軽薄な男
『軽薄な男』
あぁ、妥当な評価だろうと思った。人目を憚る程の重みも深みも、私の胸中には無いのだと自認していた。
いつだって相手に合わせて生きてきた。語らう話題も、好悪の感情も、ベッドでの上下すら。いつだって『誰かに都合の良い私』で居れば、傍らが空白に寒々しくなる事はないのだと経験が語っていた。
それを思えば、こうして彼らの関係に物言いをする私は全く『私らしさ』を失っている。
彼らが互いに胸襟を開いて築き上げた絆に、そうと知らず羨望を抱いていたのかも。其れが喪われんとする恐怖に、思いがけぬ献身を為してしまったのかも。
彼らに抱くこの未曾有の熱量は、ここ数日私の心を粟立たせて静まる気配が無い。それでも尚自身がそんな有り様であると知られぬ様に、この決して悪い物ではないだろう感情をひた隠しながら迎えた今日だったのだ。
―――
「…そんな処を勘案して貰えねぇもんかな」
すっかり立場が逆転した様にベッドに横たわる私の周りを彼らが取り囲んでいる。左右を彼女と彼が固める様に寄り添い、お嬢はぴたりと重ねる様に私にのし掛かって…軽いな、ちゃんと食ってんのか文学少女「大きな御世話よ」
「貴方の想いを勘案したからこその今、だとは思わないのかしら」
「…人の都合に合わせて生きてきた人間は"自分に都合の良い展開"には弱いってこったろうな」
「あ、嬉しいは嬉しいんだね?」
「…ほれみろ、普段の俺だったならこんな風に口滑らすか?」
「まぁ『そんな風にぶっちゃけちゃうアンタは珍しいな』とは思うけど」
傍らの男女は二人とも『人にされて嬉しかった事はそのまま返す』タイプなのだろう、耳許で囁くように発せられる声がなんともこそばい。
「…重ねて言うなら詰られて興奮する類の人とは思っていなかったわ」
お嬢の言葉通り、耳から脳に上って行ったぞわつきに呼応するように主張を始めた一部がお嬢の下腹部を圧迫している。
「…お前さんがたは忘れてるようだが、此でも同じ歳の健全な男子なんでな」
居直る様に吐いた言葉は自分でも驚くほど流暢に発せられた。取り囲まれた直後は跳ね上がる程の動悸に難儀したが、今はある程度平静を取り戻せたらしい。薄暗がりの室内でそうと分かる程赤面したお嬢の様子に心の優位を得た事も大きいだろう。
「…あの、くれぐれもお願いしたいのだけれど」
売り言葉に買い言葉を返してこず、正しく乞い縋る様なお嬢の顔に羞恥以外の感情が混ざっている事に気付く。
「おう、此処まで来たらもう何でも言ってくれ」
観念した様に枕に後頭部を埋めながら、左手に相手の細腰を抱き右手に長い黒髪を梳き梳かす事も忘れない。
「…やさしく、してください」
「は?かっわ………」
「「「かっわ?」」」
だめだ、今日はもう勝てないかも知れん。
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