分かって貰いたい。いや誰にだよ。
『分かって貰いたい。いや誰にだよ。』
同世代と比べて諸々の経験で頭一つ出ている自負はあれど、この人数を同時に相手取ったのは無論初めての事だった。だから、と言い訳する心算は全くない。が、一頻りすんだ後誰よりも息を切らしているのも無理はないのだと分かって貰いたい。いや誰にだよ。
―――
「いいんちょ大丈夫…?やっぱり途中まで送ってこうか?」
拙宅の狭苦しいバスルームで四人ひしめき合って汗を流した後、帰り支度を整えいざ玄関を出んとした処で振り返った少女が心配そうな視線を向けている。
「いいのよ、気にしないで…そっちの腰砕けと揃って肩を借りるのは流石に貴女でも辛いでしょう?」
自身を慮る少女に苦笑を返したと思えば彼に冷淡な視線を送る。いつもながら忙しく切り替わるお嬢の顔面に常の気配を感じ取った私は少しばかりの安心を得ていた。
「…面目ない」
彼はと言えば憔悴しきった様子で項垂れていた。これも元を質せば人数の無理に原因が有ると言えるだろう。眼前の麗しい光景に思いがけず気が昂ってしまい、一人一人の体力の消耗までを気遣う余裕が持てなかった私の不覚であった。
―――
『無理…もっ、出ないからぁっ!』
―――
発せられた言葉とは裏腹に達してしまった彼の感触を右手は未だ鮮明に覚えていた。
「どうせ帰りはこの人が送り届ける心算でいるだろうから…そうでしょう?」
「へーへー仰せの通りに…」
暫し回想に浸っていた所へ図星を突かれ不意の口を突いたのは悪態だった。悔し紛れに不承不承の態度をとる辺り私もまだ青いなと自省する。お嬢の言い付け通りに等身大の胸を開くには時間を要するだろう。それでも、その時が遠くない内にも訪れるだろう事を決して忌避していない自分には気付けていた。
―――
「…済んでしまえば、呆気ない物ね」
ソファーの隣に腰掛け、私の差し出した紅茶の入ったマグカップを抱える様に持ったお嬢が独り言る様に呟いた。
「何もかも劇的に、って訳にはいくまいよ…『役者不足』と罵りたいなら好きにしな」
「またそうやって…偽悪的に振る舞う癖はどうすれば治してくれるのかしら?」
態とらしく溜め息を一つ漏らしたお嬢の頭が肩口に寄り掛かってくる。そろりと絡められた腕も相まって傍目には恋人同士の甘い痴話喧嘩にしか見えぬ事だろう。
「あの子の事も最初は散々に虐めてくれたそうね、『お兄ぃはあの言い種さえ無ければカワイイのに』って愚痴っていたわよ?」
「いい加減呼び方を統一してくれんかなアイツは…」
痛い腹を突かれ、苦し紛れに重箱の隅をつつき返す。沈黙だけを返してくるお嬢に観念して口を開いた。
「…俺だって、コレが最善とは思ってなかったさ」
一緒に地獄に落ちてくれ 小島秋人 @KADMON
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