第15話 残したモノ

退院してから、一週間が経った。


ひかりは、日常生活の感覚を取り戻してきていた。

3年もの間、見ていなかった地元の景色は、少しだけ変わっていた。

学校への復帰は、まだしていなかった。

その間、特別措置として、家での課題を設けられていた。


山ほど出されている課題を、集中してこなしていた。

何かしている方が、気を紛らわせて良い。

あれ以来、家族も気を使って、ナオヤの話題は出してこなかった。


プルルル、プルルル


電話だ。ジュンペイさんと表示されている。


「はい、もしもし。」


「あ、ひかりちゃん?ジュンペイです。実は、ひかりちゃんに渡したいものがあるんだ。

今から渋谷に来れないかな?」


「大丈夫ですが、渡したいものですか・・?」


「うん。今から送る場所に来てほしい。」


電話を切った後、ジュンペイから渋谷のとある喫茶店のURLが送られてきた。


ひかりは、ナオヤとのデート以来、渋谷へ行っていなかった。

着替えをすまし、久しぶりに化粧をして、家を出た。


電車の中で、Shineの曲を聴いていた。

このアーティストと出会わなければ、ナオヤとも出会うことはなかったんだなと思うと、

感慨深いものがある。


渋谷駅から少し離れたところに、記された喫茶店はあった。

こじんまりした、小さな喫茶店だ。


ドアを開けると、鈴の音がした。


チリンチリーン


「いらっしゃい。」


人が良さそうな雰囲気のする、店長と思われるおじさんがいた。


中は、カウンター4席と、テーブルが2席だけ。

テーブルに、ジュンペイは座っていた。


「ひかりちゃん、こっちこっち。」


「お待たせしました。」


「ここね、ナオヤが働いていたんだ。」


「そうなんですか!?」


そう、ここはナオヤがバイトしていた喫茶店だ。


「ひかりちゃん、コーヒーで良いかな?」


「あ、はい、大丈夫です。」


「マスター、いつものコーヒー二つ。」


「はいよ。」


店内は、コーヒーの良い香りがする。

すぐにコーヒーが運ばれてきた。


「さて、渡したいものなんだけど・・」


ジュンペイはカバンからCDを取り出した。


「これ、ひかりちゃんに。」


「このCD・・・なんですか?」


「それは、ナオヤが最後にレコーディングした曲だよ。」


「本当ですか!?歌入れは無事終わってたんですね!」


「ああ。ナオヤが亡くなってから、エンジニアさんが最後まで仕上げてくれたみたいで。

彼女との合作だって嬉しそうに話してたらしいよ。」


「そうだったんですか・・・ありがとうございます!!ジュンペイさんは、もう聴いたんですか?」


「いや、俺もまだ聴いてないんだ。なんとなく、最初に聴くのはひかりちゃんじゃないと、ナオヤに怒られそうな気がしてさ。」


ひかりは、もう聴けない曲だと思っていた。

ナオヤが最後に残してくれたもの。

最後の生きた証だ。


「あ、そうだ、ジュンペイさんにお聞きしたいことがあるんです。」


「なんだい?」


「ナオヤさんが一度バイクで連れて行ってくれた場所があって・・お気に入りの場所だって。」


「お気に入りの・・・ああ、多分あそこだな。海の見えるところじゃないかな?」


「あ、多分そうです!良かったら、教えていただけませんか?」


ひかりは、ジュンペイにナオヤと行った思い出の場所を教えてもらった。

最寄りの駅まで行き、そこからはバスを乗れば、近くまでいけるらしい。


「じゃあ、また何かあったらいつでも連絡してね。」


「はい、ありがとうございました。」


ジュンペイは、二人分のコーヒー代を置いて、店を出て行った。

ナオヤが亡くなってから、ジュンペイは少し仕事の量を減らしたらしい。


ひかりは、家に帰り、本当は今すぐにでも聴きたかったが、

あの場所で最初に聴きたいと思っていた。


翌日、ひかりは例の思い出の場所に向かっていた。

最寄りの駅に近づくにつれ、海が見えてきた。

あの道路を走っていたのかなと、電車の窓から景色を眺めていた。


駅を降りて、バスに乗った。

まだまだ外は暑い。

バスを降りて、ひかりは、日傘を差して歩いた。


「このへんかな・・・。」


ジュンペイに教えてもらった通りに歩いていくと、

綺麗な海が見える、静かな防波堤に着いた。

さざ波と、鳥の鳴き声。この匂い。

あのときと同じだ。


ひかりは、愛用しているオーディオプレイヤーを取り出し、イヤホンを装着した。

そして、昨日ジュンペイに貰った、ナオヤの最後の曲を再生した。


タイトルは、「ヒカリ」。


綺麗なピアノのイントロから始まり、ナオヤの歌声が聴こえてきた。

私が書いた歌詞をナオヤさんが歌ってる。

切ないけど、とても力強い、愛の歌。


目を瞑って、曲を聴きこんでいると、

まるで後ろから、ナオヤに抱きしめられているような気持ちになった。

あのときみたいに、この場所で。


曲の終りが近づいてくると、ひかりが書ききれなかった歌詞の部分に近づいてきた。


「・・・・!?」


ひかりは、ナオヤが書き足してくれた歌詞の部分を聴いて、

そっと涙が零れた。


何回、ナオヤに泣かされるのだろうか。

目が見えるようになってから、泣いてばっかりだ。


「なおやさん、ずるいよ・・。私、泣かされてばっかりだよ?

急に居なくなって、寂しくていっぱい泣いたよ?」


ひかりは、夕暮れかがった海を見つめた。

まるで、ナオヤに話しかけるように。


「今はね、嬉しくって泣いてるんだ。ナオヤさんが最後に残してくれた言葉が嬉しくて。

あーあ、ナオヤさんって、ほんとずるいなぁ。」


ひかりは、そっとイヤホンを外した。


「なおやさん、大好きだよ。」


携帯のロック画面には、ナオヤが病室で撮った2人の写真が待ち受けになっていた。




僕のヒカリが迷わぬように

そっと闇を払った

ヒカリが僕を包み込んだ

僕等は永遠を誓った



―ENDー

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盲目少女は「ヒカリ」を聴く。 御神苗マサシ @ominae_masashi

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