2-5 隕石を捜して

 ラジオ局を出たその日から、エリカを主体とした隕石の捜索が始まった。

 まずは、夜の十時四十七分にマンションの屋上に待機して、天体観測をするところから開始した。色違いの隕石とやらを見定めるためだ。

 しかし、捜索は早くも難航することになる。

「色違いなんか、本当にあるのか……?」

 がらんとした屋上の片隅で、零一は途方に暮れていた。

 青い月を浮かべた暗い夜空は、今日もマグマを彷彿とさせる鮮やかなだいだいに燃えている。彗星すいせいのように尾を引いて流れる星の群れは、瞬く間に〝常夜〟の地上へ落ちていき、二人の視界から消えていった。

「弱気になっちゃだめだよ零一、ちゃんと見て! ネバーギブアップ!」

 エリカは隣で夜空を見上げたまま、やたらと高いテンションで零一に発破はっぱをかけている。さっきラジオ局で出会った少女に感化されているのは明らかだ。屋上の手すりに両手を添えて、大きく身を乗り出している。零一は落ち着かない気分にさせられて、エリカの腕を掴んで引き戻した。

「あんまり身を乗り出すなよ。危ないだろ」

「そんなに強く引っ張らなくても、大丈夫だって。ああーっ、終わっちゃった」

 残念がるエリカの声が、最後の流れ星が消え去った夜空に吸い込まれる。エリカは頬を膨らませると、足下に敷いたレジャーシートに座り込んだ。

「零一、本当に見えなかったの? 動体視力いいでしょ?」

「いや、見つけられるわけないだろ……」

 明々あかあかと燃え盛る流星群は、その一つ一つが強い輝きを放っている。たとえあの隕石の中に異なる光を発したものが紛れていても、他の星々の輝きに照射されて、色の違いなど識別できるわけがない。

「でも、ユアちゃんとアユちゃんは、色違いを見たって言ってるんだよね。それなら、絶対にあるんだよ。色違いの隕石が」

 強い意志を秘めた声が、マンションの屋上の夜気に溶けていく。エリカはふにゃっと表情を緩めると、レジャーシートに寝そべった。「うわぁ、冷たいー、硬いー」等と不平を言いながらも楽しそうに、屋外のごろ寝を満喫している。

「エリカは、あいつらの肩を持つけど、ただの見間違いって可能性もあるだろ?」

「あいつら、ね。二人のことを、零一はちゃんと二人として扱ってくれるんだね」

 むくりと上体を起こしたエリカが、心なしか嬉しそうに笑った。その程度のことで有難がられても困るので、憮然とした零一は「普通だろ」とだけ答えておいた。

「まあ、情報の信憑性は低いけどな。現に、俺たちは見つけられなかっただろ。アユなら見間違い、ユアなら俺のことが嫌いって言ってたし、適当なことを言ってるだけかもしれないぞ」

「それはないよ。アユちゃんは、ラジオ番組のパーソナリティの仕事に誇りを持ってるから、不確かなことは言わないもん。ユアちゃんなら、なおさらだよ」

「なおさら? ユアのほうが、絶対に嘘はつかないって言うのか?」

「そうかもね」

 エリカは、レジャーシートに置いていた魔法瓶を手に取った。中には、湯に溶かすだけで出来上がるミネストローネが入っている。フレッシュな赤色のスープを紙コップに注ぎながら「ラジオ局の螺旋階段に積まれてた、大量の本を覚えてる?」と続けた。

「アユちゃんも言ってたけど、ユアちゃんはすごく真面目な勉強家だよ。それは読書への姿勢だけじゃなくて、人間関係だってそう。あの子は言葉で他人を飾らないけど、言葉で自分を飾ることもしない。ユアちゃんは、嘘は言わないよ」

 エリカは、柔らかい湯気が立ち上る紙コップを、立ったままの零一に差し出した。白い吐息が、〝常夜〟の煙たい風と、それでいてどこか透き通った風に流れていく。

「嘘を言えないから、自分の言葉にも苦しんでるだろうな」

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