追憶編
第10話 バック・トゥ・ザ・ホーム
今、僕の両手の中には長い刀が収まっている。
右手で柄を握りしめ、左手で峰をしっかりと摘みその重さを噛みしめる。
刀の良し悪しなど微塵も分からないが、その研ぎ澄まされた刃を見れば、なんともよく切れそうであろうことぐらいはわかる。
『退魔の太刀』
かの村正の名刀の一振りであり、この刀に振るうとあらゆる魔はたちまちに霧散したという・・・。
刀を強く握り、正座する僕の正面には、不老不死の異能者、みちるさんが座っている。
紅葉をあしらった彼女の着物は、今の季節と和室によく馴染んでいた。
僕はこれから彼女を斬る。
だが、その前に一つ言っておかないといけない事がある。
「脱いでください」
「うっわぁ・・・」
声の方に視線を見やると、部屋の入口で楓さんが非常に複雑な表情で佇んでいた。
そしてそのまま襖を閉めて去ってしまった。
なんだろう。あらぬ誤解を受けた気がするが。
「なんで?」とみちるさんはいつものきょとんとした表情で答える。
「いや、間違いなくその着物お高いですよね?着替えてください」
前回の経験からすると着物は跡形もなく燃え尽きていたはずである。
この広い屋敷の主が袖を通している一品が安物とは考えにくい。
「んー大丈夫だよ。あんまり待たせるのもあれだし」
「誰か待たせてるんですか?」
葬儀屋でないのは確かだろう。
「んー実はちょっと異能者から相談受けててね」
「なんの異能者なんですか?」
「それがわからないんだよねー。でもなんか私の異能が干渉してるみたいで」
なるほど、それで一旦異能を無効化するために僕が呼び出されたわけだ。
みちるさんの場合は永遠に存在すること自体が異能なので本人の意志で制御できない。
というかこの人死ぬのに躊躇がなさすぎないだろうか。
「でも急いでいるなら、僕を待たずに楓さんあたりに斬って貰えば良いんじゃないですか?こんな便利な刀も有るわけですし」
「その刀自体は普通の刀だよ」
「いや・・・『退魔の太刀』って・・・」
「前の持ち主が『異能を無効化する異能者』だったからだよ。君が斬れば何でも良い」
「じゃぁもう少し扱いやすい凶器にしてくれませんかねぇ!?」
「いちばん斬られ慣れてるし」
・・・この人はどんな人生を送ってきたんだろうか。
「こう、カッコよくズバッと!」
「・・・致命傷になれば何でも良いんじゃないですか?」
どうにも死に様には拘りが有るらしい。
もったいない気もするが着物ごとバッサリ行くことにした。
自分も些か人斬りに躊躇がなくなってきたように感じる。
人前で刃物を持つのは控えたほうが良いだろう・・・・。
太刀を大きく振りかぶりみちるさんに振り下ろすと、確かな手応えがあり、
直後、霧のように霧散した。
みちるさんと、そして背景が。
次々に後ろの景色が溶けていき、太刀も霧散し、何もない真っ白な、いや、真っ暗だろうか、何もない空間が漠然と広がっていく。
なんだこれは。と声に出そうとしたが音を伝える物はなく、足元もなくなり、虚無に放り出された。
自分の形もわからないままあがき、手を伸ばして
・・・
楓さんを押し倒していた。
「・・・」
「・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・いいですよ」
何がだ。
ガバリと起き上がりあたりを見回すと、見慣れた自分の部屋だった。
どういうことだ?先程までみちるさんの屋敷にいたはずである。
というか、なんで楓さんがこの部屋に居るのだろう?
「そうだ、みちるさんは!?」
そう言って楓さんに向き直ると枕が吹っ飛んできて僕はふっとばされた。
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