3-13 曲者揃い
「来たわよー。うわぁ、辛気臭い顔ぶれねぇ。
「ミキさん、そう仰らずに……ミキさんが一緒なら、私も心強いですから」
ミキと杉原が、手にビニール袋を提げて現れた。ミキは昨日『
「おはようございます。皆さん、お待たせしました」
「二人とも、すまないな」
エイジが労うと、ミキが「いいのよお、別にね」と言って、ビニール袋からペットボトルの
「あ、ありがとうございます。今日はよろしくお願いします」
「ええ、頼りにしているわ。といっても、私はこんな会議なんて、今すぐ閉会しちゃえばいいと思ってるけどねー」
ミキは聞こえよがしに言ってから、純喫茶跡地の最奥をちらと見た。視線を受けた
「ミキさん。ご足労いただきありがとうございました。本日は、お手柔らかにお願いします」
「ふうん。まあ、一昨日までの良い子ちゃんぶってたあんたよりは、今のあんたのほうがマシかもね。アユちゃんー、さくっと始めてちょうだい」
「了解ですー。書記のミキさんは、こちらへどうぞ」
厨房から出てきたアユが、カウンター席の椅子に腰かけた。手には古びた冊子が握られている。
「アユちゃんの持っているそれが、今までの〝常夜会議〟の議事録ね? この純喫茶跡地で保管していたのね」
「そうですよ。今後も同じ場所に保管するとは限りませんが」
「〝常夜会議〟が終わった後で、その議事録を私にも見せてもらえないかしら?」
「その辺りも含めて、会議で議論してはいかがでしょうか。榊さんが今も持っている手記の貸出の権限について、異議がある住人もいらっしゃるようですし」
「その権限を下さったのは、エイジさんを始めとした〝常夜〟の実力者たちよ?」
「エイジさんたちは、その権限を永続的に認めたわけではありません」
「そうね。私だって、永続的な権限なんていらないわ」
榊は、アユをひたと見据えると、淡々と言い返した。
「こんな世界に、私は永住なんてしたくないもの」
――しん、と沈黙が降りた。杉原が困惑の表情で、「二人とも、落ち着いて……」と口を挟み、両者の間に進み出る。榊は
「そういえば、零一君。エリカちゃんの姿が見えないけれど、どうしたのかしら」
エリカの不在については、必ず追及されると思っていた。零一は、緊迫感で軋んだ空気に負けないように、
「エリカは、来ません。……俺が行くから、待ってるように言いました」
アユが、カウンター席でサムズアップした。その隣に腰かけたミキも、とびきり下世話に笑っている。零一がげんなりしていると、榊も肩を竦めて微笑んだ。そのときの仕草と笑みだけは、今までのような肩肘張ったものではなかった。
「そう。理由は教えてくれないのね。それとも、訊くだけ
言い終えると、自然体の榊は消えていた。
「〝常夜会議〟の参加者は、この六名だけですか?」
「悪いな。今回の参加者は、『〝現実〟の記憶を全て思い出した住人』に限定させてもらった」
エイジが、榊の問いかけに応じた。零一は、その台詞に動揺する。
これで、もう間違いない。――ここに来るはずだったエリカには、〝現実〟の全ての記憶が戻っている。榊はしばらく黙ってから、冷静に切り返した。
「嘘ですね。少なくとも零一君は、まだ記憶を全て取り戻せていないはずです」
「零一君は例外だ。確かにまだ忘れているが、残りの記憶を取り戻す気概はある」
エイジが言い切ると、まだ座らずに立っていた杉原が、後ろめたそうに目を泳がせた。ユアとアユより少しだけ長い黒髪が、物憂げな横顔に掛かっている。その様子が零一には気になったが、榊とエイジは会話を続けていた。
「エイジさん。〝常夜〟滞在歴が三か月の私でも、全てを思い出せました。私のような住人は、大勢いらっしゃるはずです。〝現実〟と〝常夜〟のどちらを選ぶか、この人数で多数決をしても、あまり有意義とは言えませんね」
「そうだろうな」
「住人たちに多数決をさせるのは、そんなにお嫌ですか?」
「ああ。やなこった」
エイジは、胡乱な眼差しを榊に向けた。表情はいつもと変わらないのに、ぞっとするほどの凄みがあった。
「お嬢さんも、全てを思い出したって聞いてるよ。フラッシュバックから二日も経てば、ちったぁ頭が冷えるかと期待したが、そういうわけでもなさそうだな。まあ、お前さんの言い分も聞いてから、こっちの考えを言わせてもらおうか」
「ちょっ、エイジさん、落ち着いてください。榊さんも、煽らないで……!」
席を立った零一も、慌てて二人の仲裁に入った。今までにアユとエイジがそれぞれ見せた、不敵な笑みを思い出す。もっと早く気づくべきだった。
榊とそりが合わなかったミキだけでなく、アユも、エイジも、誰一人として、今回の〝常夜会議〟を、穏便に済ませるつもりがない。唯一の味方の杉原も、手に負えない猛獣を前にした顔でおろおろしている。この場にエリカがいたら、常識人として彼らを諫めてくれただろうか。それとも、火に油を注いでいただろうか。
「どうなるんだ、これ……」
早くも
救いの手は、思わぬところから差し伸べられた。
――カラン、と扉のベルが鳴り響き、新たな来客を知らせたのだ。舌足らずで明るい大声が、ぎすぎすした暗い空気を、問答無用で吹き飛ばす。
「あれぇ、零一にいちゃんがいる! エイジおじちゃんも!」
「……ヒロっ?」
月明かりを背にして立ったのは、小学三年生のヒロだった。長めの黒髪を一つにくくり、上着はなく半ズボンという相変わらずの出で立ちだが、今日は初めて見る長袖姿だ。
ヒロはとことこと歩いてくると、「杉原さん、アユねえちゃん、ミキねえさん!」と入り口から近い順番で呼びかけて、店の奥にいる榊に気づき、満面の笑みになる。
「榊さん、見つけた! かくれんぼ、僕の勝ち!」
「ひー君、どうして……待ってて、って言ったのに……」
榊は、明らかに狼狽していた。誰と議論しても片鱗すら見せなかった動揺が、幼い同居人の登場によって引き出されている。事情を察して、零一は訊いた。
「榊さん、ヒロに留守番をさせてたんですか? ここに来させないために……?」
「……ええ。どうしても〝常夜会議〟に一緒に行くって、きかないから……かくれんぼの続きは、私が帰ってきてからねって、言ったんだけど」
「まあ、いいじゃねえか」
エイジは、小さく息を吐いた。さっきまでの気迫は演技だったのかと思うほどに、普段の落ち着きが戻っている。
「ヒロが居てくれたほうが、こっちも頭に血が上らないで済む。なあ?」
「同感ね。零一君と杉原さんが、あたふたしている姿が見られないのは残念だけど」
ミキもカウンター席で頬杖をつくと、人を食ったような笑みを向けてきた。アユも苦笑しているので、全員が留飲を下げてくれたようだ。零一は安堵したが、疲れは募りこそすれ消えることはなく、やがて
「……」
エイジたちは、やはり演技をしていたのではないだろうか。昨日六〇二号室を出る際に、エリカが零一に言った台詞を思い出す。
――『榊さんは、嘘をついてる。あの人は、自分の本当の名前を、もう思い出してる。嘘をついた理由は分からないけど、もし何か狙いがあるなら、警戒したほうがいいかもね』
榊の隠し事を、エイジたちも見抜いていたのだろうか? だから、揺さぶりをかけていた? 互いに顔を合わせた瞬間から、腹の探り合いは始まっていたのだ。
――参加の予定だったエリカが欠席し、不参加の予定だったヒロが出席した。〝常夜〟の新人と呼ばれる零一、榊、ヒロの三名が、図らずも全員揃った形になる。
予定外が続いた〝常夜会議〟は、これからどう展開していくのだろう。零一は被害者同士の杉原とアイコンタクトを交わしてから、今すぐに帰りたいという弱音を封印して着席し、
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