第11話 春への扉

「そんなこと言われてもねぇ・・・」


目の前の老人はやる気のない声を出しながら電子タバコを深く吸い込んだ。

見るからに占い師といった風貌で、実際ここは占い部屋である。


「じっちゃんでも分からないかぁ」

隣に座っている山田が頭を抱えている。


みちるさんを斬った時に起きた、不思議な現象を体験したのはどうやら僕だけのようだった。

同じ時刻の全く異なる場所に一瞬で移動したのだ。


それだけでなく、それ以前に起きた出来事も僕の記憶にだけある様子で、他方皆が認識していることを僕は知らなかった。


勘違いで済ますような程度のものでも無かったので屋敷にて事情聴取を受けたのだが、何も分からずここに足を運んだのである。


「記憶の不整合って言ってもねぇ。そもそもアンタら自体が記憶の隙間の存在みたいなところあるから」


なにやら気になることを言うので、僕はどう言うことかと訪ねた。

老人のお気に入りの話題らしく、目を気持ちばかり見開いてやや早口で話し始めた。


「異能者というのは現実には存在しないということになっている。少なくとも建前上は」


それは世間に知られてはいけないという意味なのだろうか?


「いや、もっと根本的な話。異能なんてものはないという前提で最終的に辻褄が合わなきゃいけないんだ。辻褄の合わせられない異能は使えない」


どうにも腑に落ちない。

あらゆる異能は辻褄など合わないように感じるの。


「認識として辻褄があっていればいいのさ。人間なら誰しも認識違いをする。見間違え、記憶違い、えーっと、まぁいろいろあるだろう? 幽霊の正体見たり枯れ尾花という奴だな。幽霊がいたとしても枯れ尾花として解決できればそれは辻褄があうんだよ」


現実には異能はおらず、幻か何かであると言うのだろうか?

皆の異能やみちるさんの存在が幻とはどうしても思えないのであるが。


「現実とは認識だよ。君がそう解釈するならそれは現実だと思うけどね。さて、好きな番号の封筒を取って」


そう言いうと老人は封筒の束を差し出した。

封筒には通し番号が書かれているが所々欠落しているようだ。

僕は17番を選んだ。


「中に紙が入っているんだが、なんて書かれているか分かるかい?」

「いやまったく・・・」

「また似たようなことが有れば来なさい。その時には番号と内容伝えてね。じゃぁ時間だから」


どうも予約の時間がきたらしい。

僕と山田は占いの館を後にした。


封筒には確かに紙が入っていて、『彼女は未だに春への扉を探している』と書かれていた。

何かの謎かけだろうか?


首を傾げているとスマホの着信が鳴った。

時雨さんからである。


僕はその電話を取っ・・・


◇ ◇ ◇


ズシンと腹部に重撃を感じて僕は目を覚ました。

目を開けると楓さんが馬乗りになって僕を見下ろしている。


・・・またこの人始まりか。


「どうして・・・なんでこんなことに・・・」


そう言って楓さんはボロボロと泣き始めた。

状況が飲み込めていないのに重い展開は勘弁してほしい。


「楓さん、落ち着いてください。まずは降りてもらって・・・」


しかし楓さんは降りずに、逆にこちらに上体を倒してきて、

そしてピタリと静止した。


「時雨さんか・・・」


止まった時間の中で楓さんを持ち上げて、するりと身を抜くと僕は状況を確認した。

時刻は深夜、ホテルの一室のようである。


・・・深夜?

僕の最後の記憶はいつだったか。


確か、時雨さんの電話を取り――楓さんのメッセージを受け取り――時雨さんの家にまったり向かうと――急いで屋敷に向かうと――みちるさんがパンケーキを食べていて――血まみれのみちるさんが――見知らぬ女の子も一緒にいて――あの子に気をつけてって・・・


なんだろう?記憶が噛み合わない。というかぐちゃぐちゃに混ざり合っている。

まるで文字の上にもう一度文字を印刷したかのように、記憶は確かにあるのだが思い起こすのはとても困難であった。


状況を把握するには楓さんに話を聞いたほうが良さそうだが、状況がわからない故に時間停止を解いていいものか判断がつかない。


時雨さんと合流するほうが先だろうか?

スマホを触ると画面は動くのだが、通信は圏外になっていた。

止まった時間でできることの基準がイマイチわからない。


ラウンジまで降りると、中高生ぐらいの男の子が一人ソファに座ってスマホを眺めて固まっていた。

他には誰もいない。


僕はこの子を知っている気がする。

しかし合うのは初めてだろうか?


思い起こしていると再び時間が動き始めたようで、男の子が顔を上げた。


「・・・普通に結界入ってくんじゃん」


たしか御影と言ったか。

『孤独と疎外』の異能者であると紹介された記憶がうっすらと覚えている。


「今の所誰も通ってないよ。場所が場所だから何人か結界横切るかと思ったけど、この時間なら誰も通る必要性がないみたい」


御影は気だるそうに言う。


なんだか話が長くなりそうだ。

僕は御影の正面のソファに腰掛けた。

しかし意外にも御影は続けなかった。

あまり多くを語らない性格らしい。


ぼんやりと御影がスマホを弄っているのを眺めていると、少しづつ『後の方の』記憶が戻ってきた。


確かみちるさんが何者かに襲われて大騒ぎになったのであった。

それで楓さんが一人暮らしの僕を心配して宿を確保してくれたのだ。

屋敷の方では万全の迎撃体制が取られていると聞いたが、先程時間が止まっていたので心配ではある。


「もしかして二周目?」


記憶を思い起こしながらぶつぶつと呟いている僕に向かって御影が投げかけてきた。


「・・・二周目?」

「じっちゃんとこの封筒の内容覚えてる?」

「あの占い師のことかな?」

「そう、なんか書いてあったでしょ?何番目になんて書いてあった?」


確かに似たような状況に合えばまた来なさいと言われたが、彼に伝えてもいいものだろうか?


ともあれ他にできることもないのでここは素直に答えておこう。

僕は素直に封筒番号と内容を御影に伝えた。


御影はスマホでなにやらやり取りして、暫くすると顔を上げて言った。


「ああ、やっぱそうだわ。何周目かはわからないけど」

「この文章にはなにか意味があるのかい?」

「ないよ。けど誰も中身がわからないようになってる。ループ系の異能検知する用らしい」


なるほど、よく考えるものである。

それにしてもこの少年は妙に詳しい。長い付き合いなのだろうか?

異能歴は僕よりずっと長いかもしれない。


この事件に時間ループ系の異能が関わっているとするならば、いくらみちるさんと時雨さんの異能が強力であったとしても難しいのではないだろか?

この件は思ったよりも解決まで時間が、


「和解したそうですよ」

「おおうっ!?」


気づけば楓さんが後ろに立っていた。

なんだか少し不機嫌そうである。

和解?ループの異能者は?


「ああ、そこまで分かってるなら話早いです。ていうか過去改竄検知して貰いました?未来視の斎藤さんから連絡あって・・・」

「未来視じゃなくて『演算と予測』ね。じっちゃんそれ言われるの嫌いだから」

「とりあえず一緒に屋敷まで来てもらいますね」


解決したのなら良かったのだが・・・。

完全に置いていかれている僕は楓さんに手を引かれホテルを後にした。


◇ ◇ ◇


屋敷に着くと、みちるさんと女の子が血まみれでツイスターゲームをしていた。


「ちょっと!血ノリで滑るから!」

「明日香ずるい!手足長いじゃん!」

「みちるちゃんかわいい!カメラ向いて!」

「おーい、楓ちゃんもう着いたって〜」


混沌としている。


「えっと・・・どういう状況か説明してもらえますか?」

楓さんが眉を潜めながら言う。


「おかえり〜」


みちるさんはそれに答えずこちらに駆け寄ってくる。

まず血まみれなのを何とかして貰えないだろうか?


「あーえっとどっから説明すりゃぁいいかなぁ。えーっとこの子は久世明日香さんという方だ」

「山田さん、これめっちゃよく撮れてると思いませんか?」

「あ・・・はじめまして。明日香です」


明日香という女性はペコリと挨拶をした。

いま大事な話をしているので時雨さんは少し黙っててほしい。

あとみちるさんが何か手に持たせてくるけど、それも後にして・・・


ベチャ


おもむろに僕の半身は血まみれになった。

僕の手にはナイフが握られていて、足元でみちるさんが死んでいる。


えー・・・


「あ・・・先に飛んだほうがいいですよね。戻ってきたらきちんと説明します」


その瞬間ぐるんと世界が暗転した。


えー・・・


本当にいい加減な人たちである。

もう少しこちらの事情も汲んでほしいのだが・・・。


再編されていく世界を眺めながら、次はどんな歴史に改竄されているのだろうかと途方に暮れた。

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