1-4 終末世界探索
その後、
主要な施設のいくつかは、昨日のうちにエリカの案内で足を運んでいたが、さっきの自転車屋のように、初めて訪れた場所もある。もっと自らの足で〝常夜〟を把握しておきたかった。
見知らぬ街を隅々まで走り回って判ったことは、この世界があまりにも狭いということだ。自転車屋を出て駅前広場を離れると、車が一台も走っていない車道の両側の建物は、目に見えて荒廃が進んでいき、やがてはどこからともなく白い濃霧が立ち込めてきて、前方が何も見えなくなる。ここから先は行き止まりなのだと、誰に教えられなくとも悟っていた。最後に確認した廃駅についても同様で、線路に下りて歩いてみても、最後は白い濃霧に阻まれて進めなくなる。
スノードームのように狭い街には、人々の日々の営みの痕跡が、ひっそりと静かに息づいていた。看板が朽ちた病院に、ドライフラワーや西洋雑貨を押し込んだ小箱のような無人の店、倒壊寸前のビル群のどこかにはラジオ局が入っていると、エリカが確か言っていた。狭く閉じた世界とはいえ、該当のビルを情報もなく当てずっぽうに探すのは、相当に骨が折れそうだ。この街でかくれんぼを始めたら、日が暮れても隠れていられる自信がある。そもそも日の出がないので日没は永遠に来ないのだと、暗がりを自転車のライトで照らしながら遅れて気づいた。虚しさにも似た寂しさが、何も持たない身軽な身体に抜けていった。
〝常夜〟の空気は冷えていて、風化している建物が多い所為か、空気もどことなく煙たかった。だが、不思議と不快な感じはしなかった。ぬるま湯のような心地良さすら感じていて、緩い下り坂を自転車に乗ってゆるゆると運ばれていく時間には、長いあいだ追い求めていた安らぎがあった。なぜ自分が安らぎを欲していたのかは、今の零一には思い出せない。
ともあれ、昨日は出来なかった住人たちへの挨拶回りを少しは達成できた零一は、エリカの住むマンションまで帰り着いたとき、どっぷり疲れ果てていた。ひょっとしたら〝現実〟の零一は、人付き合いが苦手なタイプかもしれない。扉のオートロックが壊れたエントランスをくぐり、階段を目指そうとしたときだった。
「君だろう、新入りの子は」
呼び止められた零一は、立ち止まって振り返る。マンションの外に拡がる夜闇の中に、
零一がさっきまで歩いていた舗道に、一台の軽トラックが停められていた。荷台は改造されていて、こじんまりとしたカウンターテーブルと厨房が覗いている。運転席から降りてきたのは、痩せた
「あ……初めまして。零一と申します」
零一は、頭を下げた。目上の人間に下の名前だけを名乗るのは、何度繰り返しても落ち着かない。そんな居心地悪さを気取ったのか、近づいてきた男は目尻に優しい皺を刻んだ。
「私は、皆さんから
「はあ……すみません」
諸悪の根源が零一だと、すっかり知れ渡ってしまっている。不甲斐なさから俯くと、罅割れたコンクリートと砂利で埋め尽くされた暗い視界に、不意に白い湯気がふわりと満ちた。
「これ……卵焼き?」
面食らった零一は、差し出された透明のパックを受け取った。中にはふるふると揺れる卵焼きが、
「うちの人気メニューなんだ。……落ち込むことはないよ。自分の名前だけでも覚えていたら上等さ。そのうえ隕石まで連れてくるんだから、将来は大物になるだろうね」
はっとした零一は、大将と名乗った男を見上げた。己の名前すら、忘れ去った人間もいる。シンプルに突きつけられた事実が、重々しく胸に迫った。
「廃駅前の広場で店を出すことが多いから、今度はエリカちゃんと一緒においで」
そう言い残した大将は、零一に割り箸を手渡してから運転席に戻り、軽トラックを発進させた。赤い光が、運転席の隣で瞬く。さっき零一が見た輝きは、屋台の
屋台の持ち主の記憶が戻ったときに、あの赤い提灯に記された文字も、浮かび上がってくるのだろうか。こんなにも
零一は、その場で割り箸をぱきんと割って、卵焼きを一切れつまむ。あらかじめ切り分けられていた卵焼きの中央には、真っ赤な明太子が入っていた。夕日のような赤色をしっとりと包み込んだ卵焼きは、コートなしでは出歩けないほど凍える〝常夜〟の闇の中に、温かい湯気を拡げている。
熱々の卵焼きをそろりと口に運んで
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