【挿話】賢者も人です

「「「もし蟲を探し出し駆除する方法があるのであれば、セグリア王国の反乱軍にもその方法を教えてくれ、お願いだ」」」

 八賢者達の勢いは物凄く、ジェイに勢い良く迫ってまるで土下座をする勢いだった。


  ◆   ◆


 それは数年前の話だ。


 八賢者の一人であるクラレスは自分の領地があるスバルタ・カウンティに待機していた。

 スバルタ・カウンティとの境界にある隣のドレマク・カウンティへのサンブルド王国からの侵略が始まったからである。


 広報官からの知らせが入った。

「ドレマク・カウンティが落ちました」


「ドレマクが一瞬とは・・・ 我がカウンティの支援兵たちは一度撤退させろ」


「はい、撤退指令を直ぐに出します」

 広報官は伝令を走らせた。


 クラレスは悔しそうに隣の副監理官のベールズに話しかけた。


「やはり蟲による被害が大きかったからな」


「はい、前日までにほとんどのカウンティの上級兵や代表は全て蟲による攻撃により全滅との話です。

 賢者マドロンガ様も抵抗を続けたようですが、民を人質に取られたようなもので手が出せなかったようです」


「マドロンガは捕まったのか?」


「そのようです、拷問に掛けられているとの情報を入手しています」


 森を見ながら遠い目をするクラレスは少し沈黙すると指示を出した。


「我がスバルタ・カウンティにも蟲は現れ始めているのだ、

 蟲に対する注意を民にも喚起するように広報を出しておけ」


(蟲か、対策は無いのだろうか?

 せめて殲滅する方法だけでも分かればなんとかなるのだが)


 蟲の恐怖、それは体験したものでなければ分からないだろう。

 その凄惨さは、数匹の蟲に多くの兵士や市民が翻弄され疑心暗鬼となり命を失ったことでも分かるだろう。


 もちろん寄生する蟲は多くその世界には居た。

 だがこの蟲は特殊だった。

 「魔法」と「従魔操作」それと「魔道具」をミックスしたインセクト兵器となる特殊な人工的な蟲。


 作り上げたのはサンブルド王国の狂信的な研究者である従魔士グレンズールあざなをグレンという男。

 その蟲はまず寄生すると宿主の脳を乗っ取る、宿主はこの段階で「死」に至る。


 虫は宿主の脳の中の記憶を自由に扱い宿主の体を自由に操ることが出来る。

 それは家族ですら宿主と見分けることは出来ない。

 そして家族や知り合いも蟲に取りつかれてもいても「実際には死に至った宿主」が生きていると錯覚を起こさせた。


 兵器として作られた蟲は結界により守られていた。

 通常の攻撃では宿主への影響はあるが蟲には影響はなく退治は難しかった。

 その上、蟲は結界を張り体中を移動するため、どこにいるかは分からなかった。


 外から見えない蟲を退治するには燃やし尽くすしか無かった。

 だが結界は火炎には強化されていた。

 唯一の方法は結界の限界時間があるため、限界時間まで燃やし尽くすしかなかった。


 それは宿主を完全に灰にすることに等しかった。


 しかしまだ知られてはいないのだが逃げるための魔道具が仕掛けられていた。

 その対策は蟲には20センチ程度ではあるが短距離空間跳躍の能力を発揮する魔道具を着けてあった。

 もし焼いている最中に地面や壁に接することが出来れば蟲は逃げることが出来た。


 その能力は誰も気が付かず、それが故に蟲は易々と窮地を逃げていた。


 結果的に少数の蟲による被害は収まることが無かった。


 そしてスバルタ・カウンティに対しても数日前から蟲による攻撃が始まっていた。


 クラレスに調査させていた隠密管からの伝言が届いた。

「クラレス様、アレヴラスタ村に蟲が現れたようです」


 クラレスは直ぐにジルバという足の速い馬のような魔獣の支度をするように指示した。

「ジルバを出せ直ぐに向かう。ともかく急ぐんだ。時間だ、時間が全てだ」


 ジルバは物凄く速い、アレヴラスタ村に入ると多くの兵が倒れていた。


 兵士の様子を見るクラレス。

「どうした、だいじょうぶか?」


 兵士の状態は重症のようだった。

「蟲に・・蟲にしてやられました・・・クラレス様、気を付けてください。

 蟲に取り憑かれた母親とその母親を守ろうとする強力な魔法を使う三人娘が居ます」


 蟲は利用できるものは全て利用する。

 今回は母親に取り憑いて、娘に兵士に蟲が憑いているとでも吹き込んだのだろうか?

 娘たちも母親に危害を加えようとする兵士に容赦なく攻撃をしてくるようだ。


 逆に兵士は、憑いている蟲は一匹であることは分かっている。

 だから娘には蟲が憑いていないことは直ぐに分かった。


 兵士は罪のない娘には攻撃が出来ないために苦戦しているということだ。


 そして、三人娘の合成魔法が聞こえて来た。

「「「最大魔法クレッシェンド・フレア」」」


 三人娘の合成魔法、姉妹ならではの息の合った攻撃であり強力な攻撃だった。

 大きなフレアの竜巻が燃え上がりその炎に巻き上げられ地面に落とされる兵士。

 結界の防御もフレアに破られ大火傷を負い高所からの落下の衝撃で大けがを負っていた。


 三人娘たちに近づくクラレス。

 娘たちはクラレスを見ると駆け寄り救援を求める。

「兵士たちに蟲が憑いて母と私達を襲ってくるのです」


「そうか、では三人ともこちらに来るんだ」


「「「どうしてですか?」」」


「蟲が傍にいるからだ」


「どうしたんですかクラレス様?まさか・・・クラレス様も?」


「違う、君たちの母親に蟲が憑いているんだ」


「そんなことはありません。やっぱりクラレス様にも・・・」


 クラレスは結界を張って三人娘を閉じ込めた。

「「クラレス様、何をするんですか・・・」


「可愛い娘たちになんてことをしてくれるのかしら?」


 その母親はクラレスを見てにやけていた。


「賢者様から来ていただけるとは光栄ですわ」


「取り憑きたそうだな」


「その通りですわ、でも娘達の前で私に危害を加えられるのかしら?」

 そう言うと母親はクラレスに襲い掛かって来た。


 だがクラレスは何の感情も無く切り捨てた。


「ぐゎっ、なんでそんな残酷になれるの、賢者とはそんなに非道で残酷な者なのですか」


「非道か、そうかもしれない。だがそれは今そうしなければ多くの民が泣くことになるからだ。

 私はもう、迷わない」


 クラレスは結界に母親を閉じ込めた。

 そして長時間燃え上がるように炎系の魔法の呪文を唱え始めた。


「「「お母さんに何をするのですか」」」

 三人の娘たちは力を合わせクラレスの結界を抜け出した。

 防御結界であったため、抜け出すことが出来たのだろう。

 そして娘たちはクラレスに魔法攻撃を始めた。

 その体にあたる娘たちの攻撃は明らかにクラレスにダメージを与えていた。


 攻撃に耐え呪文を完成させるクラレス。


「イレーズ・フレーム!!」

 発動呪文により結界内は炎で満たされた。

 

「「「お母さん!!」」」



「よくもお母さんに。蟲は許さない」

 三人娘の攻撃は激しくなる。


 その魔法は本当にクラレスを消し去ろうとするようだった。


 しかしクラレスはその攻撃を耐えていた。

 クラレスは体中傷まみれになりながら。

 それは自分の罪を償うかのように・・・


 遅れてやって来たベールズを数名の兵士が三人娘を取り押さえた。

「大丈夫ですかクラレス様!!、止めるんだお前たちクラレス様は蟲になど憑かれておらぬ」


 娘たちは泣き叫びながらベールズに訴えるのだった。

「嘘です私たちのお母さんに酷いことをするんです。あんなのクラレス様ではありません」


 母親を閉じ込めた結界内が燃え尽きると結界は消えた。


「「「お母さん」」」


 娘たちは直ぐにそこに向かおうとしたがベールズが止めた。

「待つんだ蟲がまだいるかもしれない」


「そんなはずはありません。お母さんだったんです」

 ベールズは娘の泣きながら訴える言葉を聞いても止め続けた。


 傷つき動くのすら大変な状態になったクラレスは結界が消えた辺りを探索した。

「くそっ!!、地面に逃げたか・・・どういうことなんだ、どうやって脱げているんだ・・・」

 地面に膝をつき泣き崩れるクラレス。

 

 この時にはまだ短距離空間跳躍の能力は知られていなかった。


「お母さまを焼き殺したクラレス様を捕まえてください。あんなことが出来るなんて人ではありません」


「ああしなければ被害がどんどん拡大していく。蟲とはそういうものなのだ。

 クラレス様は苦渋の選択をしたのだ、よく覚えておくと良い。

 効率的な作戦は、蟲を最初に放つ目標は「賢者の所」だ。

 実はクラレス様は最初に狙われた。

 そして愛する両親に蟲は憑依し、そしてクラレス様が躊躇するうちに愛する奥様が・・・

 最後には幼い息子さんまでもが次々と蟲に取り憑かれた。

 その度にクラレス様はご自身で愛するものを灰にしていくしかなかった。


 その時クラレス様は誓ったそうだ。


 『愛するが故に躊躇した、だが躊躇したが故に愛するものを沢山失った。

  たとえ鬼と呼ばれても俺は蟲に対して躊躇はしてはしない』


 それと自分の犯していることを十分に分かっているのだ。

 だから君たちの攻撃をわざと受けていたのだろう」


 泣き崩れたクラレスは天を仰ぐと呟いた。

「蟲の存在を見極めることと駆除の方法が分からなければ我々は負けるだろう。お願いだ私に教えてください」


 その頬にまた一筋の涙が流れた。


(賢者も人だ、昔を思い出して泣くこともあるんだ)



  ◆   ◆


 八賢者はそれぞれの領地にて同じような体験をしていた。

 そして八賢者誰もが最も欲しかったこと、それをジェイは持っていた。


 その情報は自分の命と引き換えにしても欲しい情報だった。

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