第8話 わすらるる

血まみれの女は虚ろな瞳でブツブツつぶやきながら近寄ってくる。


「え・・・誰・・・?なんでみっくんの結界の中にいるわけ・・・?」


何やら意味不明なことを言っている。

こちらとてお前が何者か聞きたいところである。


「とにかく・・・その子から離れて」


たっぷりの殺意を込めて女が睨めつけてきた。

その恐ろしさに、僕は今すぐにでも走って逃げ出したい気持ちになった。

しかし、ここで僕が逃げ出せば間違いなくこの子は殺されてしまうだろう。


「離れなさいよ!!」


女は叫び、大きく手を振った。

僕はとっさに目をつむる。


カラ、カラ


・・・


恐る恐る目を開け、すぐ足元に目をやる。

そこには鞄ごと真っ二つに切り裂かれた水筒が転がっていた。


・・・


そして女の方を見やると、

手には青白く光る剣のようなものが握られている。


・・・


何が起きているのか理解できない。

悪い夢であってくれと願った。

だが何故か僕はこれをよく知っているような気がした。


「はやく、消えて」


女は意味不明な凶器をこちらに向けて最後通告をしてくる。

殺す気だ。

僕もこの子も。


女の狙いは少女であり、僕だけ逃げれば、命は見逃してくれるかも知れない。


少女を見やる。

先程よりも息は浅く、視線も虚ろになっているように思えた。


逃げるわけには、いかない。


少女から手を離し、鋭利に切断された水筒を手に取った。

そして、震える足で立ち上がった。


・・・


「・・・なんのつもり?」

「この子に、手出しは、させ、ない」


しばし睨み合う。


どう考えても勝てる相手ではない。

しかし、それでも僕は捨て身の覚悟で相手に飛びかか・・・



ろうとした瞬間、なにかに腕を掴まれた。

次の瞬間には天地がひっくり返り、床に倒れ伏した。


何が起こったか分からない。

女の謎の力なのか?

僕は・・・死んだのか?



「っぶないなー。最近の若者はすぐそうやってすぐ熱くなるんだから」

「あ、やば、指切ってる」


幼い声が降ってきて、目の前を血塗られた和服が通り過ぎていく。


先程まで死にかけていた少女がそこに立っていた。


「あーバッサリいったなー。帯はギリ切られてないからなんとかなるか」


女の持っていた剣が小さな光の粒となって虚空へ消えた。

女はさっきとは全く異なる穏やかな声で言う。


「ごめんなさい、かぐや・・・。私、ぜんぜん、そういうつもりなくて・・・」

「じゃぁどういうつもりだったの?成実」

「・・・」


お互いに知り合いのようだが、話が見えない。

しばしの沈黙を、成実と呼ばれた女が破った。


「十五年前こと覚えてる?」

「・・・ごめん、あんま覚えてない」


何やら古い因縁が有るようだ。

このかぐやと呼ばれた少女もどう考えても普通ではない。

常ならざる二人にどんな深い事情があるのだろうか?


「大人になったらお嫁さんにしてくれるって約束したよね!?」


なお一層話が見えなくなった。


「・・・十五年前って成実五才じゃん」

「私は本気だったよ!?」

「そんな昔の約束持ち出されても・・・」

「私はずっとかぐやお姉ちゃんのことだけを想ってた!」


・・・修羅場?百合の?

異能バトル的なやり取りをしていた気がするのだが。

なんだかもう帰って良さそうである。

言い合う二人を残しその場を後に、


「だいたい何よ!この男!」


再び巻き込まれた。


「知らないよ」

「そんなわけ無いでしょ!みっくんが結界張ってるんだから!」

「ほんとに知らないって」

「かぐやは男の人が好きなんでしょ!」

「今そういう話してないでしょ」

「そういう話よ!」


この状況で背を見せるのは些か危険である。

謂れのない嫉妬で刺されかねない。


しばし口論の後、成実は膝から崩れ落ちた。


「ずっと、気持ちが通じ合ってるって、思ってたのに・・・」

「ごめん・・・」

「手紙でも好きって・・・」

「・・・友達としてだよ」

「・・・」


成美は項垂れている。


「傷つけたのは分かってる・・・でも、お願いだから死なないで」


後ろからでは表情は読み取れないが、かぐやはとても悲しそうな声をしていた。


「・・・バカだよね。かぐやなら絶対止めるに決まってるのに・・・。それなのに、暴れて、かぐやを・・・」

「私なら大丈夫だよ。傷ももう全部治ってるし。知ってるでしょ?不死身だって。それに、わざとじゃ無いのも分かってる」

「・・・」

「でも、剣は危ないからもう出さないで」

「・・・分かった。約束する」


・・・


「じゃぁ私、もう行くね」

「・・・また会ってくれるよね?」

「・・・ごめんね」


かぐやはそう言うと振り返り、大通りの方へ向かって歩いていった。


僕はどうするべきか迷ったが、かぐやを追うことにした。

聞きたいことは山ほどあるし、成実は今はそっとしておいてあげるべきだと考えたからだ。


◇◇◇


路地を曲がり少しすると、黙々と前を歩いていたかぐやが塀に寄りかかり座り込んだ。


血塗られた光景を思い出した僕は咄嗟に駆け寄る。


無神経というのは僕みたいな奴のことを指すのだろう。


かぐやは静かに泣いていた。

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