3-33 水晶洞窟の神社跡地

 水晶洞窟の細道を一列縦隊じゅうたいで進んでいくと、空間の幅が徐々に広くなった。やがてエイジとさかきが先頭を歩き、零一とミキとヒロがついて行くという地上と同じフォーメーションに落ち着いたが、景色は地上から一変している。黒々とした岩場の道は、水晶の加護を受けたような月光の青に照り輝き、あちこちに生えているクリスタルは、手のひらサイズの可愛らしいものだけでなく、零一の背丈を超えるほど大きなものもかなり多い。透明な鉱物の連なりは、探検者たちの全身を鏡のように映していた。そわそわした零一の顔を、ミキが不思議そうに覗き込む。

「どうしたの?」

「あ、いや……自分の顔が常にどこかに映ってる状況って、なんか落ち着かなくて」

「何を気にしてるのよ? 別にいいじゃない。零一君だって、ルックスは悪くないんだし。ああ、でも水晶を鏡の代わりにしてチラチラ見て、ナルシストを気取られたらむかつくわねー」

「むかつくって……俺くらいの顔なら、〝現実〟にたくさんいると思いますけど。大将たいしょうとか、エリカがイケメンって言ってましたし……」

「あらー、よりによって大将さんを引き合いに出すとはね。どうして絶対に敵わない相手をライバルに据えて、自分と比べちゃうのかしら。損な性格をしてるわねえ」

「ぜ、絶対に敵わない……」

「あれは次元が違う美形よ。一般人が同じ土俵に上がれるとは思わないことね」

 地味に傷ついた零一は、この話題からは建設的なものは何も生まれないと早々に見切りをつけて、「ミキさん」と呼んで話題を変えることにした。

「この水晶……〝常夜〟にしか存在しない鉱物って、洞窟の奥に進むにつれて増えてますよね。〝神様〟のお墓まで、ずっとこんな風景が続くんですか?」

「ええ。歴代の〝神様〟が眠る神聖な場所だってことを、まるで教えてくれているみたいにね。道の途中で休憩できる建物はあるけど、その周辺も水晶だらけよ」

「ミキねえさんも、水晶のことに詳しいの?」

 ミキを挟んで隣を歩くヒロが、瞳を好奇心で煌めかせた。先ほどの零一とミキの会話を聞いていたのだ。ミキは「そうよぉ」と得意げに答えると、蘊蓄うんちく披露ひろうしてくれた。

「水晶はね、指輪やネックレスみたいな装飾品として身に着けるだけではなくて、お守りや占いの道具として使われてきた歴史があるわ。海外では失くした物を見つけ出すと信じられてきたし、雨乞あまごいの儀式に用いた部族もあるそうよ。江戸時代の日本でも、水の精と書く『水精すいせい』と呼んで、守護石として扱っていたんだから」

「ミキさん、俺なんかよりもずっと博識じゃないですか」

「そりゃそうよ。商売道具に所縁ゆかりがある鉱物だもの。零一君、私が〝現実〟で占い師だったことを忘れてるんじゃない? 私はタロットカード専門だったけど、水晶玉占いをしていた同業者もいたもの」

 その台詞せりふには、前方を歩くさかきが反応した。セミロングの黒髪を揺らして振り返り、「そうなんですか?」と問いかけてくる。地上のときと同様にエイジとは会話がなかったか、あるいは零一たちの会話に耳をそばだてていたのだろう。

「ああ、私がどうして〝常夜〟に流れ着いたのか、あんたには話してなかったっけ」

 ミキの面倒臭そうな声が、零一に先日の出来事を回想させた。七年前のミキが、呉飛龍ウーフェイロンとともに〝常夜〟に流れ着いた経緯を知ったのは、『雹華ヒョウカ』で火鍋ひなべを囲んだときだ。

「ええ。差し支えなければ、教えていただけますか?」

「楽しい話じゃないわよ。今日は〝神様〟の墓参りに集中しなさい」

 詮索を拒否された榊は、少しだけ不服そうな顔をした。銀縁ぎんぶち眼鏡越しの視線が零一を刹那せつな捉えたので、零一がミキの過去を知っていることを気取けどったのだ。首をすくめた零一を見兼ねたのか、ミキは溜息を吐いてから言葉を重ねた。

「〝現実〟にいた頃の思い出話を、〝常夜〟の新人にどこまで打ち明けるか。判断は住人たち一人一人に委ねているわ。話したければ話せばいいし、話したくなければ話さない。〝現実〟のコミュニケーションと同じよ。ただし、より詳しい話を打ち明けるのは、〝神様〟のお墓参りを済ませてから。私が零一君にだけ自分の過去を打ち明けたと疑ってるんでしょうけどね、彼にも全ての情報は明かしていないわ」

「例えば、〝神様〟を継承した住人が得られるという、特権のような?」

「お嬢さん、ミキ。そのくらいにしておけ」

 エイジが、顔だけでこちらを振り返った。榊は納得できないようで「今日は教えていただけるという約束でしたよね?」と食い下がったが、エイジは無感動な口調で「墓地に着いてからにしてもらおう」と切り捨てると、謎の言葉を続けた。

「……人には、人のペースがある。個人のペースを乱す人間を生み出さないように、〝現実〟に関わることは慎重に管理してきた歴史の産物が、このしきたりだ。もっとも、今回はどえらい騒ぎになりかけたがな」

 ――人には人のペースがあるから。エリカも、今までに何度か口にしていた台詞せりふだ。零一が符号に気づいたように、榊も脈絡のない言葉に疑問を持ったようだが、エイジの後半の台詞が明らかに先日の〝常夜会議〟の一件に対する皮肉だったからか、沈黙を挟んで涼しく微笑み、白いトレンチコートを翻して歩き出した。

「……分かりました。実力者の皆さんの判断に従います」

 地下の空気が、少しだけ重くなった。ヒロが寂しそうにミキの服の裾をぎゅっと握って「榊さん、怒ってる?」と囁くので、ミキが「大丈夫よ」と囁き返している。

「あなたたちが知りたいことは、ちゃんと教えてあげられると信じているから。だから、ここに連れてきたわけだしね。……あ、目印が見えてきたわね」

 ミキが指さした前方は、長いトンネルの終わりのようにまばゆかった。エイジが今度は全身で振り向くと、零一たちを手招きしてから、低く言った。

「ここから先は、神域しんいきだ」

 その言葉が、文字通りの意味を持つことを、エイジに追いついた零一は目の当たりにした。呆然とした声が、自然と漏れた。

「ここは……」

 ――洞窟のトンネルを抜けた先は、ミキの言葉通り天井が崩れ落ちていて、満月が浮かぶ〝常夜〟の夜空が見渡せた。水晶の道も先ほどまでと変わらず続いていて、天井を失ったまま前方へ長く延びている。遠目にはまたトンネルの入り口が見えるので、いずれは再び洞窟に入ることになるのだろう。

 零一たちの度肝を抜いたのは、まさにこのトンネル同士を繋ぐ道だった。

 月光を燦々さんさんと浴びた、水晶に侵食された岩場の道に――丹色にいろ鳥居とりいが、数えきれないほど突き刺さっていたのだ。

 かみさびた鳥居は、質素な造りで柱も細く、一基いっきごとの高さもさほど高くない。だが、本来であれば参道に沿って整然と連なっているはずの鳥居の群れは、さまざまな角度で洞窟を穿うがくさびと化していて、本来の役目をとうに終えているのは明らかだ。今にも土にかえりそうな風化に身を任せた丹色にいろ瓦礫がれきを、水晶のつるぎが青白く刺し貫く眺めは壮麗で、神域と俗界ぞっかいを区別する結界が壊れた姿は、数多の墓標ぼひょうのようにも見えた。

「私たちはこの場所を、神社跡地と呼んでいるわ」

 零一の隣に立つミキの吐息に、いつしか白さが戻っている。暗い空から吹き込んできた真冬の外気が、地下の暖かさを冷やしていた。

「神社跡地……地下に、神社があったんですか?」

「いいえ。神社があったのは、この真上よ。ここにある鳥居は、地上から地下に落ちてきたのよ。モンスターの被害が酷かった二年前の時期に、この一帯が甚大な被害を受けたからね」

「そういえば、ミキさんは言ってましたよね。地下に繋がる隠し通路は三つあって、CDショップ跡地のルートはきつい、って。ここと同じような状態ですか?」

「ここより酷いわよ。ここはあちこちに鳥居が突き刺さってるけど、人間が通れるくらいの道は確保できたもの。最初は塞がれてたんだけどねえ。エリカちゃんを連れて歩けるように整えるまで、かなり時間が掛かったのよ」

「エリカも……ここを、通ったんですね」

 エリカは、〝常夜〟に流れ着いてから、五か月後に――〝神様〟の墓参りに行ったのだと、ミキは〝常夜会議〟で教えてくれた。ミキもかつての墓参りを回想したのか、目元にうれいが滲んだが、続いた台詞はさっぱりとしたものだった。

「このルートは復旧できたけど、物資が不足している〝常夜〟では、大工のエイジさんの力を借りても、これ以上の修復は望めないわ。本来の神社跡地の一帯には、見ての通り大穴が開いたままだから、もう誰もこの辺りの地上には近づけないわね」

「この真上は、地上のどの辺りですか? 地下に潜ると、自分が今どの辺りを進んでるのか、よく分からなくて……」

「駅前広場から延びる大通りよりも右側の道を、ラジオ局の方角に進んだ場所よ」

「その位置って……」

 言いかけた零一は、冷静に口をつぐんだ。推測に過ぎないが、ミキが語った地点は――呉飛龍ウーフェイロンの店『雹華ヒョウカ』がある区域と、かなり近いはずだ。

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