1-3 隕石と廃墟と消えた住人

 翌日に零一れいいちは、廃駅はいえき前に向かった。

 覚悟はしていたが、市街地は惨憺さんたんたる有様だった。廃駅の屋根には穴が開き、広場には大小さまざまな凹みが刻まれている。零一の来訪を起因とした流星群という名の隕石は、〝常夜〟の広場を襲撃して、街並みの荒廃に甚大な追い打ちをかけていた。

「ひでぇな……」

 エリカから借りた懐中電灯で路面を照らしながら、思わずうめく。月面のようなクレーターのそばで、墨のように真っ黒な石が砕けていた。自炊に失敗したときに、フライパンから立ち上ってきた焦げ臭さと、ひどくよく似た異臭がする。一瞬だけ何かがフラッシュバックしかけたが、逃げた魚のように指先を掠めていった思い出は、脳の奥深くへ逃げてしまった。拳を握りしめて、きびすを返す。

 零一は、どうして記憶を失くしてしまったのだろう? 朝日を拒むほどに閉じた世界に、魂が駆り立てられるほどの出来事を、思い出せる日は来るのだろうか。

 ともあれ、今の零一にできることは、通りすがりの住人たちに謝って、怪我に気をつけてもらうことくらいだ。

「君が噂の新人か。痩せてるな。ちゃんと食ってるか?」

「寝てないんじゃない? 目の下、酷いくまよ」

「薄着だと風邪をひくわ。古着屋の場所は、エリカちゃんに教えてもらった?」

「若いねえ。この町は若者よりも大人のほうが多いから、ヒロ君とユアちゃんは喜ぶだろうね。いや、喜ぶのはユアちゃんじゃなくて、アユちゃんのほうか」

〝常夜〟の住人たちは年齢も性別もばらばらだが、確かに子どもよりも大人のほうが多いようだ。しかしこの話しぶりでは若い住人もいるようなので、いずれは出会うことになるのだろう。すぐには全員の名前を覚えられないかもしれないと正直に懸念を告白すると、リーダー格らしい男性の住人にからからと笑い飛ばされた。彼らは零一に親切で、何くれとなく世話を焼いてくれた。おかげで自転車屋にも連れて行ってもらえたのは僥倖ぎょうこうで、零一は〝常夜とこよ〟で自分の自転車を手に入れた。

「あの、俺、手ぶらで〝常夜〟に来たから、お金とか持ってないんですけど……」

「お代はいいよ。ここにある自転車は、どれも以前の住人の置き土産だしな」

 ――以前の住人の、置き土産。がらんとした自転車屋は、エリカの部屋同様に灯りがなく、懐中電灯を持った零一たち以外に、人の姿は見当たらない。埃をかぶった自転車という無機物に支配された空間で、零一は慎重に訊いてみる。

「ここの店主、どこに消えたんですか」

「君も、すぐに分かるようになるさ」

 零一の質問に、誰も正確な答えを寄越さなかった。少しだけ不服に感じたことが伝わったのか、周囲の者たちは顔を見合わせて笑っていた。嫌な笑い方ではなく、どこか寂しげな笑い方だった。

「本当に、すぐに分かるようになるさ。今くらいは、異世界に迷い込んだようなピクニック気分を満喫したらいい。……ただ、ここの店主を始めとした、〝常夜〟を去った者たちについて触れるなら。少しのあいだ同じ世界で暮らした者として、ここではないどこかで、幸せに生きていることを祈っているよ」

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