第15話 気持ちとか、概念とか
「ゆうべは おたのしみでしたね」
夕方に僕の部屋を訪れたみちるさんは、ひどく不機嫌そうであった。
どうにも今朝方、時雨さんより早く帰宅したようで、誰も迎えなかったことを酷く不満に思っているようである。
意外とみちるさんも寂しがりやの一面があるのかもしれない。
「ま、いいんだけどね。誰がどこで何してようと私には関係ないし」
「はぁ・・・。それで何しにきたんですか? また何かありました?」
流石に不満を垂れるために訪れたわけではないだろう。
リチャードの件は時雨さんにお任せしたはずなのだが、何か問題でも起きたのだろうか?
「誰か来てるってのは聞いたよ。これから待ち合わせ場所に行くところ」
「誰が来てるか訊いてないんですか?」
「連れてくるから先待っててって」
どうにも腑に落ちない。
わざわざ伏せるような事情も無かったと思うのだが。
「場所もなんかよく分からないとこ指定されちゃって」
みちるさんの差し出したスマホの画面を見ると、海岸沿いの商業区画にピンが立っていた。
確かこのあたりは夜景が綺麗なことで有名だったはずだ。
・・・何かすごく余計なことをされている気がする。
「二人でゆっくり話してって言うの」
「あー・・・」
「やっぱなんかおかしいよね? 服の感じもなんかいつもと違うし」
みちるさんは落ち着かなさそうな様子でスカートをひらひらとさせた。
「とにかく一緒に来てよ」
「いや、僕の異能はみちるさんと相性が悪いというか・・・」
「なんで死ぬこと前提なの。そんなに時間ないから、早く早く」
非常に腰が重いのだが、こうなってしまってはみちるさんを止めるすべを僕は持ち合わせていない。
急かされるままに身支度を整えて待ち合わせ場所に向かうこととなった。
◇ ◇ ◇
待ち合わせに指定されたのはオープンテラスのあるカフェであった。
僕とみちるさんがやや広めのテーブル席に腰掛けると、刺すような視線を感じた。
少し離れた席から時雨さんと明日香がこちらの様子を伺っている。
先ほどから時雨さんがしきりに時間を止めようしてきているのだが、何か言いにくることは明白なので僕は黙って抑え込むことにした。
みちるさんは先ほどとは打って変わってご機嫌にパフェを突いている。
・・・
暫くすると夜闇の中からリチャードが姿を現した。
薔薇の花束を抱えている。
「「・・・なんで?」」
僕とみちるさんは声を同じくした。
昨日今日で随分とことが飛躍したような気がするのは気のせいであろうか?
リチャードは僕の姿を認めると少したじろいだが、しかし気にせず言葉を紡いだ。
「ククク・・・暫くぶりだな『永遠』よ。世はすっかりと様変わりしたが、汝はまるで変わらんな。流石と言ったところか」
みちるさんは目をパチクリさせると首を傾げて答えた。
「・・・誰?」
◇ ◇ ◇
「うーん・・・。実際会ったことあったっけ?」
「覚えておいてあげてくださいよ・・・」
帰りの電車の中で、みちるさんは天井を見上げて唸っていた。
「イギリス行ったことは覚えてるんだけど。ざっくり観光して帰ってきただけだし」
思い出して貰うためにリチャードが語っていた話を聞く限り、それなりに大きな事件が起きていたように感じたのだが・・・。
みちるさんの長い人生においてはほんの些細な出来事だったのかもしれない。
・・・
ここ暫くの生活はみちるさんの記憶に残るのだろうか。
ふと、そんなことを考えてしまった。
時雨さんや成美のこともみちるさんにとっては刹那の関係で、長い時の中で忘れ去ってしまうんじゃないだろうか?
みちるさんの記憶容量は無限ではないのだ。
ずっと覚えておけるのは一握りの本当に大切な人のことだけだろう。
みちるさんは一体いつまで皆のことを覚えていてくれるのだろうか?
僕らは不死身の異能ではない。みちるさんを残していずれ死ぬだろう。
そんな僕らがみちるさんに何か望むのは・・・
みちるさんが僕の顔を見上げているのに気づいた。
遠い先のことなんて考えても仕方のないことだ。
大事なのは今だということは、皆とみちるさんでも変わることがないはずだ。
「時雨さん、駅まで迎えに来るそうですよ」
「え?さっき港に明日香と居たよね?」
バレてますよ時雨さん・・・。
ともあれ自宅まで僕が送る必要はなさそうである。
◇ ◇ ◇
駅に降りると、時雨さんが待ち侘びていたと言わんばかりにみちるさんをぎゅっと抱きしめた。
「ちょっとちょっと」
「尊い・・・」
往来のど真ん中でオロオロするみちるさんと、うっとりとする時雨さん。
心なしだろうか、周囲は好奇の目というよりかは微笑ましいのもを見る目で通り過ぎている。
二人を見ていると、先ほど巡らせていた考えはひどくつまらない事のように思えた。
時雨さんには今日の顛末についていろいろ尋ねたいこともあったのだが、今日のところは大人しく帰ることにしよう。
「それでは僕は帰るので」
一言だけ声をかけて立ち去る僕に、みちるさんは手を振ってくれた。
彼女が長い時の中で僕たちの事をいずれ忘れるとしても、僕たちと過ごしたこの日々が楽しいものであったならそれで十分だ。
◇ ◇ ◇
その後、リチャードは箱に詰められて『交換』の異能で真っ直ぐにイギリスに強制送還されたらしい。
全く何をしに来たのか分からないが、これにて騒動は一件落着、のはずだった。
「イギリスに帰ったんじゃなかったんですか・・・」
僕は夜中に駅前で退屈そうにしている女子学生に声をかける。
ブレザーの制服にボサボサの長い髪、右腕は包帯でぐるぐるに巻かれている。
そして何より、影がない。
「いや、複製元の方はちゃんと帰ったよ。まぁでも一応念のためっていうか、癖だよね。とりあえずひと段落つくと複製置いちゃうの」
リチャードの最新の複製は怠そうに言った。
複製といえど、性格はかなり異なるらしい。
「まぁ暫くはこの街にいるから。また縁があったら宜しく」
そう言ってまたひとり数を増やした『陰影と複製』の異能者は、夜の闇に消えていった。
癖で厄介ごとを残していくのはやめて欲しい。
ありきたりな異能者とぶっちぎりの凡人 @ksilverwall
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