第12話 エビフライ・エフェクト

「まぁそんなわけで、この件は解決だね〜」

「まとめないでください。今この時間軸に着いたところです」


おもむろに場を締めようとするみちるさんを制止する。


再編されて投げ出された先は意外にも同じ場所であった。

先程と全く同じ姿勢で棒立ちしている。


しかし先程の混沌とした状況とは打って変わって落ち着いた様子である。

みちるさんも健在で、最初の時間軸で斬った高そうな着物を着ている。


相変わらず記憶が二重にあるが、先ほどみちるさんが死んでいたのが正しい方だと何となく分かる。

もう一方は捏造された方の記憶だ。



「えっと・・・改めまして始めまして。明日香です。『改竄』の異能者をやらせてもらってます」

部屋の中央に座っている明日香がこちらを向いてペコリと挨拶した。


やや明るく染めた長めの髪で前髪を横に流し、落ち着いた服装をしている。

大学生ぐらいだろうか?

なんというか・・・印象に残らない感じだ。


状況から察するに、この人が何回か過去に戻って歴史を変えていたようだ。


「事情を話していただけますか?」

「はい・・・実は・・・」


明日香さんはゆっくりと語り始めた。


◇ ◇ ◇


明日香はことの顛末をしっかりと説明してくれた。

これほどまでにきちんと説明をしてくれる異能者というのはなかなかに珍しい。


初めはその丁寧さを有難く思っていたのであるが、しかし僕は明日香の異能の本当の恐ろしさを理解していなかった。


話が滅茶苦茶長いのである。


いや、話を進めるペースはむしろ早いぐらいなのだが・・・

この人、何周してるんだ?


本にすればそれなりの分厚さになりそうなその物語を要約するのは大変気が引けるのだが、つまりはこういうことだそうだ。



今年の春先に恋人が不慮の事故で死んでしまった。

直前に喧嘩をしていて、どうしても心残りがあって苦しんでいたところ、異能に目覚めて過去に行けるようになり同じ事故を何度も繰り返して恋人を救おうとした。

結局の所、恋人を救うことはできずに、気持ちに整理をつけて別れを済ませてきた。



なかなか壮絶な話である。


「過去は過去だからね。ほんとの歴史があっての改竄だから、人の死までは誤魔化せないって感じかなぁ?」


みちるさんが補足した。

先ほどから散々死にまくっているみちるさんがいうのは説得力に欠ける気がするのだが、そういうものなのであろう。


ちなみにみちるさんが毎回死んでいたのは、改竄区間の始点と終点で『永遠』を無効化する必要があったからだそうだ。


時間の連続性がどうのとか観測者がどうのとか言っていたが、要するに異能同士が競合しているらしい。


「永遠に変わらないものがあって欲しいって願いの方が強いってことなんだろうねー」


異能というのは人々の望みの度合いで優先度が付くらしい。


さらっと重要なことを説明されたような気がするのだが、みちるさんは空が白んできたのを認めると、ふらふらと寝室へと去っていった。


・・・気になって寝れないのだが。


客間の布団に入ってしばらくは考えを巡らせていたが、気づけば眠りに落ちていった。


◇ ◇ ◇


昼前に目を覚ました僕は、別の客間に泊まっていた明日香と少し話をした。


昨夜の冒険譚はあまりに長くて半ば聞き流していたのであるが、きちんと話せば受け答えは丁寧でしっかりしており、頼りになりそうな女性であった。


少しぼんやりしたところがあるが、久々に現在に戻ってきた時差ぼけのようなものだという。


昨日の話の長さから察するに、現在には2〜3回戻ってきているが、それよりも遥かに長い時間を春先のループで過ごしている。

ひょっとすると体感時間では僕より年上かもしれない。


気になるところであるが、この人に過去の話をふるのはタブーだ。話が長い。

変わりに僕は異能について尋ねてみた。

みちるさんも色々知ってそうなのだがとにかくあの人は説明を省きたがる。


几帳面な性格である彼女は、やはり異能についてもよく調べていたようだった。


「ある種の共同幻想のようなものです。熱いと思い込んで冷水に触ると熱いと感じたり、無いと思いこんでいたら目の前にあっても気づかなかったり」


似たような話を占い師から聞いた気がする。

『幽霊の正体見たり枯れ尾花』というやつだろうか。


「それですね。その中でも伝承や神話などの社会全体で共通して持っているイメージから生まれるのが異能です。この世界のどこかにひょっとすると有るかもしれないという願い。みんながそう思い込むことで有るように見えてしまう『幽霊』ですね」


奇跡や神秘が裏で世界を大きく左右する、なんて世界もそれはそれで興味深いが、どうもこの世界は、人々の命運は人々自身の手の内にあるようであった。


僕たちの物語は本編ありきのサイドストーリーのようなものと言うわけだ。

それはそれですこし寂しい気もする。


それにしても、思いのほか簡潔に説明してくれた。

話が長くなるかと覚悟していたのだが。


「・・・何百回もこの説明してますからね」


・・・なんだか非常に申し訳ない。

それでも丁寧に説明に応じてくれる明日香は大したものである。

と同時に、みちるさんが細かい説明を嫌がるのは似たような理由なのかもしれないと思った。


◇ ◇ ◇


「そういえば晴明がそんなこと言ってたかなぁ・・・」


昼過ぎにいそいそと起きてきたみちるさんは、エビフライを食べながら言った。

先ほど明日香としていた話をしてみたが、あまりそういう話に興味はないらしい。


「あの狐は話が長いからなー」


多分みちるさんが話を聞いていないだけだろう。

長寿であるからといって事情通であるとは限らないようだ。

楓さんの苦労が慮られる。


「長寿で言えばロンドンの吸血鬼とか色々知ってるけどね。ごちそうさま!」


みちるさんはスクッと立ち上がると、玄関に向かって駆けていった。

今回の件が片付いたので今日から時雨さんの家に戻るらしい。


僕も屋敷の人に車で送って貰えるそうなので玄関へと向かう。

色々あったがこの屋敷にはお世話になったものだ。

特に楓さんはどの時間軸でもよく働いてくれていたように思う。


玄関先に楓さんがいたので改めてお礼を・・・


「あ・・・じゃぁ私はこれで・・・」


僕の姿を認めると楓さんは足早に屋敷に戻ってしまった。


この時間軸で僕は楓さんに何かしてしまっただろうか?

しかし最初の時間軸と『ほぼ』一致するように調整をかけてあると明日香に聞いたのだが。


同じく玄関先にいた明日香の方を見やると、親指を立ててこちらにウインクしてきた。


あ、この人、余計なことするタイプだ。

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