第9話 あまのはら

僕は泣きじゃくるかぐやを抱き寄せて、頭をゆっくりとなでた。

簪に指先が触れ、チリンと鈴が鳴る。


子供のあやし方などわからないのだがこれで良いのだろうか?

分からないが暫くそうしていた。


「もう、いいから・・・」


かぐやはぐいと押し返しすとその場に座り込み、着物の血に染まっていない部分で涙を拭いた。


「巻き込んでごめんね・・・色々、知りたいよね」


かぐやがこちらを見て言う。

確かに聞きたいことは山程あるが、泣きはらした少女に色々詰め寄るのも気が引ける。


「ふふ、遠慮しない。ここ座って」


かぐやがポンポンと床を叩くので、僕はすぐ横に座り塀に背中を預け、並んで座ることにした。


「えっとね、どこから話そうかな」


・・・


かぐやの話はあまりにも突拍子がなく、先程の光景がなければ到底信じられるものではなかった。


二人は異能者と呼ばれる存在で、異能と呼ばれる不思議な力を使える人間らしい。

異能は異能者に固有のもので一人ひとり異なっているらしく、その種類は非常に多岐にわたるようだ。


成実が見せた青白く光る剣は『創造』の異能によるもので、彼女は具体的にイメージできる範囲のものならだいたいのものは作り出せるそうだ。

そしてかぐやは、


「私は『永遠』の異能。いわゆる不老不死ね」


彼女が瀕死の状態から蘇ったのはこの能力によるものらしい。

永遠が故に死なず、永遠が故に老いない。


・・・つまり目の前の少女は、少女に見えて僕よりも遥かに年上の女性ということになる。

そのことに気づくと先の抱擁が俄然気恥ずかしく思えた。



「じゃぁ今度は私から質問。貴方は何者?」


僕が複雑な気持ちでいると『かぐやさん』はこちらに尋ねてきた。


そして手を開いてこちらに向けてくる。

小さな切り傷が残っていた。


「この傷、貴方につけられたものなんだけど治らない」


本来ならば切り傷など一朝一夕で治るものではない。

しかしかぐやさんの圧倒的な再生力を鑑みれば、これは尋常ではない事がわかる。


「おそらくなんだけど、貴方も異能者なんだと思う」


そんなバカなと僕は思った。

自分に不思議な力が宿っているなど、いい年した大人が夢にも思うだろうか。

そんなこともいざしらず、毎日普通に仕事をして暮らしているのだ。


「目覚めた時に気づかなかった人だね。うーん何の異能だろう?ちょっと待って、当てるから」


当てると言われても本人が答えを知らないのだが。


「さっき手を握られている間、全く傷が塞がらなかったし、傷つけたり再生を阻害する系の異能かな?いや、御影の結界にも入ってきてるし・・・」


かぐやさんはしばし俯いて考え込むと顔を上げて言った。


「貴方、『異能の無効化』とかその辺りの異能じゃない?」


それを聞いた瞬間、何故かすごく腑に落ちるような不思議な感覚に襲われた。


「あたり!」


言うには異能者は本能的に自分が何者か知っているため、自覚がないタイプでもヒントや指摘があれば気づくらしい。

何とも不思議な話である。


「こんにちは『異能の無効化』の異能者さん」


先程まで泣いていた少女はこちらを向いてニコリと笑った。



◇◇◇



それから、大通りの脇道に座ったまま二人して暫く話すことにした。

結界の影響で辺りには誰もおらず、満ちた月だけが僕らを見下ろしていた。


異能のことは確かに興味深くはあったが、僕はそれよりもこの年齢不詳の少女について知りたかった。

僕よりも遥かに長い人生、酸いも甘いも噛み分けてきた人である。

多くの出会いと別れを経験してきた人である。

それでも、成実との関係は特別に思えた。


「基本的には、あまり人には深く関わらないようにしているんだけどね。でも、それってやっぱり難しいよね。成実には、悪いことしちゃったな・・・・」


成実は五歳の時に異能に目覚め、その目立つ異能故にすぐにトラブルになったらしい。

それをかぐやさんの所属する異能を専門とする組織が保護したのだが、


「幼い異能者の家庭って問題を抱えているところが多いんだ。だからかな、どうしても放っておけなくて」


「あの子もね、お姉ちゃんお姉ちゃんってすごく懐いてくれて。引っ越してからも手紙のやり取りだけはずっと続いたんだ。もう長く生きてるから世の中のことなんてだいたい知ってる気でいたんだけどね、あの子が手紙で伝えてくれる世界はとても輝いて見えたよ。ほんと、とっても仲良しの友達になれたと思った」


「思ったんだけどな・・・。まいったな、まさか女の子から・・・」


かぐやさんにとって成実は特別で、成実にとってもそうだったが、お互い求める形は全く異なっていたようだ。


かぐやさんが人と関わるのを避ける理由はわからない。

きっとそれは一度の何かというより、長い人生の教訓と呼べるものなのだろう。


・・・


「ねぇ、一つだけお願いしていいかな?」


かぐやさんが改まって言う。

なんだろうか?

きっと誰よりも孤独なこの人のために僕はできる限りのことはしてあげたいと思った。


「私を殺してくれる?」


先の話によれば僕は異能を無効化することができる。

つまり・・・


「・・・いいんですか?」

「もう十分生きたよ」


僕はなにか言い返そうとしたが、遥かなる年長者を相手に命について語るほど僕は人生経験が豊富ではなかった。


成実の件は大きな影響を与えたであろうが、きっとそれだけでは無いはずだ。

そう簡単に出せる結論ではない。

長い長い人生の積み重ねから出した結論に、異を唱えることなど到底できなかった。


「大丈夫、死体に関しては組織がよしなにしてくれる。貴方についての手紙も書いておくね」


・・・僕は結論を出した。


「ありがとう」


かぐやさんは紙と筆ペンを取り出し一筆したため懐にしまい、僕に果物ナイフを手渡してた。

成実といいこの人といい何とも物騒なものである。


僕の手を取り刃を首筋に当てた。


・・・


・・・


・・・


死体については杞憂であった。


彼女の存在自体が長い時を経て異質なものになっていたのか、絶命してその後、青白い炎になって灰になるまで燃えた。その炎に焼かれて、彼女の着ていた着物も、手紙も、可愛らしい簪も、全部燃えてしまった。


血もまた同様であったのか、血まみれのスーツは気付けば灰まみれになっていた。


かぐやさんの居たところには小さな灰の山だけが残っており、骨も残らないのはとても寂しいことに思えた。


僕はせめて家で弔ってやろうと思い、鞄に入っていたエコバッグ――成実の一撃で切断されていないのは奇跡だった――に灰を詰め、駅に向かって足早歩き出した。


既に始発は動き出していた。



◇◇◇



それから一月がたった。

かぐやさんの言う組織が僕のもとに現れることはついになく、彼女の遺灰は僕の自宅に片隅に箱詰めで置かれている。


仕事を終えてビルを出ると、空にはあの日同様真ん丸な満月が輝いており、否応なくあの日の出来事が思い出された。

僕は少し寄り道をして、あの日二人で話した場所に向かい静かに手を合わせた。

道行く人が奇異の視線をこちらに向けていた。


・・・


帰宅すると自宅の明かりがついているのに気がついた。

今朝家を出る時、明かりを消し忘れただろうか?

時々やってしまうので注意しないといけないなと思いつつ部屋に入ると、


「遅いよ」


・・・普通にかぐやさんが居た。


「なんでいるんですか?」


かぐやさんは黙って部屋の片隅を指差した。

見ると遺灰を収めた箱が空の状態でひっくり返っていた。


「・・・たったの一ヶ月」

「・・・はい?」

「たったの一ヶ月しか『永遠』を断てないなんてどういうこと!?」


あのやり取りのあとである。腹を立てる気持ちはわかる。

しかし自分の異能の詳細なんて僕自身知らないのだ。


「あの・・・もう一度殺りましょうか?」

「もういいよ!」


とりあえず死ぬのはなしになったらしい。


「とりあえず、ご飯。明日は服ね。それと・・・」


復活していきなり理不尽な要求を突きつけてきた。

明日も仕事なのだが?

しかし彼女にいつまでもブカブカのシャツ一枚で過ごさせるわけにも行かないので、適当に理由をつけて休むしかなさそうだ。


「あと、名前をちょうだい」

「名前?」


意外なものを要求された。


「一ヶ月とはいえしっかり死んだから、名前変えようと思って。今の名前も封印解けた時につけたの。その時は流行ってた小説からとったんだけどね」


なんだろう、その小説はよく知ってる気がする。

竹から女の子が出てくる話ではないだろうか?


しかしこれは重大な任務である。

ともすれば数百年使い続けるものである。

僕は何か良い名前がないかと考えをめぐらせた。


「・・・」


あの日あの夜、誰も居ない大通りで二人で空を眺めたのが思い出された。

そして今宵も空を見て、同じ満月が浮かんでいるのを見て、彼女を思い出したのであった。


「『みちる』とかどうでしょう?満ちた月がとても印象的だったので」


彼女はすこし首をかしげて、みちる、みちる、と何度か繰り返した。

そして、


「・・・いいじゃん。気に入ったよ。みちる。私は今日から『みちる』ね」


みちるさんは嬉しそうにニッコリ笑うと、


「今日は記念にお寿司だね!」


理不尽な要求を僕に突きつけた。



◇◇◇



・・・


・・・


・・・


「もうそれ、好きじゃん」


楓さんは静かに呟いた。


「え?なんで付き合ってないんですか?馬鹿なんですか?」

「・・・今までの僕の話聞いてました?」


ガンッ!


楓さんがジョッキを荒々しく置く。


「え?『僕たちこんなにラブラブなんです』っていうアピールですよね?なんですか?惚気ですか?喧嘩売ってるんですか?襲うぞ、姫様を」


微妙に呂律の回っていない口調で、なにかとんでもないことを言い出した。


相当酒が回っているようで楓さんは先程からずっとフラフラと身体を揺らして話を聞いていたのだが、何か癇に障ることがあったらしい。

身を乗り出しながら強い語調で絡んでくる彼女を僕は宥めて押し戻した。


怒りが鎮火した楓さんはテーブルに膝を付き、焦点が怪しい目でこっちを睨めつけてくる。


「あ〜あ、よかったんですかぁ、同棲解消して。私余計なことしましたぁ?てか、あんま調子乗ってると他の男に盗られるぞコラ」

「居候です。他の男ってなんですか。なんで僕が女児の取り合いをしないといけないんですか・・・」


僕が素っ気なく返すと楓さんは「はぁ〜」と深い溜め息をついて言った。


「あのですね・・・成長は止まってますが中身は大人の女性なんですから、そういう扱いよくないと思うんですよ。意外と繊細なんですよ?あの人」


・・・確かにその通りだ。

みちるさんは身なりこそ幼いが自分より遥かに年上の女性なのである。


幼い見た目を差し引いて、異能者としての有り様も差し引いて、彼女の個人としての内面を僕は普段からしっかり見れているだろうか?


みちるさんが僕をどう思っているかは別として、彼女との関係性を見た目だけで制限しているのは少し違うように思えた。


「で、ヤッたんですか?」


・・・もうこの人滅茶苦茶だな。


呆れて僕がため息をつくと、ちょうど店員がラストオーダーを取りに来た。

知らぬ間に相当長い時間話し込んでたようである。


「あ、僕はもう大丈夫です。楓さんももう良いですよね?」


楓さんのほうを見ると、スマホを見て固まっている。

嫌な予感がする。


「・・・終電、なくなりました」

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