3-2 みんなで話そう(表)

 「海外のどこに住んでいたの?」

 「イギリスだ」

 「兄弟はいる?」

 「いいや、一人っ子だ」

 「好きな男のタイプは? 俺なんかどう?」

 「どうというのは?」

 数名の男女がレグルスの席を囲み、次々と質問していく。レグルスは簡単な質問から答えにくい質問まで、快く答えている。一日ずっと見られた光景だ。休み時間になるたびに、レグルスの周りに人だかりができていた。今は放課後ということもあって、主に別のクラスの生徒が集まっている。

 「可愛いよな。彼女」

 廻廊院が明の側に来る。

 明は鼻をふくらませる。凛としていて、早朝の日差しのような透き通っている雰囲気をまとった女の子だ。人気がでるのもわかる。明を殺そうとした冷たい表情は微塵もない。

 「どうかな」

 明はぶっきらぼうに言った。

 「堂前は話に行かないのか? 一緒にいこうぜ」

 明の態度に気づいていないのか、あるいは知っていてか廻廊院は朗らかに誘う。

 「いや、俺はいいんだ」

 明は、廻廊院に勘違いされていると思い、あわてて否定する。

 「本当にいいのか? 彼女、結構話しやすいぜ」

 「うん、本当にいいんだ。それより、姫宮はまだ帰ってきていないのかな」

 明はいないとわかっていて姫宮の姿を探す。姫宮は「待ってて」と二人に声をかけて教室を飛び出していった。もうかれこれ20分は待っている。結局二人とも、姫宮のお願いがなんなのかは聞けていなかった。

 「そうそう、姫宮だ。聞きそびれたけど、姫宮と連休の間なにがあったんだ?」

 廻廊院の目が輝く。明はしまったと思い、目を泳がせる。

 「ええっと……」

 レグルスの転校で、うやむやになっていた廻廊院の疑念に、どう答えるべきか頭をひねる。廻廊院は明と姫宮の関係を疑っている節がある。

 「どうなんだ」

 廻廊院がぐっと身をのりだす。すさまじい圧を感じる。

 「いや、だから、えっと……」

 答えをさがしてしどろもどろになる明を助けるように、声が聞こえた。

 「お待たせ、二人とも」

 「姫宮さん。どこいってたの?」

 「場所の確保をしてたの。移動するから、ついてきて」

 姫宮は、二人に鍵を見せる。鍵についているプレートには、「多目的B」と書かれている。

 明は急いで、立ち上がる。

 「さあ、いこうか」

 「……ちょっと待って。もう一人呼んでくる」

 姫宮は足早に、人だかりへと近づいていく。

 「みんなごめん。ちょっとレグルスちゃん借りるね」

 「あ、姫宮ちゃん。どこいくの? 一緒にお話しようよ」

 「また今度ね。大野君、部活いかないとまたヤマジに怒られるよ」

 「えー、二人ともおしゃべりしようよ」

 「すまない、みんな。姫宮と先約があるんだ。また今度話そう」

 名残惜しそうな生徒たちと別れを告げて、姫宮とレグルスは明たちのもとにやってくる。

 「もしかして、もう一人って」

 「そう、レグルスちゃん」

 「よろしく」

 「じゃあ、三人ともいこうか。しゅっぱーつ」

 明は愕然とした。姫宮はレグルスが何者か知っている。レグルスも姫宮を敵視していたはずだ。それなのに、二人の女生徒は仲良く会話をしながら教室を出ていく。

 「なんだか、面白くなりそうだな。ほら、俺たちも行こうぜ」

 廻廊院は明の肩を叩いて教室をでていった。明は気が乗らず二の足を踏む。姫宮のことだ、きっと何か考えがあるに違いない。そう思いぎゅっと手を握る。

 教室を出るとき、何人かの羨望と好奇の視線が目に入った。なんだか、気恥ずかしくなって急いで三人の後を追った。


 多目的教室Bは校舎4階にある。4階にある教室のほとんどは移動教室や第二外国語の選択授業などで使われることが多く、多目的Bも例外ではない。放課後になると、文化系の部室としても使われる。

 「ごめんね、無理やり連れてきちゃって」

 「大丈夫だ。私もちょっと疲れちゃってたところだったから」

 「そう、それなら良かった。邪魔しちゃって悪いかなと思ってたから」

 しらじらしい会話が続けられている。廻廊院一人のための芝居。彼女たちの腹の中は一体どんな感情なのか明は疑問に思った。

 「それで、結局何のために集められたんだ?」

 廻廊院が女性陣の会話を断ち切るように、質問を投げかけた。

 「お願いがあるの」

 姫宮は、教卓の前に立って声をあげた。

 「私の同好会に入って欲しいの」

 「同好会?」

 「そう。私、学園祭のステージに出たいの。そのために、みんなには、私の手伝ってもらいたい」

 「ちょっと話が見えないな。最初から説明してもらってもいいかな?」

 廻廊院が優しい口調で、姫宮に聞いた。

 「11月に学園祭があるのは知ってる? 毎年結構盛り上がっているけど」

 「知ってる。去年来たし。体育館で劇や漫才をみたな」

 廻廊院に続いて明も頷いた。生徒の関係者だけでなく付近の住民や、中学生など毎年多くの人が訪れてにぎわっている。明も昨年、学校見学をかねて一人で学園祭を見に来ていた。特に、体育館のステージで行われる出し物が人気で、演劇部の劇や吹奏楽部の演奏は高校生にしてはレベルが高いと評判だ。

 「確かステージ枠にでれるのは、クラス以外だと部活動だけじゃなかったっけ?」

 「さっき森田先生に確認したら、同好会も参加可能なんだって」

 「なるほど、それで俺らを集めたわけね」

 廻廊院が納得する。明もだいたいの話がわかってきた。姫宮が学園祭のステージに立つために明たちに協力を求めているのだ。だけど、本当にそれだけなのだろうか。明はレグルスを見る。

 「いいけど、俺たちもステージに立つのか?」

 「廻廊院君と堂前君には、裏方をやってもらいたいの。どうしても出たいなら一緒にでるのもありね」

 「遠慮しとくよ」

 「私はどうすればいいんだ? 正直あまり話についていけていない」

 「レグルスちゃんには、一緒にステージに立ってもらいたいの。どうかな?」

 姫宮がレグルスの腕をとると、レグルスは顔をそむけた。

 「よくわからないが、わかった」

 「ありがとう」

 「それで、姫宮……さん」

 廻廊院の顔をみながら姫宮を呼ぶ。

 「ステージに立って何をやるの?」

 「決まってるじゃない。アイドルよ」

 姫宮の言葉が一瞬のみこめなかった。アイドルだって。横を見ると、廻廊院が顔をゆがめていた。わざと顔をしかめて我慢しているようだ。

 「美人なレグルスちゃんがいるんだもん。絶対盛り上がること間違いなし。キラキラのアイドルになって皆を沸かしましょ」

 当のレグルスはきょとんとしている。姫宮がなにを話しているのかわかっていないのだろう。

 明は少しだけレグルスの気持ちがわかり、悔しさを覚えた。

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