〟には何ができるのか、詳しく教えていただけませんか? 内容次第では、私も『
「待って、榊さん。落ち着いて話し合いましょう? ね?」
零一に代わって
「ふん、化けの皮が剝がれてきたわね。分かりやすい挑発をしてきたって、あんたにはまだ〝神様〟の特権については教えないわよ」
「どうしてですか? 私ではなく零一君なら、教えていただけましたか?」
「そうかもね」
「ちょっ、ミキさん」
零一は、大いに狼狽えた。さしもの榊も面食らったのか、唇を結んで黙り込む。その唇が反論の台詞を紡ぐ前に、エイジが取りなすように口を挟んだ。
「墓参りをするまでは、教えない。そんなしきたりが、どうして生まれたと思う?」
榊が、エイジに視線を転じた。ミキが渋い顔で「言うの? 中途半端に教えても、余計に気になるだけよ」と文句を言ったが、エイジは「仕方ないさ」と低い声で応じてから、榊の視線を受け止めた。
「〝神様〟の特権を巡って、無用な争いが起きるのを防ぐためだ。己に負けかけている人間は、〝神様〟の特権に安易に飛びつく。そんな人間が〝神様〟になろうなんて邪心を抱けば、ここで必死に生きている住人たちの毎日が、台無しにされかねないからな」
「今の私が、己に負けかけていると?」
「違うか?」
「……。いいでしょう。ここでエイジさんの機嫌を損ねたら、お墓参りに連れていってもらえないでしょうから。『
「今日は
「お墓参りには、いつ連れて行っていただけますか?」
「お嬢さん次第だな」
「……。では、明日は?」
「今の言葉は、相応の態度で臨むという返事だな?」
「もちろんです。明日のお墓参りでも、本日の〝常夜会議〟でも、〝神様〟に対する不敬な発言は慎みます」
「そうか。……ということだ、零一君。少し遠出するから、そのつもりでいてくれ」
「は、はい」
零一が慌てて頷くと、こちらを振り向いたヒロが「零一にいちゃん、遠足? いいなぁ」と羨ましそうに言った。杉原が優しい声で「遠足じゃないのよ」と諭す姿を見ていると、ほんの少しだけ気持ちが和んだ。榊も二人の様子に思うところがあったのか、気まずそうに目を伏せている。そんな榊へ、エイジが重々しく告げた。
「墓参りには、
「そうですか。光栄です」
榊は憂いの表情を消し去ると、再び悠然と微笑んだ。ミキが鬱陶しそうに片眉を上げて、「
「ええ。もし『
ミキが、嫌悪感を露わに目を細める。その隣ではアユがまたもや肩を竦めていた。零一は意味を汲み取れなかったが、一拍遅れて理解した。
「二年前の時点で〝神様〟だった『
「ああもう、勝手に言ってなさいよ」
「同感ですね。皆さんー、〝神様システム〟の説明は以上です。ここからは一つ目の議題について、皆さんの意見を募っていきますー」
ミキとアユが〝常夜会議〟を進めたことで、純喫茶跡地に
「零一君、気にするな。君が信じたいものを、信じればいい」
「あ……はい」
頷いた零一は、榊の台詞を意識的に頭の隅へ追いやった。
だが、裏切り者という冷えた言葉は、心臓に刺さった鏡の欠片のように残り続けて、なかなか消えてくれそうになかった。
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