天使になった兄、勇者になった僕

モサジャンボ

プロローグ

天上の世界、またの名を天国。


神や天使が住まい、あらゆる争いは起こらず平和そのもの。


正に人にとって理想郷だ。


この世に生きる人間なら誰もが一度は想像を膨らませ、叶うことなら召されたいと願うことだろう。


ではそんな夢のような世界は本当に存在するのだろうか?




答えはNOだ。


ここまでで話した天国は人間の妄想に過ぎない。




だが天国自体は実在する。




人間の理想とは違った形で。










世界有数の大国、リール王国。


ここは国の辺境の森にある小さな教会に併設された孤児院だ。


裕福ではないもののシスター一人と三人の孤児が家族同然のように幸せな暮らしを送っていた。


この日、孤児院では一人の少年の誕生日を祝う準備が進められていた。




「シスター! 飾り付け終わったよ!」




「ありがとうルーナ。こっちもちょうどケーキが完成したところよ。」




「食堂の掃除も終わったぜ!」




「ジルもお疲れ様。後は今日の主役を待つだけね」




「あれ? そういえばロインはどこに行ったの?」




「ロインなら湖よ。準備が終わるまで遊んできてもらってるのよ。本人にバレたらサプライズじゃなくなっちゃうでしょ?」




(勘がいいあの子のことだからもう気付いてそうだけどね...)




「ねえねえ、ロインは今日祝福を受けるんだよね? いい職になるといいな」




「ええ、きっとなるわよ。女神様の加護を受けられたって不思議じゃないわ」




「真面目で賢くて、いつだって家族のことを一番に考えてあげられるとっても優しい子だもの」




「そうだよね!楽しみだなー!ロインが皆に認められるの!」




「そうね。ロインが帰ってきたらいっぱいお祝いしてあげなくちゃね!」




「うん!」




そんなことをしゃべりつつ面々は家族を祝う準備を進める。






その頃、湖では―――






「そろそろ暗くなってきたし帰るかな。皆待ってるだろうし」




俺は今日十歳の誕生日を迎える。


この国では十歳を迎えた子供は家族から盛大に祝ってもらう風習がある。




「今頃家ではパーティの準備がされているんだろうな」




「それに今日は待ちに待った儀式の日だ」




十歳の誕生日には祝ってもらえるだけではなく同時に教会で女神からの祝福を受ける権利がもらえる。


この少年、ロイン・エンゼもまた祝福を待ち望む一人であった。




祝福を受けた子供は魔術への適性、自らの魔術の才能を知ることができる。


それだけではなく自分にとって適正のある職業や将来進むべき道まで女神から授かることができる。


更にここで女神の加護を受けることができたならば人々からは英雄扱いをされる。


過去の勇者や大賢者、果てはとある国の王も加護を受けた人間である。




「俺が女神様の加護を授かれるとは思っちゃいない......けど少しでもいい職に就いたなら皆に楽をさせてやれる」




そんなことを考えながら歩いていると孤児院の明かりが見えてきた。




外からでも分かる食べ物のいい匂い。


思わず駆け出そうとした、その瞬間






突然眩しさを感じた。


目が慣れ始めた時に認識できたのは白色。


目の前には真っ白な世界が広がっていた。


そこには暗い森の中のぽつんと光る明かりはなく、目を開けられない程に全てが明るい世界だった。




何が起きているのかわからずロインの思考は止まった。




「驚いているようですね」




声をかけられ止まっていた頭が再び動き出す。




「何が起こっているんだ!?」




声の主に問うでもなく独り言のように混乱したロインは叫ぶ。


だが声の主は優しい声音でそれに答えた。




「あなたは選ばれたのです」




「選ばれた......?」




「まずここはどこなんだ!?そんであんたは誰なんだよ!」




返ってきた答えを聞いたロインは再び思考を止めさせられることとなる。




「ここは神界、あなた方人間が天国と呼ぶもの。そして私は神――女神シアルズ。」




信じられるはずがなかった。


それでも信じてしまった。


この声には突拍子もない言葉を信じさせるだけの重厚感、圧があった。




「あなたが女神様......? あなたの言葉が本当だとしたら俺をここに連れてきたのもあなたなんですか?




「ええ、あなたは新たな天使の一柱として選ばれたのです」




「は?」




意味がわからなかった。


俺が天使に選ばれた?


何の冗談だ?




「言ってる意味が―――」




そう言いかけたがこの自称女神様は淡々と続きをしゃべりだした。




「あなたには天界の住人となるための資格があるのです」




「あなたにはこれからここ神界で過ごしてもらいます」




「二十歳を迎えるまでは天使見習いとして働いてもらい二十歳を迎えた時、正式な天使となってもらうための儀式をします」




「この儀式の後、あなたが人だった頃の記憶は消えさり新たな上位の存在として生まれ変わるでしょう」




「これからあなたが人に触れ合う機会はありません。その存在が消えることもなく私に一生仕えてもらいます」




「死ぬことから解放され天使になれるのです。人にとってこれ以上ないほどに幸せでしょう」




「明日からは私の側仕えとして働いてもらいます。今日はよく休むように」




そう言い残すと女神の声は聞こえなくなった。


代わりに目の前に突然寝床が現れた。


だが俺の意識はそれどころではなかった。




「家族に会えない......?いやそれどころか人に触れ合うことやあの家に戻ることさえ叶わないというのか?」




俺は現実を受け入れられなかった。


それでもこの夢のような景色も心臓の鼓動も全てが現実であることを感じさせた。


気付けば俺は意識を失っていた。




理解が追いつかずとも十歳になったその日、世界から俺は消えたのだ。












――――――世界からロインが消え五年後。








ロインが十歳になったその年。


人界に魔王を自称する存在が突如顕現。


強力な魔物で構成された軍勢を従え各国を侵略していた。


五年の歳月をかけ魔王は勢力を拡大、すでに半分以上の国が魔王の支配下に堕ちており全国家が魔王にのものとなるのも時間の問題であった。




人々は絶望の最中にいたがとある国で十歳になったばかりの二人の兄妹が祝福を受けたその日、人類が待ち望んでいた存在がついに現れた。




彼の名はジル・エンゼ




女神の加護を受け取り、勇者となった者である。














二十歳になると同時に天使になる少年ロイン・エンゼ




勇者に選ばれた少年ジル・エンゼ




たった一人残った兄を慕う少女ルーナ・エンゼ








世界が終わりへと向かう時、彼らの物語は動き出す


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