3-3 みんなで話そう(裏)

 姫宮がアイドル同好会立ち上げを宣言した翌日。明は昨日と同じ教室に向かって、階段を上っていた。鞄は教室に置いきたから、手ぶらで歩いている。踊り場の窓から光が差し込む。外は曇っていて、午後から雨になるらしい。普段より早めに自宅を出たせいか、傘を持ってくるの忘れてしまった。

 昨日の晩、明は姫宮にメッセージを送っていた。レグルスを誘った真意を問いただすためだ。姫宮からの返事は、

 ――直接説明したいから早朝、部室にきてほしい。

 それだけだった。他に質問をしても、明日話すから、という言葉の一点張りだった。

 明の思考の中心にあるものは、レグルスだった。ゴールデンウィークに明は彼女に殺されかけていた。なんとか姫宮の登場で助かったものの、「次は必ず殺す」と捨て台詞を吐いて消えた。レグルスの転校に明は身の危険を感じていた。明は胸ポケットに手をあてる。ポケットの中には姫宮からもらった巾着袋が入っている。

 姫宮がレグルスを誘った理由はわからないが、彼女のことを信じよう、と明は思っていた。

 明は目的の多目的教室に辿りついた。一度息を吐き出すと、扉をゆっくりと開けた。

 扉を開けて明は固まってしまった。既に2人の人物が中にいた。

 「よう堂前」

 一人は姫宮だった。最前列の席で雑誌を広げていた姫宮が、明に気づいて声をかける。開いているページには、有名な女性アイドルのインタビュー記事が載っている。

 「……おはよう、姫宮」

 おずおずと頭を下げると、姫宮の側に近寄り、小声で話しかける。

 「姫宮、どうして彼女までいるの?」

 言葉には明の悲鳴とちょっとばかりの非難が混じっていた。明は多目的教室の奥を横目で見る。視線の先には、長身の女子生徒、レグルスがいた。

 「ああ、俺が呼んだんだよ」

 姫宮は悪びれる様子もなくいった。

 「大丈夫だって、危害を加えるつもりなら昨日の時点で襲ってきているはずだ。安心しろ、あいつは堂前を殺そうとはしていない。俺もいるからよ」

 不安な顔をする明を宥めるようにいた。

 姫宮は断言するが、明は心中穏やかではなかった。レグルスは明たちをじっと見つめている。一瞬、目があった気がして、明は無意識に胸ポケットに手をあてた。だが、明をというよりは、姫宮に視線を向けているようだ。警戒しているのかもしれない。レグルスは姫宮を危険視しているのではないか。明はそう思った。

 ふと、レグルスの影からなにかが動いた。ぎょっとして明は身構える。

 「お久しぶりです。明さん。リンクスです」

 灰色の猫のぬいぐるみが、明に向かって頭を下げる。どちらかというと、胴体の上半分を折り曲げた形だ。明もつられて頭を下げる。

 リンクスの丁寧な態度は覚えがあった。たしか、初めてアルカスにあったときその横にいたぬいぐるみだ。

 明に挨拶をしたあと、リンクスは自身の身長と同じくらい大きなタブレット端末を触り始めた。

 「あれも呼んだの」

 「そうだ」

 明は、姫宮の側に座る。

 「よし、役者はそろったな」

 姫宮はそういうと、椅子をレグルスたちに向け、座りなおした。明も姫宮に倣った。

 「その前に一点、確認しておきたいのですが……」

 リンクスが抑揚のない声で聞いた。

 「ヴォルダロ・フォッグダム様は、我々に危害は加える気はないということでよろしいでしょうか?」

 「そっちが手を出さなきゃ、戦う気はないよ。あとその名はやめろ。姫宮と呼べ」

 リンクスが明の聞きなれない名を呼ぶと、姫宮は心底嫌そうに顔をゆがめた。

 「失礼しました。姫宮様。我々は勝ち目のない戦いはしないつもりです」

 「オーケー。それじゃあ、この場は休戦契約を結ぶということで。お互い正直に腹割って話そうぜ」

 リンクスが頷いた。

 「じゃあ早速質問タイムにうつるぞ。先にこっちの番な。なんで明を狙っている?」

 「それは、彼が転生を受け入れなかったからです。アルカスは非常にプライドが高い方です。転生させず言いなりに生き返らせるとなれば、彼の管理局での評価に傷がつく。だから、殺そうとしたのです」

 「さすが、管理局。理不尽だな」

 アルカスの憎らしい笑顔が明の頭に浮かんだ。

 「生き返せてくれたの嬉しいと思っているよ。だけど、次死んだら転生するって約束したじゃないか。それで殺しにくるなんて酷いじゃないか」

 「我々は約束の範囲で行動しております。我々アルカスとリンクスの直接の殺害の関与はしておりません」

 明は、リンクスのあまりな言葉に言葉を失った。

 「それで、事故に見せかけて明を殺そうとしたのか。異世界から怪物まで呼んでご苦労なことですこと。次の質問、なんでレグルスをこの世界に呼んだんだ?」

 「結論から言いますと、堂前明さんがもつ特殊能力スキルの突破方法を調べるためです」

 「特殊能力スキルだって? 堂前にか?」

 姫宮の声にリンクスが頷く。

 「いったいどういうこと?」

 明は姫宮の驚くさまが気になった。

 「堂前明さんは、普通の人間ではもちえない能力を持っているのです。人間の技能・技術をはるかに超えた力。明さんの力は、文字通り世界に直接干渉できるのです。転生者が扱う能力と同じように」

 「転生者ねえ。お前たちが堂前に与えたってわけではなさそうだな」

 「はい。我々の意志ではなく、偶然起きた事故です。まだ断定はできませんが、堂前様の魂を肉体に戻す際、転生システムに不具合が生じたことが原因かと。魂を肉体を戻す行為が転生とみなされ、結果、転生者と同様の特殊能力が付与されたのだと推察されます」

 「なるほどな。それなら、俺の剣で堂前が斬れそうだと思ったのも合点がいく」

 確かに、姫宮はゴールデンウィークにそう言っていた。明は冗談かと思っていたが、リンクスの話を聞いて、それがおそらく本当らしい、と思った。おそらく姫宮の剣に触れれば、ただじゃすまないのだろう。

 「俺の能力っていったいなんなんだ?」

 「我々もまだ全てを把握しているわけではないので、説明にあやまりがあるかもしれませんが」

 リンクスはそう前置きいれて話し始めた。

 「スキル名称は『完遂する魂ラストワン』。自身に死の危険を感じた場合、運命をねじ曲げて、危険を排除・回避する能力だと推定しています。明さんを殺そうと怪物に襲わせてみても、運が悪いことに異世界殺しノイズスレイヤー、姫宮様が居合わせるといった具合に。危機的状況に陥っても、都合のいい出来事で救われる。明さんには思い当たる節があるのではないですか?」

 リンクスが明をみる。明はしばらく考えて首を縦に振った。確かに、自分でもおかしいくらいの幸運があった。姫宮と出会った夜のことだ。植木鉢が落ちてきたり、車にはねられそうになっても、なんとかすんでのところで事故を回避できていた。

 偶然の連続。リンクスの話が本当なら、それは明自身によって引き起こしたものだという。

 「レグルスに明を狙わせたのはなぜなんだ? 明を殺せないってわかってたんだろ」

 姫宮が訊ねる。

 「先ほどもいいましたが、我々が『完遂する魂ラストワン』について把握していることは多くないのです。それこそ、その発動条件はわかっていないのです。先ほど述べた説明は、あくまで個別の事例から帰納的に導き出した仮説です。我々の未知の突破方の可能性を探るためために、レグルスさんを呼んだのです。幻術使いのレグルスさんなら”危機的状況”を認識させることなく、能力の発動もなく殺害できると考えたのです。結果は、知っての通り失敗でしたが」

 レグルスの眉根が一瞬、動いた。

 思い返せば、あの日の屋上で、探るようなことを喋っていたことを思い出した。

 ――これでは死なないか

 ――やはり、死なないか

 あれは、どうすれば死ぬのかをさぐっていたのだろう。屋上にから落とせば簡単に殺せるはずなのにしなかったのは、できなかったからではないか。そう考えればつじつまが合う。

 「じゃあ、レグルスがに転校してきた理由は?」

 「『完遂する魂ラストワン』の正体を探るためです。レグルスさんでも殺せないとなると我々も次の手が打てずどん詰まりなのです。予算も使い切り、他に召喚できる余裕もなくなりました。地道に攻略法を探るしかないわけです。手っ取り早いのは、明さんの近くにいること。だから、レグルスさんにはこの学校に転校生としてもぐりこんでもらいました」

 「そういえば、レグルスはいくつなんだ?」

 「19です」

 「ギリギリだな」

 姫宮の問いに、リンクスが答えた。無神経な姫宮を見る、レグルスの目に力がこもる。明は張り詰めた空気に、唾をのんだ。

 「こちらからも質問させてもらう」

 レグルスの静かな怒気を含んだ声が、室内に響きわたる。

 「私の質問にも答える。そういう約束だったはずだ」

 「おう、もちろんだ。なんでも聞いてくれ」

 姫宮は背もたれに体を預けた。明の心の余裕は、全て姫宮が持って行ったのではないかと思うほどの落ち着きぶりだった。

 「姫宮。貴様が同好会とやらを立ち上げた理由はなんだ? なぜ私を誘ったのだ」

 「昨日言ったろ。学園祭の舞台に俺が立ちたいからだ。そっちも堂前と一緒の方が都合がいいだろう」

 「そういう話ではない」

 レグルスの静かだが、はっきりとした口調でいった。姫宮は、すました顔で小首をかしげている。一触即発の雰囲気に、明の心中は穏やかでなかった。つんとした冷たい空気が室内に漂っている。

 「なぜ、私がお前と一緒に舞台に立たないといけないのだ? 私までその、アイドル、をする必要はないのではないかといっているのだ。あんなふざけた格好までさせて私を辱めようというのか」

 レグルスは"アイドル"という言葉を言い淀んだ。レグルスの口ぶりは、アイドルがどういったものか知っているというものだった。昨日は本当にアイドルがなんなのか知らなかったのではないか。明はそう思った。

 「辱めって。別にそんなつもりはないぜ。レグルスなら絶対にかわいいと思ったから誘ったんだ」

 「それを信じろと」

 「ああ、信じてくれ。嫌なら無理強いはしないぜ。でも、レグルスが出てくれれば、ステージの成功は間違いなしなんだけどな」

 しばらく沈黙があったあと、レグルスは小さく息をはいた。

 「考えさせてくれ」

 「わかった」

 「ひとつ質問よろしいですか?」

 リンクスが横から口をはさんだ。姫宮は先を促すように頷いた。

 「どうしてアイドルにこだわるのですか?」

 「そりゃあ、俺がアイドルになりたいからだ」

 「アイドルになる……?」

 リンクスは姫宮の言葉を繰り返した。

 「アイドルを知ったとき、これだと思ったね。人に夢と勇気そして希望を与える、俺にお似合いの仕事じゃないか。将来俺はアイドルの頂点を目指す。そのために、レグルス。一緒にアイドルを目指さないか。期間限定のコラボでもいい。俺とお前が手を組めば、全国、いや世界一のアイドルになることも夢じゃない」

 「待て、お前のアイドルに本気でなるきなのか? 私の監視……、嫌がらせのためじゃないのか」

 「心外だな。俺は本気でアイドルになるつもりだ。実際行動を監視するという点では、都合がよかったのは確かだが、本気でさそったんだぜ」

 姫宮は不服そうに唇をとんがらせた。

 「じゃあ、アイドル同好会も本気なの」

 「もちろんだ」

 明の言葉に、姫宮は頷いた。

 「だから、レグルス、明。俺の夢に協力してくれ」

 姫宮はさわやかな笑顔を浮かべた。

 姫宮には何か考えがあると思っていたが、まさかそんな理由だったとは。明はどっと疲労感があふれた。だが、納得感とが沸いた。姫宮という人物の人間くささが知れたからかもしれない。明はそう思った。それに、ある意味で圧倒されているレグルスがいくばくか痛快だった。レグルスの目には力強さがなく、態度を決めかねているようにみえる。

 「レグルスさん、姫宮さんに協力してはいかがですか」

  口を開いたのはリンクスだった。

 「彼女に恩を売れる上に、明さんの側で調査ができる。何か問題あるのですか?」

 レグルスは口を開いてなにごとかを言いかけたが、すぐにリンクスに背を向けて、部室をでていった。明でもリンクスの発言が無神経であったとわかった。

 「おや、行ってしまいました」

 リンクスは首をかしげる

 「俺がいうのもなんだが、人の心を勉強しろよ」

 姫宮が苦笑していった。

 ちょうど予冷の鐘が鳴った。早く教室に帰らなければ。もうホームルームだ。たくさんの情報がでて、明は頭の中を整理する時間が必要性を感じていた。

 いつの間にか外では雨が降っていた。

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異世界なんていきませんから 筒井 @qfeo93ru0293jpow

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