月夜編
第7話 これやこの
空には満月が煌々と輝いている。
日中はいささか風が暖かくなってきたと感じたのだが、終電時刻も過ぎたこの時間ともなれば冷え込みを肌でヒシヒシと感じる。
朝方にコートを着るべきか否やかと迷ったがどうやら判断を誤ったようだ。
多少は身体が温もることを祈りやや足早に隣駅のタクシー乗り場へと向かう。
最寄り駅にもタクシー乗り場は有ったのだが、今日の月を見ていると不思議と一駅ぐらい歩こうかという気持ちになったのだ。
明日は休日だし、深刻な運動不足を多少解消しておく良い機会と思ったのだ。
深夜の大通りには自分のほか誰も歩いておらず、辺りは完全に静まり返っており、自分の靴音だけが反響していた。
道路の方に目をやる。
何か、違和感を感じる。
・・・
「いやぁ!!放して!!」
逆側から、即ち路地側から女性の叫び声が聞こえ、ビクリと全身が跳ねた。
辺りには誰も居ない。叫び声を聞いたのは・・・多分僕だけだ。
どうしたらいい?助けに向かうべきだろうか?
いや、事件ではないかも知れない。でも事件だったらどうする?
違う、落ち着け、こういうときはまず警察に電話をするべきだ。
スマホを取り出し最速でコールする。
しかし繋がらない。
・・・圏外になっていた。
絶対に何かがおかしい。街のど真ん中で圏外になるものか。
(逃げよう!そうしよう!)
大通りに沿って走れば、すぐに駅へ辿り着く。
誰かに会うことができれば助けを呼べるはずだ。
至極真っ当な結論を出した僕は、何故か路地に向かって走っていた。
◇◇◇
飛び込んだ路地は寂れたレジャー施設の裏手であった。
見回しても辺りには誰もない。
(誰も居ないでいてくれ)
実際は何も大したことなど起こらなかったのかも知れない。
しかしここに至ってはきちんと何もないことを確認しておく必要があるだろう。
僕はきちんと確認の責務を果たした。
しかし、そこには誰も・・・
いた
水たまりの中で女性が倒れている。
僕は叫び声を上げながら駆け寄った・・・つもりであったが喉は掠て声が出なかった。
近くに駆け寄った僕は、先程の説明に対して二点の補足訂正をする必要が生まれた。
一つは、倒れていたのが女性というのは間違いないのだが、年端もいかない子供であったということ。
もう一つは、倒れていた場所が、水たまりではなく血溜まりであったことだ。
少女が着ている和服は血で真っ赤に染まっており、目は完全に見開かれていた。
「あ・・・ああ・・・あ・・・」
声にならない声を上げ、僕はその場にへたり込んだ。
スーツが血を吸い足元に不快感が広がった。
死んでいる。
人が、死んでいる。
おかしいだろう?なぜ?こんなところで?
・・・
僕があまりのショックに身動きが取れないでいると、
「う・・・」
少女が声を上げ身を捩らせた。
生きている。
にわかに信じられないことだが、血溜まりの中の少女は、生きている。
僕は少女の手を取り声をかけた。
「大丈夫だ!助けを、助けをすぐ呼ぶから!」
少女はまさに虫の息でヒューヒューと息をしながら、虚ろな瞳でこちらを見ている。
このままでは本当に死んでしまうのも時間の問題だろう。
今すぐ助けを呼びに走り出したいが、少女をこのままにはしておけない。
それに僕の腰はすっかり抜けてしまっていた。
誰か、誰か他にいないのだろうか?
僕は必至で辺りを見回した。
神に祈ったことなど無いが、奇跡というのはこういう時に願うものなのだろう。
そうすると路地の奥から一つの人影が姿を表した。
僕はあまりの感動に叫び声をあげそうになるが、それは形にならなかった。
現れた女の全身は、返り血で真っ赤に染まっていたからだ。
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