3-15 受け継がれる神様
「どうして、って……元々は、こんなに廃れてなかったのか?」
「そうよぉ。七年前はビルも〝現実〟と同じくらいにしっかりしてたし、あの頃から太陽の光は拝めなかったけれど、街並みは見違えるくらいに綺麗だったわね」
「じゃあ、なんで今はこんな……モンスターの所為ですか? ミキさんは、以前に教えてくれましたよね、モンスターの被害が酷かった時期があるって……」
アユからミキに視線を転じて、零一は言った。モンスターに
「それだけじゃない」
「では、どうしてこんなことに?」
「〝常夜〟から、神様がいなくなったから。私は、そう聞いています」
「はい、その通りです」
アユは、表情を凛々しく引き締めた。零一に『お墓』の件を告げたときと、研ぎ澄まされた雰囲気が同じだった。
「零一さん。
「住人が……神様に?」
零一は、目を見開いた。
「しかし、肩書きは全知全能の神様とはいえ、肉体は脆い人の身です。〝常夜〟は狭い世界とはいえ、一つの世界を統治するという責務を長年に渡ってこなせるほどに、〝神様〟の身体を
息を吸い込んだのは、零一だろうか。
「〝神様〟を継承って……どうやって、新しい〝神様〟を選ぶんだ?」
「詳細は、伝わっていません。分かっているのは、〝神様〟の継承は〝神様〟自身にしか行えず、〝神様〟が新たに選んだ住人に引き継がれるということだけです」
言葉を区切ったアユは、祈りを捧げるように目を閉じて、歌うように言った。
「〝神様〟は、〝常夜〟を支える
束の間の沈黙に、
「物は言いようね。私には、
「お嬢さん、それこそ物は言いようだな」
エイジが、榊を振り向いた。表情には怒りもないが、笑みもない。大それた話を淡々と、ただただ事務的にこなしている様子が見て取れる。
「畏敬の念については、おおむね事実だろう。ただし、人身御供だと捉えるかどうかは、人それぞれだ。少なくとも、〝神様〟になるメリットはある。〝神様〟が得られる特権の一つは、特定の住人にとって、喉から手が出るほど欲しいものだからな」
榊が、表情を変えた。探るような声音で、エイジに問う。
「その特権の内訳を、正確に教えていただけますか?」
「その質問には、まだ答えるわけにはいかないな」
「なぜですか」
榊は、
「俺たちが今日の会議で打ち明けるのは、アユが話す範囲の情報だけだ。詳しい話は、墓参りの道中でさせてもらう」
「墓参り?」
「ああ。〝神様〟システムの全貌を明かすのは、〝常夜〟の最後の神様を名乗ってやがる『
榊は、神妙な顔で押し黙った。アユたちから聞かされた壮大な物語を、事実として受け止めようとしている顔だ。エイジたちへの苛立ちは伝わってくるが、話の信憑性にケチをつけているわけではなさそうだ。零一は、躊躇いながら質問した。
「
「……。時期は、二年前だったかしら。確証はないけどね」
今回もミキが答えてくれたが、「え、でも」と零一は訊き返す。
「一年前の議事録には、『
「ややこしい事情があるのよ。まあ、順を追って説明するわ」
ミキの面倒臭そうな声を聞きながら、零一は『二年前』という台詞が気になった。廃駅でアユが話していた『〝現実〟発〝常夜〟行きの電車』の件も二年前だが、乗車していたのは零一も知っている住人とのことなので、こちらは『
「二年前くらいの時期から、〝常夜〟の建物がモンスターから受けるダメージが、段違いに大きくなった気がするのよね。モンスターの被害がさらに酷くなって、多くの住人が消えるようになったのは、それよりも少しあとの話よ。『
「そうなんですか?」
「ええ。だから一年前の第百四十四回〝常夜会議〟の議事録には、一応『
「……ええっ?」
思わず声を上げた零一だけでなく、これには榊も驚いたらしい。ヒロだけはきょとんとしていたが、隣の
そういえば、杉原の〝常夜〟滞在歴を確認したことはなかったが、確かアユよりもあとに来たはずだ。〝常夜会議〟は杉原にとっても初めてで、きっと零一たち同様に初めて知ることもあるのだろう。ミキの隣で、アユが話をまとめてくれた。
「――『〝常夜〟の神様は、二年前に姿を消した。その時点までの〝神様〟として、役割を継承していた住人の名前が『
「この議事録の〝神様〟の欄に、誰かが『
ミキの投げやりな声を聞いた榊が、「あるいは」と冷ややかな横槍を入れた。
「――誰かがその議事録に、勝手に『
空気が、一瞬だけ凍った気がした。鋭い
「何のために、そんなことをする必要がある?」
「この推測が正しかった場合、どこかに本物の〝神様〟がいるかもしれませんよね。例えば、そう――この〝常夜会議〟のメンバーの中に。そして、〝神様〟が持つ特権とやらを、誰の目も
涼しい声音で、榊は言った。ひやりとした緊迫感が、場を再び支配しようとする。エイジは全く動じずに、榊の推理を切り捨てた。
「可能性がゼロとは言わんが、その考えは的外れだな」
「根拠をご提示いただけますか?」
「あんたね、その辺にしておきなさいよ。陸の孤島みたいな終末世界で、殺人事件でも期待していそうな探偵気取りには、私から説明してあげるわよ」
ミキは盛大な溜息を吐き出すと、カウンター席で足を組んだ。
「少なくとも、『
「ミキさんたちの仲間だから、信用すると? 私情を挟んでおられるようですが、お聞きしましょう。ミキさんたちに〝神様〟の名前を伝えた住人は、どなたですか?」
榊の涼しい挑発を、ミキは相手にしなかった。赤いルージュを引いた唇が、零一も知っている住人の名前を口にした。
「
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