第6話 ペアレント&チャイルド

「なんでいるんですか?」


休日の午後、家に帰ってくると普通にみちるさんが居た。

窓辺に座り外をぼんやりと眺めている。


「人生の意味って、なんだろうね」


おもむろに意味不明なことを呟いた。

らしくないを通り越して気持ち悪い。

というかみちるさんがそれを言うのは如何なものなのだろうか?


鞄を下ろすと少し距離を開けて腰を下ろした。


「・・・何があったんですか?」

「別に・・・」

「・・・理由なくここに来ないでしょう」

「・・・」


沈黙が下りる。

普段の傍若無人っぷりも困ったものなのだが、この重苦しい空気も大概である。


困り果てた僕は楓さんにメッセージを送った。


『みちるさんが家出してます』

・・・

楓:『ええっ!なんでそんなことに!?!?』

楓:(スタンプ)

楓:『ほんとだ!座標そちらになってますね!!』


レス早いなこの人。

それに会って話した時に比べかなりテンションが違うので少し怖い。


楓:『私今日は休日出勤なんですよ(泣)』

楓:『ちょっと見てもらえますか?』


世知辛い。仕事中なのにすかさずレスが帰ってくるのは不思議だが。


『シャイニングなんとかさんとか来れないですか』

楓:『山田一人に任せるのは駄目です!危ないです!ロリコンなので!』


シャイニングなんとか山田さんも倫理上の問題で来れないらしい。

こうなればもう僕がなんとかするしかないということである。


やれやれとため息をつくと僕はみちるさんに向き直った。


「みちるさん、とりあえず戻りますよ。何があったか知りませんがちゃんと話し合いましょう」

「・・・嫌」

「『嫌』じゃないです。拗ねないでくださいよ、いい大人なんですから」

「・・・・・・・・・」

「とりあえず着替えましょう?着てきた服どこやりました?今回は燃えてないですよね?」


みちるさんが不機嫌そうに視線をやった先に服が丸められて放られていた。

手に取って広げるとフリフリがついた、それはそれは可愛いらしい子供服だった。


みちるさんが好んで着ることはなさそうな服である。

話が少しづつ見えてきた。


とはいえこの部屋にみちるさんが着れるようなサイズの服は無いので我慢して着てもらうしかない。

今のワイシャツ一枚の姿では辿り着く前に捕まるのは確実である。


この上なく不機嫌なみちるさんをなんとか着替えさせ、家から連れ出し、電車を乗り継いで、時雨さんの家に辿り着いた頃にはすでに陽が傾き始めていた。


◇◇◇


時雨さんの家の住所は聞いていたのだが訪れるのは今日が初めてであった。

初めて出会った時の公園の近くに有る、見るからに高級そうなマンションである。

場違い感をひしひしと感じる。


エントランスでいくらコールしても出ないので、みちるさんの持っている鍵を使って直接部屋に向かうことにした。


ピンポーン


やはり出ない。

居留守なのか不在なのか見当が付かないが、このまま帰るわけにもいかないので、みちるさんの許可を取り上がらせてもらうことにした。


「お邪魔します。時雨さん、いますか?」


恐る恐る廊下を進み、奥を覗くと・・・


時雨さんがリビングの隅でうなだれていた。


そして僕の方に視線を向けると、ゆっくり呟いた。


「人生って、なんだろうね・・・」


その問は先ほど聞いた。

本当に面倒な人たちである。


「そうやって逃げるのやめてください」


みちるさんが一緒に来ていることに気づいた時雨さんが時間を止めたのだが、僕がすかさず解除した。

時間が止まったことだけ認識したみちるさんがビクリと反応する。


「大丈夫です。一瞬しか止まってません」


辺りを見回すと子供服の詰まったダンボールが所狭しと並んでいた。

その他にもゲーム機やDVDなどが目に入る。


「何やってるんですか?」

「みちるちゃん、何着せても可愛くないですか?可愛いは正義なんですよ?」


この人は何を言っているのだろう?


「他にもね、みちるちゃんが好きそうなもの全部揃えたんですよ?ゲーム好きっていうからハード全部揃えちゃいました。ゲームしてるみちるちゃんも可愛いですよね。ご飯も拘って作ったんですよ?本当に美味しそうに食べてくれて、あの笑顔だけでご飯十杯はいけますね。映画とか意外と古い作品好きですよね?プレミア価格がついてる物もありました」


でも、と区切って時雨さんは今にも途切れそうな声で続ける。


「みんな居なくなっちゃうんですよね。何が足りなかったのかな?何でも言ってくれたらするんだけどな。きーくんも、ずっと夢を応援してたんだけどな。この家も一緒に住みたいって言うから買ったんだけどな。お小遣い足りなかったのかな・・・」


時雨さんはそう言うと部屋の角を眺め動かなくなった。

みちるさんは死んだ魚のような目をしてその様子を眺めている。

しんと静まり返り、時間が止まったかのようである。


今の話でおおよそ状況は掴めたように思う。

時雨さんは『人を駄目にする人』だ。


黙って立っていても何ともならないので、僕がなんとかするべきだろう。

時雨さんの対面に正座してゆっくりと話しかけた。


「時雨さん、みちるさんが可愛いのは分かりますが、やりすぎです」


滅茶苦茶に甘やかされるのは初めは悪くないにしても、ずっととなるとある種の拷問だ。

全ての欲望をすかさず叶えられてしまうと、人生の意味を問いたくもなるだろう。


「時雨さんが何もかも面倒を見なくても、みちるさんは自分のことは自分でやります。まぁ各方面に迷惑をかけまくりですが、それはそれです」

「でも私負担じゃないですよ?なんでもやってあげられます」

「そういうことじゃないんですよ。尽くすことで依存するのはやめてください」

「・・・」


時雨さんはガックリとうなだれて再び動かなくなった。

僕はみちるさんの方へ顔を向ける。


「みちるさんも大変なのは分かるんですが、逃げずになんとかしてあげてくださいよ。ずっと年上でしょうに」

「う・・・」

「仲直りはできそうですか?」

「・・・」


無理なら楓さんに来てもらい引き取ってもらうということも検討しなければならない。

しばしの沈黙をおいて、


「・・・本当は他人に深入りしたくないんだけど」


みちるさんは絞り出すような声で続けた。


「なんかこんな様子見せられたら放ってはおけないかな・・・。時雨とはよく買い物も行ったし、一緒に話をするのは楽しい。元気がないのは嫌かな・・・」


時雨さんのほうに歩み寄る。


「しょうがないな、なんとかしていこうか」


そういうと時雨さんの頭をクシャクシャと撫でた。

時雨さんは顔を上げるとポロポロと涙を流し始める。


「え、ちょっと、泣かなくても・・・」


みちるさんに抱きつき顔をうずめ声を上げて泣いた。


「あーよしよし。もうなにこれ?しょうがないなぁ」


みちるさんは母親のように優しく微笑んだ。

こんな表情もあったのかと驚かされる。


どうにか丸く収まったらしい。

本当に面倒な人たちである。


役目を終えた僕は帰路に就くことにした。


◇◇◇


これは余談。


帰宅すると楓さんが家の前で不機嫌そうに待っていた。


ゴスロリではなくシャツにパンツという普通のオフィスカジュアルといった格好だったので一瞬誰か分かりかねたのであるが、手遊びの代わりにテレキネシスで小石をくるくると回す芸当ができるのは彼女以外にいないだろう。


事態が既に解決済みであることを伝えると、楓さんはどっと疲れた様子で肩を落とし、トボトボと帰っていこうとした。


流石に気の毒に思った僕はなにか手伝えることは無いかと尋ねると、


「飲みに付き合ってほしい」


かくして僕と楓さんは近所の居酒屋に足を運んだわけだが・・・


「で、姫様・・・今は『みちるさん』でしたっけ?と、あなたはどういう関係なんですか!?」

「どうと言われましても、居候と家主でした。それだけですけど」

「そぉれだけのわぁけがないでしょーがぁぁぁ!!」


・・・この人は飲むと面倒なタイプのようだ。


「春先の消失も貴方のせいですよね?座標の消え方普通のじゃなかったですもん!名前変えたのも関係してます!?全部話してもらうまで帰さないですからね!」


今日一日の面倒事のラスボスがこんなところで待ち受けていると思わなかった。

疲れからか酔いの回りが早くふらふらと視界が揺れる。


確かにみちるさんには色々と振り回された。

向こうが話せと言っているのだから、こちらの愚痴ぐらいは聞いてもらって良いだろう。


今夜は長い夜になりそうだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る