第2章 走り出す音楽

2-1 ラジオ局と常夜鍋

「――『ユアとアユの常夜鍋とこよなべ』、本日の担当パーソナリティはアユです! 今日も〝常夜とこよ〟は寒いですねー。お鍋が美味しい季節になりました。皆さんは、どんなお鍋がお好きですか? アユのお気に入りは、扁炉ピェンローです! 扁炉ピェンロー、皆さんはご存知でしょうか。塩と胡麻油でいただく白菜のお鍋です。ああっ、零一さんが「常夜鍋とこよなべじゃないんかーい!」と言いたげな顔で、私を見ています! そう、本日のゲストは、〝常夜〟の期待の新人、零一さんです!」

「……どうも」

 ハイテンションな少女の高い声と、投げやりな零一の低い声が、廃ビルの五階にエコーする。

 ワンフロアを丸ごと贅沢に使った室内には、事務机がずらりと並んでいた。元々は企業のオフィスだったのだろう。机ごとに設置されたパソコンは電源が落ちていたが、たった一台だけ、室内の隅でパーティションに囲われた応接スペースのパソコンだけは、青白い明かりを灯している。パソコンに繋がれた長方形の筐体きょうたいは、FMステレオ送信機という名前だと、零一の目の前に座ったお喋り好きの人物が教えてくれた。他にもカラフルなつまみやスイッチがたくさん付いたミキサーという音響機材もケーブルで接続されていて、大人が八人は卓を囲めそうな応接テーブルを占拠している。

「では、零一さんの無言の訴えにお答えして、改めまして『常夜鍋』について説明しますね。私たちのラジオ番組名にもなっているこのお鍋は、『じょうやなべ』や『とこやなべ』などといった別の読み方もできます。お鍋の具は、豚肉とほうれん草、他にも白菜や椎茸、お豆腐などをお好みで入れて、ポン酢であっさりといただきます。お肉は鶏肉や牛肉に変えても大丈夫ですよ。大根おろしと粉唐辛子という薬味が揃えば最高ですね。ああ、〝常夜〟では手に入らない食材もあるという点が、〝現実〟への郷愁を掻き立てます。――というわけで、本日のお題は『好きな鍋料理』! リスナーの皆さんからのおすすめを中心に、わたくしアユが紹介していきます!」

 げっそりと疲れ果てた零一は、キャスター付きの事務椅子の背もたれに身体を埋めて、聞き役に徹する。

 底抜けに明るい声は滑舌かつぜつがよく、内容も意外にちゃんとしている。初対面の印象から絶対に代役を立てていると疑っていたが、その予想は半分外れで、半分当たりといったところだろうか。

 それにしても、と零一は思う。

 ラジオのパーソナリティを務める人物が、自分よりも若い子どもだとは思わなかった。

 少し離れた事務机からにやにやとこちらを見守るエリカの視線を感じながら、なぜ自分がこのような仕打ちを受けているのか、零一は奇妙な経緯を反芻していた。

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