第一壊「遺された者達」
愛する兄はある日突然姿を消した。
これから、ここから兄の人生は本当の意味で始まるはずだったのに。
お別れを伝える暇さえなくまるで最初から世界にいなかったかのように消息を絶った。
私達三人は彼を探し続けた。
どこかできっと生きていると信じ希望を捨てなかった。
捜索を開始して二年が経ったが未だにロインは見つからない。
「人攫いに攫われたんだろう」
捜索に関わった人は皆口を揃えてこう言った。
森の中や湖の付近で獣に襲われた形跡もなく遠くの街まで一人で歩けるような力もないし動機があろうはずもない。
人攫いに攫われた人間ははるばる別の国まで連れて行かれ奴隷として働かされる。
人攫いががすでにこの国を出て行ってしまったのなら攫われた人を見つけ出すのは不可能に近い。
シスターは最初の方こそ泣いていたものの最近ではよく笑うようになった。
その笑顔も僕らに心配をかけまいとするための作り物であることはすぐに分かった。
ルーナは僕達と一緒にいる時はずっと平気なふりをしているが今でも夜になると彼女の部屋からは度々泣く声が聞こえる。
愛する兄が突然消えたのだ。
まだ十二歳の子供が容易に脳裏から切り離せる体験ではないだろう。
僕はというとロインが最後に行ったであろう湖へ毎日行っては何をするでもなくただぼーっとして時間を潰していた。
シスター達の手伝いをするでもなく街へ出てお金を稼ぐわけでもなくひたすらに時間を無駄にするだけ、そしていつも気付けば一日が終わっている。
シスターもルーナも決して諦めなかった。
来る日も来る日も兄を捜す。
だが最早皆心の奥底では気が付いてしまっていた。
このまま捜し続けようがロインと会えることはもう二度と無いと。
二人共ロインのことは忘れずともそれぞれ希望を持ち今日を生きようと必死に頑張っている。
僕だけが日々を生きる希望を見つけるでもなくロインが消えたあの日のままくすぶり堕落している。
そんな日々が続き三年が経った頃、世界は魔王により大混乱に陥っていた。
直接魔王との戦いに参加していないこの国でさえも魔王の対策に追われていた。
その影響もありロインの捜索は打ち切られてしまい賑わっていた街も随分と寂しい様子になっていた。
三年前のロインが消えた年。
時を同じくしてどこからか突然現れた魔王。
凶悪な魔物の軍勢を率いてまたたく間に大国アイガスを陥落。
かつて王城だった場所を魔王城へと仕立て上げた。
そこからは破竹の勢いで数々の国家を侵略しておりすでに四つの国が魔王の支配下に堕ちていた。
アイガスより最も遠いこの国ではまだ大した被害は出ていないもののこのまま侵略が続けばこの国が魔王のものとなるのも時間の問題だろう。
「魔王……か」
「僕に魔王ぐらい力があればロインを簡単に見つけられるはずなのに」
「いや、それどころかロインを失うことさえなかったのかな」
そんな叶うはずもないことを考えながら今日もまた湖に足を運んだ僕。
そこにはいつもと同じ平和な景色の湖―――を優雅に泳ぐ一人の少女の姿があった。
太陽が反射して眩しさを放つ金色の髪に女神様のものかと思える程に整った顔、極めつけは湖よりも深く美しい青色の瞳。
女神様のように完璧とも言えるその容姿を持つ一糸まとわぬ少女を前に僕は思わず立ち尽くしてしまった。
「……え?」
数十秒の後に彼女は自分を見つめる僕の視線に気付いたようだ。
「……」
「…男の人?」
「…………」
「―――っ!」
彼女は声にならない悲鳴を上げた後、静かに水中に沈んでいった。
「……ぶ……か」
「…丈夫……か」
「大丈夫か!?」
自分を心配してるであろう言葉を聞き意識が起き上がる。
「あな…たは…?」
まだ起ききってない意識を振り絞り質問する。
「僕はこの近くの孤児院に住んでいるジルだ」
「思い出せるかい? 君は僕のことを見た瞬間急に気絶して失神して溺れたんだ」
「あと一歩遅ければ取り返しがつかなくなるところだったよ」
「君が無事で本当によかった」
「そうだったのですね。助けて頂きありがとうございました」
「いやいや…元はといえば僕が声もかけずにあそこに立っていたことが原因だし」
「そういえばあなたはどうしてこの湖に? ここは人がめったに寄り付かない秘境のはずなのに」
「あはは…深い訳があってね。君の方こそこの辺じゃ見ない顔だけどどうしてこんな湖で泳いでいたの?」
「ちょっとした冒険心です。最近この近くの街に引っ越してきたものの肩の力が抜けない生活を続けていまして…」
「いい息抜きはないかと考えていたところ、執事にこの湖を勧められまして。親の目を盗んではるばるやってきたという訳です」
「なるほど。執事がいるってことはもしかしてお嬢様だったりするの?」
「え、ええまあそんなところです…よ?」
あまり触れられたくない所だったようだ。
別にお嬢様だと知ってもどうにかするつもりはないのだが。
(一応話題を変えておくか。知られたくないことの一つや二つ、当然誰にでもあるさ)
「そういえば君はなんて名前なの? まだ聞いてなかったよね」
「そうですね。申し遅れました。私の名前はソラ。ソラ・ルビンと申します」
「ソラ? 女神様の一柱と同じ名前なんだ。いい名前だね!」
「ありがとうございます。神聖なる女神様と私如きが同じ名前というのは少しおこがましい気もしますが……」
おこがましいなんてことはないだろう。この子はそれこそ女神様のような美しさを持ち、しゃべり方や佇まいからわかる程に気品を放っている。
「おこがましくなんかないよ。君は確かに女神様みたいだ。少なくとも僕は君をひと目見た時そう思ったんだ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるのは嬉しいですが本当に私なんかはそんな大層な存在じゃないんですよ……」
彼女はそう言いうつむいてしまった。
何か事情があるのだろうか。
少し気になるがつつこうという気持ちにはならない。
そこから他愛もない話をして笑いあい数時間、気付けば日が沈み始めていた。
不思議なものだった。彼女と話していると時間を忘れてしまうほど楽しい気持ちになっていた。
「では私はそろそろ帰りますね。早く戻らないと怪しまれてしまいますし」
「うん、気をつけて帰るんだよ。この辺りは暗くなったら野犬や人攫いなんかも出るし。何だったら僕が送っていこうか?」
「いいえ。お気持ちは嬉しいですが大丈夫ですよ。途中で執事が迎えに来てもくれますしご心配なさらないでください」
「わかった。今日は久しぶりに人と話せて楽しかったよ。縁があればまたどこかで会おう。
またね! ソラ!」
「こちらこそいい息抜きになりました。またきっとお会いしましょう。ごきげんようジル」
別れを済ませ家へと帰るジル。
彼はいつの間にか少し気持ちが楽になっていることに気がついた。
思えば家族以外と話をして笑う、そんな何の変哲もない幸せなことをしたのはいつぶりだろう。
きっとロインがいなくなってから初めてだったと思う。
(そうか。ロインがいなくなったって僕の人生が終わるわけじゃない……僕の手には守るべきものがまだ二つも残っている。今の僕を見られたらロインにきっと笑われてしまう)
ジルはこの日決意した。
遺された家族二人だけは絶対に失わないと。
彼女らを守り抜けるだけの力を持つと。
ロインに誇れる程に最期を笑って迎えられる最高の人生を送ると。
孤児院でジルの帰りを待っていた二人の家族は昨日までとは違う、彼の活きている顔を見て心から喜んだ。
この日出会った少女とジルは数年後再会することになる。
お互いが全く思いもよらなかった形で。
この日を堺にジルは生活を一変させる。
シスターやルーナの家事を手伝い、街へ出稼ぎにも行くようになった。
それまでの彼とは全く違う、守るべきものがある男の顔となって。
そして時は流れ――二年後。
ジルとルーナが一五歳となる誕生日。
この日は人類にとって実に大きな意味を持つ日となる。
人類が待ち望んでいた英雄が誕生した日。
ジルは勇者に選ばれたのだ。
この瞬間人類は魔王へと反撃する手段を手に入れたのだ。
ジル、ルーナ、そしてロイン。
三人の人生が英雄譚が破滅が始まった。
天使になった兄、勇者になった僕 モサジャンボ @jumboscience
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