世界が変わった日
@miriamiria
第1話 世界が変わった日
2020年、世界に広がった疫病は景色を一変させた。これまで可能だった事ができなくなり、人類は恐れから外出を控えながら、社会の在り方を変えていった。
人類は孤独の道を歩む事は無かった。通信機器及び技術の発達により、インフラ面での対応はでき、人と人のつながりを失う事は無かった。それは人類の技術的な発展があったからではあったが、人類が全ての面で進化した訳ではなかった。人類はこの時、様々な事を試されていたのかもしれなかった。
2021年、新型疫病の拡大に対応するべく、世界で数種類のワクチンが開発された。それは人類が以前のような生活を取り戻そうと言う思いが結実したものであった。
ワクチンの開発は通常であれば、数年単位の時間を必要するものではあるが、スーパーコンピューターの技術を駆使したシミュレーション型薬品開発によって、短期間での開発には成功した。だが、接種までには治験が必要であり、通常であればこれも年単位の時間を必要としていた。
人類は窮地を脱するため、治験の時間を一気に短縮した。これは実際に接種しながら治験を行うと言うものであり、本来であれば批判の対象になる事ではあったが、起こった批判は極めて小さいものだった。
短期間の治験を経た後、2021年からワクチンの接種は始まった。そして、実際に接種を行いながら集まってくる情報を利用して、治験と同じ検証を行った。
集められたデータからは、今まで使用していたワクチンと同程度の副作用は認められたが、ワクチン接種を停止するまでの危険性を見出す事はできなかった。そして、先行接種をしていたいくつかの国では、感染拡大が止まり、以前と同じレベルの生活が回復できた。
これを見て、世界の各国はワクチン接種による防疫体制を構築する方針を選択した。
この時、人類は大きなミスをした訳ではなかった。もちろん、後になればその多大な影響から、大失敗と断じる人々が少なくは無かったが、それは結果論でしかなかった。
このとき人類に影響を与える危険性は、「新タイプのワクチンの長期的リスクは不明」という一語だけで語られるものであり、後の凄惨な世界を思い描く事ができる者はいなかった。
2022年、世界の国でワクチン接種が順調に行われる中、先行した国の中で、再び感染が広がる兆候が見られた。ウイルスが常時変化していく中で、ある一定の変化が起こった場合、以前のワクチンで得られた免疫では対応できなかった。
人々はこの事態に慌てる事は無かった。
これらの事態を予測していたワクチンメーカーはすでに数種類の対応ワクチンを準備しており、すぐさま対応すると2022年版ワクチンを販売した。これは第2期ワクチンと呼ばれた。
この年、1つの議論が巻き起こった。
それはワクチン接種を強制する法律を制定するかどうかだった。
法律を成立させて、強制的な集団接種を勧める人々は、これまでのワクチンの効用を訴えた。
法律の成立に反対して、ワクチン接種は自由意志で行うべきであると主張した人々が訴えたのは次の点であった。
1つ、長期的なリスクは不明である。
1つ、ウイルスの増殖を防ぐ薬品がいくつかあり、それらを投与すれば、感染しても治療が可能であり、死者も少ない。
この2つは、科学的に認められる事実ではあるが、ワクチンを接種せずに感染すれば周囲に迷惑をかけるのだからという理由で、これらは多くの人々から、無視はされなかったが、嘲笑の対象になった。
2023年、世界の各地で第3期ワクチンの接種が行われた。いくつかの国は強制集団接種を行い、清浄国宣言をすると同時に、義務化していない国に対して汚染国と罵倒した。
接種の義務化していない汚染国では、非接種者への非難の声を大きくした。とある国では、再度、ワクチン接種の義務化の法案が提出されるぐらい世論が盛り上がったが、その法案は否決された。
この否決には、後に判明した事ではあるが、ワクチンメーカーの裏工作があった。義務化して集団接種になると、ワクチンの料金が低価格に抑えられる可能性があったため、通常の治療行為としての価格を維持する目的で義務化に反対したいのである。
莫大な資金力を背景に政治家を動かしたという事実は、本来犯罪として裁かれる事ではあるが、これが世界を救ったと後世語られる事になるとは、誰も予測できなかった。
2024年、第4期ワクチンの接種と同時に、非接種者に対する物理的な差別が始まった。職場から非接触者の排除が容認され始めた。また、感染リスクが高い大都市部からの追い出しが始まった。
すでにワクチン接種が始まってから3年以上経過しているため、長期的リスクは無いと考えるのが当然であり、接種しない人間の思考が分からないという風潮ができあがった。清浄国になれないのは汚れた人間がいるからだと言う声を大きくしても、社会全体はそれを差別として裁く事を望まなかった。
いくつかの国では、非接種村なる地域が作られて、非接種者と接種者の間に明確な溝ができあがった。完全ではないが、住み分けが始まった。
ワクチン接種者は、「これは差別ではなく、防疫のための区別であり、ワクチンを接種すればいつでもこちらに来れるのだから」という論法で、この差別を加速していった。
2025年、ワクチン大革命。後に、大革命の前にある形容詞が付いた。
第5期ワクチン、通称スーパーワクチンはこの時喝采と共に登場した。
これまでのウイルス研究によって、変化する傾向が予測できるようになり、1回のワクチン接種で複数年に対応した免疫を得られるワクチンが開発された。第5期ワクチンがスーパーワクチンと呼ばれたのは、今回の接種で5~10年間の変化に対応できると言われたからだった。
スーパーワクチンの接種率が全世界で50%を超えた時、国際機関は人類がウイルスに勝利したと宣言した。そして、非接種者の人々は大都市で駆り出されて、非接種村へ追いやられた。追いやられなかった者で、強制的にスーパーワクチンを打たれた人は少なくなかった。
2026年、この年の半ばに全世界の接種率が80%を超えた頃、世界各地で異変が起こり始めた。
それは非接種者への差別が過激化したことではなかった。
接種者達に絶望を与えるできごとが起こり始めた。
出生直後に死亡する新生児が世界で激増したのである。
2027年、世界各地の異常事態が起こっていない地域の存在がクローズアップされた。ワクチンを接種する事を拒否し続けた人々が住む「非接種村」では、新生児が出生直後に死亡する事例が激増する事が起こらなかった。普通に生まれていた。
ワクチン接種が関係ある事は誰が考えても明らかだったが、この事態に対する政府の対応は「調査中」の一言だけだった。
この対応はほぼ全ての国の共通した対応であり、いくつかの国では暴動が発生したが、その情報が世界各地を駆け巡る事は無かった。人類に対して起こっている状況に比べて、危機的な状況を伝える報道はほとんどなかった。
この年の年末、とある国である法案が成立した。
「ワクチン非接種者保護法」
これは、差別を受けていた非接触者を守ろうと言う主旨の法案であったが、実態はワクチン接種者を大都市部に隔離するための法案だった。すでに住み分けが完了していたため、大きな人の移動は無かったが、急速に非接種村の設備が整っていった。
2028年、とある国が、新生児の死亡原因の発表を全世界向けて行った。
世界で発生している新生児の死亡の原因は、ワクチン接種によるものだった。それは非接種村での事例が極めて少ない事を考えると、当然の結論ではあったが、その説明を聞いた接種者達は絶望した。
ワクチンによって作られた免疫は消えることなく体内に残っていた。その免疫の蓄積が続く中、2025年の複数年対応ワクチンを接種した事で、体内に過剰な免疫システムができてしまった。そして、この免疫システムは胎児にも伝わった。
この過剰な免疫システムを体内に持ったまま生まれ出た新生児たちは、誕生した瞬間から外気と共に体内に入ってくる異物に対して、過剰免疫反応を起こした。その反応に耐えきったとしても、この先ずっと過剰免疫反応と戦わなければならなかった。そして、生き延びる事は・・・。
世界は変わった。
非接種村は差別地域から保護地域になり、大都市圏は接種者達の楽園から隔離地域へと変わった。
滅びが定められた人の集団は簡単に暴走した。そして、それを止めようとする力はなくなっていた。
誰かが言っていた。
「正しく恐れなさい。」と
過剰に恐れて、過剰に防疫を行った結果、人類の80%が体内に過剰な免疫システムを構築してしまった。
世界が変わった日 @miriamiria
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