底辺召喚士と黒髪の少年
くろすく
第1話 つまらない世界よりおもしろそうな異世界
荒廃した世界。視界に映るのは枯れた草木とぼろぼろの家や城などの人工物、そして水平線まで見えるほどの砂漠だけ。
鼻に入ってくるのは、木々が焼け焦げた臭いと乾いた砂の匂い。
そして、人が発する鉄が混じったような、むせ返るほどの血の匂い。
「つまんねえなあ」
静寂が支配しているその空間で少年の声はやけに大きく響いた。
少年はうず高く積まれた物言わぬ死体の上に腰をかけ、膝に頬杖をついてその顔になんの感情も浮かべることもなくただ景色を見ていた。
この世界には何もない。視界に映る限りは生物もいない。それはそうだ。視界に入ってしまえば目の前に現れた少年に殺されてしまうから。
少年は、人を殺し、建物を破壊し、国を滅ぼした。
世界をまわって破壊の限りを尽くした。初めの方は少年のことを諌めようとする人もいたが、全て殺された。いつしか少年のことを殺そうとする人が増え、そして減っていた。段々と人が少年の方を避け出し、少年は一人になった。
「世界征服なんて思いつきでするもんじゃねえなあ。だーれもいなくなっちまった」
勇者、魔王、剣豪、武闘家、賢者、魔道士……などなど、少年が殺し尽くした人を数えるときりがない。一般人には手を上げていないということもなく、男だけでなく女子供、老人も分け隔てなく物言わぬ死体に変えていった。変えていった結果が、少年以外の人間がほとんど存在しないこの世界だ。
「一般人くらい残しとけばまだなんかおもしろいことがあったんかね?」
腰に差さった刀を一撫でして、答えが返ってくるわけでもないのに話しかける。
かつて、自分に向かって助けてくれるならなんでもすると命乞いをしてきた数え切れないほどの人々。
気まぐれにあの中の何割かでも生かしておけばこんな世界にはならなかったのだろうか。
「最初は良かったなあ。山賊やらに襲われるちゃっちい事件から国家反逆罪に至るまでの大事件もあったし、最強とか言われてた魔物もいたし。勇者とか魔王とかもいたから戦う相手に困んなかったしなあ」
かつての戦いばかりで血に濡れた記憶を呼び起こす少年。もっとも、勇者の剣技も魔王の魔法も、最強の魔物とやらも何もかもを打ち破っているからこその状況なのだが。
「多分全員殺したと思うんだけど、撃ち漏らしもいるんだろうなあ。俺だって人間だし。でももう飽きたしなあ」
人を殺すことに快感を覚えていたわけでも、戦うことが少年にとっての生きがいだった、というわけでもない。自分が強すぎるから負けるために戦っていたというわけでもなく、親を殺されたから復讐するためという免罪符も存在しない。
ただ、興味があったから。
それだけの理由で世界を一つ潰したのだ。
そしてそれを果たした少年の今はもはや何も残っていない。次がないほどに全てを壊し尽くしてしまったから。
「少しは我慢しないとつまんない世界になるんだなあ。なるほどなるほど。学んだは良いけど、もう実践する機会なんて無いんだろうなあ。神様でもいたら俺をこんな小さな庭に閉じ込めておかないで欲しいもんだけど」
無理だよなあとため息をついて、腰に差してある刀とは別に背中に背負っている何の飾りもない真っ黒な直剣を抜き、ぐしゃりと死体を踏みつけて立ち上がり死体の山から飛び降りる。
少年は死体の山を見上げて自分が殺した人の数はどのくらいだったかと一瞬考え、考えたところで答えが出るわけでもないと剣を一払いする。
その一薙ぎだけで少年の下に積まれていた山のような死体が消え去った。
異常な速さで剣を振ったわけでもなく、自然体で振られた剣が起こした惨状に、もしも誰かが見ていたならば口をあんぐりと開けて呆然としたに違いない。
そんな状況を作り出しておきながら、少年はなんでもないことのように剣をしまって懐から飴を取り出して口に含んだ。
と、そこで急に少年の前に紫色の魔法陣が現れた。
急に現れたそれに驚いた少年。魔法陣の範囲から逃れようとするも、少年が動いた位置に合わせて移動してくるため振り切れないと判断し、咄嗟に魔法陣の反転を行おうとするも、また驚く。
「うわっ、なんだこれ。えーっと……召喚ってこと以外何にも読み取れねえな。やっべ、わかんね」
そう言いつつ少年の顔には降って湧いた自分の予想がつかない出来事に笑顔が浮かんでいた。
自分が逃れることのできない魔法陣に、その中身を見ることができない魔法の構成。どうやったらそんなことができるのか、一体どんな人物がこんなことをしているのか。
徐々に輝きを増していく魔法陣に少年は好奇心に満ちた顔で世界に別れを告げた。
「こんな世界から連れ出してくれるなら、神でも悪魔でも誰でもいいさ」
♢ ♢
「おい、また『落ちこぼれ』が召喚やるってよ!」
「また? もう諦めたらいいのに」
「ほんとだよな、なんでまだ学院にいるんだ?」
「さあ? そんなことより次の授業のテスト勉強した? 私全然覚えらんなくって」
ざわざわと周りから聞こえてくる声に、少女はぐっと涙を堪えていつものことだからと自分に言い聞かせた。
どうして私だけ、と思わなくはない。みんなはピクシーは当然召喚できるし、すごい人は精霊だって召喚しているらしいけど、私が召喚できたのはカエルやリスといった小動物ばかり。しかも何にも役に立たないし、喚び出した途端にどこかへ行ってしまい私の言うことも聞いてくれない。
「みんな静かに。…それでは、始めなさい」
先生がそう言ったことで一応静かになったけれど、私にはその静けさが気持ち悪い。みんな表立っては言わないだけでずっとひそひそと話しているから。
先生だって、どうせまた成功しないだろうといった気持ちが顔に思いっきり出ている。
私はきちんと授業で教えてもらった通りに魔方陣を描いているし、呪文だって間違えないように何回も何回も練習したから諳んじることなんて簡単だ。
教科書だって参考書だって穴が開くほど読んだし暗記もしたし書き写しもした。
でも、失敗する。
攻撃魔法は使えないけど、補助系の魔法はきちんと発動したし、呼び出すことのできるものは小さいけど召喚魔法だって使うことができるから魔力がないわけじゃないはずなのに。
どうしてだろうと一人で涙を流した夜は何日もあった。その度に次こそは成功させる。次こそはって思っているけど、心の隅では次もどうせって思ってる。
だからもうどうなってもいいやって思いながら、授業に従わないことにした。具体的には、呪文を変えてみることにした。呪文が変わったら発動するはずがないし、どうせ発動してもしなくても笑われるんだもん。
授業では『呼びかけに応えよ』と教わっていたけど、それじゃあ私には意味がなかった。
呪文を変えて魔法を発動させるのはすごく難しいけど、イメージがしっかりしていればできないことはない…らしい。
未熟な私にできるとは思えないけど、ゼロに近いほど小さな可能性でも縋りたい。
「お願い、誰か助けて」
言葉に魔力を込めて小さく呟く。
するといきなり魔方陣が紫色に輝きだした。
魔法陣は紫色の光で点滅を繰り返し、その点滅の感覚は少しずつ早く、そして光は少しずつ大きくなっていく。
その輝きがいつもの私の召喚魔法の輝きとは比べ物にならないくらい大きかったので、周りは騒然とした。
「おいおい、まだ詠唱してないよな?」
「ていうか何この光の強さ?」
「やばくない?」
ここまできて周りの生徒たちもいつもと違う事態の大きさに気づいたのか、先生も焦って声を張る。
「魔方陣に魔力を注ぐのをやめなさい!」
「え、ち、ちが。わたし、魔力なんてまだ注いでな…っ!」
そこまで言ったところで、目の前が真っ白になる程に魔方陣が輝いて、あまりの眩しさに私は目を瞑った。
しばらくして光が収まると、色のなくなった魔方陣の上に人のシルエットが見えた。
というか、男の人だ。私の目がおかしくなかったら、だけど。
私より結構背が高くて、髪と目が黒くて、肌の色は白い。背中と腰に剣を一本ずつ差している。
その人は周りをくるりと見渡して、口に少し手を当てて、そして私の方を見て口を開いた。
「ssfvbsfhgs,sdkfuihgrwbvw?」
その人の話す言葉は私には分からなかったけど、殺気や敵意を感じなかったし悪い人ではないように思えた。
「えっと、ごめんなさい。私あなたの話している言葉がわからないの」
私の言葉を聞くとその人は少し驚いて、頭を掻いた。
その時に何かを言っていたような気がするけど、何を言っているのか私にはわからなかった。
その後にその人が口を開こうとする。
「クロア・リリンス! 今のはなんだ! きちんとわかるように説明しなさい!」
その人の言葉を遮って先生が私に向かって怒鳴った。私はその声にびっくりしてビクッと身を固めた。学院に入ってから何度も聞いた怒鳴り声。
するとその人は開きかけていた口を閉じて、おもむろに背中に背負っている剣を抜いた。
え、剣を抜いた?
そう思った時にはもう遅かった。瞬きをした一瞬。目を離したのはそんな僅かな時間だった。その一瞬で彼は私の前からいなくなっていて、私から十メルはある先生の首元に剣を添えていた。
底辺召喚士と黒髪の少年 くろすく @kurosuku
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