第14話 理性的に、知性的に
『UNKNOWN』は店主の夫妻が異能者ということもあり、ユニオンの中では名の知れたバーである。
今日は訳あって店を開けていないそうだが、ユニオン関係者であれば構わないということで、話し合いの場所に使わせて貰うことにした。
キィ
僕たちが店に入ると、
田中がサングラスを両手で抑えてガタガタ震えていた。
「いらっしゃい。あら、かわいいお客さんね」
カウンター越しにサングラスに手を伸ばしていた女性がにこやかに挨拶してくれた。
「あれ?マスターは居ないんですね」と時雨さんが問いかける。
「ええ、ちょっと色々あってね。探してるんだけど姿が見えなくて。どこかで見かけたら教えてほしいわ」
女性は柔らかな口調でそう答えた。
田中のすぐ横の席でマスターらしき人物が真っ青になって震えているように見えるのだが、きっと気のせいだろう。
僕は少年には触ってはいけない気がするので田中、僕、時雨さん、少年の順に座った。
「主人がいないので大したもの作れないんだけど」
仮店主――愛さんというらしい――が穏やかな口調で言う。
「いえいえ大丈夫です。おまかせします」
時雨さんがパタパタを手を振り注文を出す。
「ああ、じゃぁ僕もおまかせで・・・」
愛さんは僕と目を合わせて「おっけー」と短く答えた。
吸い込まれそうな、不思議な目をした人だ。
「ククク・・・ここが貴様らの拠点・・・」
「君はオレンジジュースね」
「・・・」
一息ついたところで、
「なにこの子? またなんかあんの?」
山田が話しかけてきた。
「先ほどあったばかりです。多分みちるさんの知り合いだと思うんですけど。道中も殆ど時間止めてたのでこれから話聞くところです」
「あーねー。この時間に子供連れてたら目立つもんな。ていうか補導されるわ」
みちるさんに散々振り回されているであろう人の言葉には重みがある。
「ていうかなんで屋内でサングラスかけてるんですか?」
「いやコレはアイツの『魅了』対策・・・いやなんでも無いデス」
愛さんがやってきて、そっとグラスを置いてくれた。
時雨さんと少年の前にもグラスが置かれると、時雨さんが切り出した。
「で、この子を飼っていいかという話ですけど・・・」
「違うからな!? 話! 話聞いて!!」
少年が必死に割って入って、語り始めた。
◇ ◇ ◇
少年の話を要約すると、少年は『陰影と複製』の異能者であり、名前は色々有るが今はリチャードというらしい。
存在自体が影みたいなもので、死者の遺族が無意識に追っている影や名残に対して自身の存在を複製することで増殖するらしい。
一応死ぬのだが、控えを必ず用意しており、実質不死身になっているそうだ。
そんなわけで相当長いこと生きており、みちるさんとは旧知の仲らしい。
「『永遠』の異能者に何か用事があるんですか?」
はるばる日本まで来た理由が気になって僕は聞いてみた。
「なに、少し前にした約束がいつまで経っても果たされないので我から出向いただけだ」
「約束、ですか」
「『今度また来て帝都まで案内する』とな」
「それ絶対忘れてるやつですね」
「そんなわけがない!」
一体いつの約束なんだろうか、ご長寿たちの時間感覚はまったくもって図り難い。
「あら、随分昔の約束なのね。よく覚えていたというか」
「当たり前だ。一日たりとも忘れたことはないぞ」
・・・ん?
時雨さんと目があった。
時雨さんがリチャードに問う。
「ずっとみちるちゃんに会いたくて?」
「あの者は今はそういう名なのか。我は約束を違えたりしないからな」
「会いたかったんだよね?」
「約束は心待ちにしていたぞ。極東の発展を・・・」
「いつでも見に来れたんじゃない?」
「いや、約束をだな・・・」
「忘れてるぞ〜って手紙とか出した?」
「いや、そういうの迷惑かもしれないし・・・」
「なんで子供の姿を使っているの? みちるちゃんと同い年ぐらいだよね」
「えっと・・・」
「・・・」
「・・・」
時雨さんはガンッとテーブルに頭をぶつけて絞り出すように声を出した。
「やばい・・・これはやばい・・・」
「時間止めて言うことはそれですか・・・」
時間を再開するとニコニコと話を聞いていた愛さんが、
「リチャードくんはその子が大好きなのねー」
核心をついた。
「なっ!好き嫌いとかそういうものではなく・・・」
「みちるちゃんの生着替え写真〜」
「なにっ!?」
「嘘でーす」
「・・・!!」
・・・
・・・・・
・・・・・・・
◇ ◇ ◇
「どうするんですかこれ?」
「少し遊びすぎました。反省しています」
リチャードは部屋の隅で三角座りをして動かない。
その横で山田が何やら深そうで何も中身のないことを語っている。
「そうこうしてるうちに朝になりますよ。彼おそらく日光駄目ですよね?」
「弱点は聞いてないですけど、あえて夜に私達に会いに来たってのはそういうことですよね」
影だけの存在というからには晒してはならない気がする。
さてどうしたものかと考えあぐねていると
「よかったら一日預かるわよ」
と愛さんが提案をしてくれた。
渡りに船である。
「ああ、ご迷惑をおかけしますがお願いしていいですか?」
「いえいえこれくらい。でも一つだけお願いをしていいかしら?」
「何でしょう?」
「主人、見つけてもらえない?」
・・・え?
愛さんが僕の目をじっと見つめている。
何やら異能が使われている感じがする。
「さっきから、効いてないよね?」
「効くって何が・・・」
「入ってきたとき、どこを見ていたのかしら?」
「・・・」
「主人の『認識外』解いてもらえない?」
山田の方を見ると静かに首を振った。
僕はカウンターですやすや眠るマスターの肩に手をおいた。
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