友情編
第13話 欲するは、望むは
「この子連れて帰ってもいいでしょう?」
時雨さんが屈んで上目遣いに尋ねてくる。
僕より背丈があるので相当に無理がある姿勢だ。
「駄目です」
僕はピシャリとその懇願を却下した。
しかし、
「ちゃんと世話しますから・・・」
「そういう問題じゃないです」
「こーんなに可愛いのに?」
「駄目ですって」
こうなると時雨さんは譲らない。
僕はどうしたものかと静止した時の中で頭を抱えた。
◇ ◇ ◇
週末の帰り道、このまま帰るのもなんだか寂しいものだなと思っていたところ、明日香からメッセージが来た。
画面一面を埋め尽くすメッセージで経緯から何まで詳細に説明されていたが、どうにも滅裂で要領を得ない。
実際のところ重要なのは最後の一文のみであり、飲み屋にこいと言うことであった。
単に『分かりました』とだけ返した僕は、続く長文の連打を無視して記載されたURLのお店に向かった。
怪文書の読解をするよりも自分の目で確認した方が早いだろう。
◇ ◇ ◇
飲み屋についた僕を迎え入れたのは、酩酊している明日香と、ボロボロ泣きながら飲んでいる時雨さんであった。
なんだろうこの地獄絵図は。
意外なのは時雨さんがこの時間に出歩いていることである。
みちるさんは留守番だろうか?
また喧嘩などしていないといいのだが。
僕が訝しんでいると、
「はい!愛しのちるちるは!学校のお友達とお泊まり会でーーす!」
明日香が何か世迷言を口にした。
なんだ学校って。
凄い勢いで説明をし始めるが説明が頭に入ってこない。
「みちるちゃん、4月から学校行ってて」
「は!?本当に学校に行ってるんですか!?」
まだまともな時雨さんの補足に僕は驚いた。
ここのところ全く様子を耳にしないと思っていたがそんな事態になっていたのか。
「しかしよく入学できましたね。諸々の書類とか必要そうなものですが・・・」
酔っ払いがドヤ顔でこちらにピースを向けてくる。
またこの人が余計なことをしてくれたらしい。
「書類の改竄もできるんですか」
「うい!むしろ今はそれくらいしかできないでーす!『追憶』を失ってからは時間軸辿れなくなっちゃって。あ、もともと私の異能は『追憶と改竄』だったんですよ?でもほら過去を受け入れることでね。もともと代弁者じゃないですか、異能者って。この間も・・・」
長くなりそうな話をし始めたので時雨さんに向き直り話を聞いた。
どうにも今日はみちるさん不在で、夕方からずっと飲んでいるらしい。
「寂しい気持ちは分かりますけど、あの人、奔放なので慣れた方が良いですよ」
「そう、ですよね。みちるちゃんにもお友達付き合いってありますものね」
「あの人が小学生に話し合わせてるのあまり想像できないですけどね」
「そうですか?『男子小学生で遊ぶの楽しい』って嬉しそうにいってましたよ?」
「それって大丈夫じゃなさそうですけどねぇ!?」
僕が切り返すと時雨さんはふふっと笑った。
ともあれ少し元気が出たみたいでよかった。
教育現場で事件が起きてる気がするが気にしないことにする。
ところで何故僕はここに呼ばれたのだろうか?
知らぬ間に静かになっていた明日香の方を見ると、
「私は、ボチボチ帰ります!あ!家まで送ってあげてくださいね!」
酔っ払いがこちらに親指を突き出してウインクしてくる。
・・・この人余計なことしかしないな。
何か一言いってやろうかと思ったが、自分の分の酒代を置くと足速に帰ってしまった。
時雨さんに時間を止めてもらえば追いつくのは容易いのだが、
ガタン
空のグラスがひっくり返り、床スレスレで静止する。
時雨さんも思いのほか酔っているらしい。
いささか不本意ではあるが駅前までは送った方がよさそうだ。
僕はグラスを机に戻し時間を再開すると、時雨さんと店を後にした。
◇ ◇ ◇
時雨さんのみちるさんトークに耳を傾けながら駅へ向かっていると、不意に声をかけられた。
「止まれそこの者」
声の主は小さい金髪の子供である。
こんな時間に子供がいること自体おかしいのだが、僕はこの子の存在自体に強烈な違和感を感じた。
まるで触れたら消えてしまいそうな、そこに存在すること自体が錯覚のような頼りなさ。
僕は直感的にこの子が異能者であることを察した。
「ククク・・・貴様らがあの女の眷属である事は既に調査・・・」
「金髪ショタきたあああああああああ!!」
時雨さんは叫び声を上げると、両腕でガッツポーズをとりながら膝から崩れ落ちた。
寸前で時間を止めており、つまり僕だけが時雨さんの奇行を止めることができる状況である。
「時雨さん、ちょっと落ち着いて下さい」
「うわぁ見てください!この髪サラサラですよ!」
「勝手に触るのやめましょうね」
「大変良いものを拾いました。やっぱり日頃の行いって大事ですね」
「拾っちゃダメですからね。事案ですよ事案」
「この子異能者ですよね?」
「!?時雨さんも分かるんですか?」
「やっぱり。そんな顔してました。異能に敏感みたいですね」
引っかかってしまった。
時間を止めてくれたのは一応異能対策だろうか?
何となくそれだけはない気がするのだが。
「この子、影がないんですよね。多分ロンドンの吸血鬼ですよ」
時雨さんが指摘する。
見やると確かに街灯の灯りに照らされても影は伸びて居なかった。
以前に聞いたことがある。確かみちるさんの不死身仲間だったか。
「つまり連れ帰って大丈夫ですね!」
時雨さんは目を輝かせて言った。
「いやダメでしょ」
「えっ!?どうして!?!?」
そこから暫し不当な問答を繰り返した結果、なんとか時雨さんを説き伏せて知り合いのバーに連れて行くこととなった。
今夜は長くなりそうである。
「なぜ我の知らないところで勝手に決める!?というか話を聞け!!」
少年の悲痛な叫びはもっともだと思った。
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