【挿話】イグルの回想 ガリアとマグリ③

 夜が更けて来たがガリアは眠れなかった。


 怒りの巨人アンガージャイアントに至る「力の根源」のヒントをリガルが教えてくれた。

 だがそのことを姉にリガルのことを疑われたことが原因だった。


 眠れないガリアに言葉が聞こえてくる。


「ガリア大丈夫?」


「リガルか、ありがとう僕は大丈夫だ。明らかな『光の力』が欲しい。

 そうすれば姉も君のことを信じてくれる。

 でも君はなぜ姉に話をしてくれないんだ?」


「ごめんなさい私の力では、あなた以外に話が出来ない。

 本当はマグル義姉様にもお話がしたい」


「そうだな、『光の力』を持つシャーマンは姉さんだけだ。

 普通の者では簡単に誰にでも話は出来ないだろうな」


「ガリアさえ私を認識していてくれれば私は大丈夫よ」


「僕に力があれば、こんなことは無かっただろう。もっと力が欲しい」


「貴方には力があるわ。

 心の中を見てごらんなさい。

 ほらメラメラと湧き上がる感情があるでしょ」


「本当にそうだ、こんなに力があるなんて今まで気が付かなかったよ。

 そうか、これは自分で押さえていたものだな」


「そう大事なものを守ることに遠慮なんかいらない。

 本当の力を相手に叩きつけて完膚なきまでに相手を退けるのよ」


「そうだ、そうしなければ今みたいに悲しい思いだけが残るんだ。

 今まで何を躊躇することなんかあったんだろう。

 これが怒りの巨人アンガージャイアントに至る「力の根源」に間違いない。

 なぜ姉さんはこの力に恐れを抱くのだろうか?

 奴等が今度襲ってくるならこの力でねじ伏せてやる」


「そうね、貴女の大事なお義姉さんとお義兄さんを守らなければね」


「そうだ、あの二人は将来のザガール国に必要な人達なんだ。

 子供のグレスも特別な子供のようだ」


「そうね特別な子供ね、危険だわ」


「危険?それは何のこと?」


「ごめんなさい、なんでもないわ疲れたでしょう。

 もう眠らないとお義姉さんなら大丈夫。

 貴方のことをあんなに愛してくれているのよ安心しなさい」


「でもリガルのことは・・・」


「私はもう死んでしまったのよ、貴方だけとお話が出来るだけで充分。

 安心して。だからお・や・す・み・な・さ・い」


 その言葉が暗示でも掛けたようにガリアは眠りに落ちていった。


 ◆   ◆


 焼け落ちた居城の近くで非難する民と傍にテントを張り眠っていたガリアの元にサンブルド王国からの侵攻軍が向かっていると報告が入った。

 ガリアは直ぐに全員に避難の命令を出すと自分は侵攻軍の来る方向に向かい歩き出した。


 イグルは一緒に逃げないガリアが何をしようとしているのか分かった。

「ガリア、どこへ行く?無茶だお前ひとりでおとりにでもなるつもりか」


「義兄さん僕は少しの間かもしれないが、みんなが逃げる間の時間を稼げれば良いんだ。私なら、そう少なくとも王族である私なら、奴らを引き付けることが出来る」


「それはダメだガリア、一緒に逃げるんだ。マグリが悲しむじゃないか!!」


「私とリガルが子供たちに出来なかったこと・・・そうさ、姉さんとグレスを頼んだよ」


「行くな、ガリア」


 イグルを振り切りガリアはダバハに乗り全速力走り去った。


 イグルは直ぐにダバハを砂の中なら呼び出し背中に跨った。

 そこにマグリが走って来た。


「イグル、ガリアはどうしたの?」


「すまない止められなかった。俺も直ぐに後を追う」


 そう言うとイグルも走り出そうとするがマグリが止めた。


「待って、なんか変よ。

 ガリアなら民の安全を最優先で考えて民を先導するはずよ。

 まるで戦いに行くようじゃない。

 まさか、ガリア・・・だめ、ダメよその力に頼ったら・・・

 イグル、お願いガリアを止めて。。」


「心配するなマグリ、最初からそのつもりだ」


 そう言うとイグルもダバハに乗り全速力で走り始めた。


 その姿を見てマグリが大きな声でイグルに叫んだ。

「気を付けて。

 囁きに騙されたらダメ。

 『自分の考えたこと』を、そうちゃんと『自分で考えたこと』であることを確信してから行動に移すのよ。

 貴方達は「魔」に心の隙間を狙われている。

 お願いそのことを忘れないで!!」


 イグルはその言葉を聞き納得したうえで返事をした。

「魔などに俺は負けない。そんな暇はない、そうだ俺は大事な義弟を救いに行くだけだ」


 その言葉を聞いても心配は尽きないマグリだった。

「我が信頼する光の神よ、ガリアとイグルを守り給え」


 マグリはそう祈ることしかできなかった。


 ガリアの思いとは裏腹にガリアのまわりにはガリアを慕い多くの兵士が付いて来ていた。

「ガリア様我々は皆の避難が無事終わるまで最後の一人になっても戦います」


 だがガリアは彼らを戦いに巻き込むことを躊躇していた。


 ダバハに乗り高速で進むガリアはやがてサンブルド王国軍を捉えた。

「見つけたぞ」

 

 もちろんサンブルド王国軍もガリアを捉えていた。

「なんとガリア自らこちらに攻めて来たぞ。

 魔道師達よ、拘束魔法でガリアを捕らえよ」


 魔道師十名ほどで詠唱が始まり魔法が発せられる。

 魔法の光がガリアを包む、だがその攻撃は拘束魔法であるためガリアは動けなくなった。


(この程度の拘束であれば、怒りの戦士アンガーファイターの力でねじ伏せることが出来よう)

 そう思ったガリアは怒りの力を増大させていった。


「違いますガリア。

 貴方はもっと大きな力をサンブルド王国軍に示すべきです。

 今の貴方なら出来る。

 さっき感じた力を示せば彼らは引くでしょう。

 なぜなら『あれ』は、絶対の力なのです」


「あの力にそんな効力があるというのか?

 大きな力が抑止力になるというのか?

 だが本当にそんなことが出来るのか?」


「できますわ、ガリア様、貴方は怒りの巨人アンガージャイアントになれる力を持っています」


 ガリアは言葉に捕らわれていた。

 戦わず引いてくれるならそんなに良いことは無い。

 今付いて来てくれた兵士達も無事に家族の元に返すことが出来る。

 そう思った。

 そして、湧き上がる力の根源に手を伸ばした時だった。


 全ての感覚が無くなって行き、ガリアの意識が薄れていった。

「なんだこれは・・・」


 薄れる意識の中でただ一つの言葉が繰り返され始める。


「戦いを止めろ!!、戦いを止めろ!!、戦いを止めろ!!」


 それは何度も何度も壊れたプレイヤーのようにガリアの頭の中で響き渡るように流れ続けた。


「うわ~っ」

 その叫び声は低く大きな振動を起こした。

 ガリアの居たところに、今まで見たことも無い巨人が立ち上がったのだ。


「なんだあれは・・・」

 驚くサンブルド王国軍ではあるが、魔道師の激しい遠距離攻撃が始まる。


「所詮筋肉馬鹿だ、遠距離からの魔法攻撃で消えて無くなれ!!」


 だが魔法は巨人の前では無効になっていた。


「だめです、あれはアンチ魔法の力だと思います」


「馬鹿な筋肉馬鹿がアンチ魔法の力を持ったというのか?」


 サンブルド王国軍と巨人が交わる時、多くの人が肉の塊と化していった。


「「「化け物だ」」」 

 多くのサンブルド王国軍兵士が逃げ惑う。


「今だ、家族の仇だ・・・」

 ザガール国の戦士たちもサンブルド王国軍と戦いを始めていた。


 だが、恐ろしいことが始まった。

 怒りの巨人アンガージャイアントがザガール国の戦士達に対しても攻撃を始めた。


「ガリア様どうなされたのですが!!」

 兵士たちが何を言っても怒りの巨人アンガージャイアントとなったガリアは反応しなかった。

 

 ガリアの頭の中では同じことが繰り返され、目に見えているのは戦いの場面だけだった。

 もう彼には敵も味方も分からなかった。


「戦いを止めろ!!、戦いを止めろ!!」

 その思いだけがガリアを突き動かしていた。


「あれは怒りの巨人アンガージャイアントなのか、ではガリアなのか?」


 だがその巨人は敵も味方も見境なくまるでミンチ肉でも作るかのように潰していた。


 イグルは大声で叫んだ

「ガリア!!」


 だがガリアは反応はせず、イグルに敵意の籠った視線を投げかけて来た。


「ガリア、どうしたんだガリア・・・これがマグリの言っていた『魔の者』の力なのか・・・」


 その時イグルの耳に聞こえるはずのない声が聞こえた。


「リガルなのか?」


「イグルお義兄様、ガリアをガリアを助けてください。

 今ガリアを助けられるのはイグルお義兄様だけです。

 そう『力の根源』を知っているイグルお義兄様だけなのです」


 イグルはマグリの言葉を思い出していた。

(「囁きに騙されるな」だったな)


 だがイグルにも分かっていた今のガリアを止める方法はない。

 たった一つの方法は自分も怒りの巨人アンガージャイアントになることだった。


 マグリの言ったこと、『自分で考えたこと』であることを確信してから行動に移す。

 そうだ自分の確信したことで行動しなければ騙されてしまうだろう。


 イグルは考えていた。

(結局『闇の力』だったのだな。

 魔の者達は我々をあんな化け物にするのか。


 方法は他にない、でも今のまま変身することはできない。

 今のままではガリアの二の舞だ。

 意識を保つことが出来れば・・・

 そうか・・・)


 イグルは自分の剣で自分の脇腹を刺した。

(結局この方法しかないのだマグリよ許せ!!)


 イグルも心の奥底にある力の根源に手を伸ばした。

 そこには湧き上がる負のエネルギーが充満していた。


 全ての感覚が無くなって行き、イグルの意識が薄れていった。

「マグリ、俺を守ってくれ・・・」


 薄れる意識の中でただ一つの言葉が繰り返され始める。


「ガリアを止める!!」


 それは何度も何度も壊れた装置であるかのようにイグルの頭の中で響き渡るように流れ続けた。


「うわ~っ」


 その叫び声は低く大きな振動を起こした。


 イグルの体は徐々に大きくなっていた。

 不思議なことにイグルの意識は逆にハッキリしていった。

 さっき刺した剣の痕が体が大きくなるに従い傷口を広げて痛みをイグルにもたらせていた。

「クッ・・・意識を保つためだ我慢しようじゃないか・・・ガリア・・・」

 

 やがて二体の巨人は互いに組み合った。

 正確にはイグルの巨人がガリアの巨人を捕まえ、動けなくしている。

 だがガリアの巨人はイグルの脇腹の傷口を攻撃をしていた。


 言葉など出せない、そういう意識すら残っているかは曖昧だった。

 それでも必死になって考えているのは「やめろ、ガリア」という言葉だけ。

 そうした戦いというか、互いの押さえ合いが数時間続いた。


 既にサンブルド王国軍は逃げ出していた。

「ガリア!!、もう終わったんだ・・・」


 そう叫んでも自分の言葉として発せられることは無く、ガリアの反応もなかった。

 ただ巨人同士の押さえ合いが続くのみだった。


 この手を離せばガリアは、また敵味方関係なく殺戮するだろう。

 そう思うイグルの意識にも限界が来つつあった。


「イグル、ガリア!!」

 その声はマグリの声だった。

 マグリも追いかけて来たのだった。


 押さえ合いからしばらくたって。

 それは一瞬の出来事だった、たぶんイグルはほんの一瞬意識を失ったのだろう。


 そして声が聞こえて来た。

「義兄さん、止めてくれてありがとう」


 そう、ガリアの声が聞こえた。


「えっ、ガリアなのか?」


 もちろん何が起こったのか分からなないイグルだった。

 巨人からガリアに戻り始めたため、巨人からは力が失われていくようだった。


 イグルも力が抜けていくのが分かった。

 力が抜けていくイグルだが手には違和感があった。


「なにかが付着している・・・」


 その手のあたりをみた時大きな声でイグルは叫んだ。

「どうしてだぁ~・・・」


 手にはべっとりと血が付いていた。

 その腕はガリアの巨人の胸に刺さっていた。


 ほんの少し意識を失っている間に自分の意思ではないものに動かされたのだろう。


「ガリア!!」

 何度呼びかけても答えない。

 彼の腕に抱かれるように静かに微笑んだような顔をしたガリアが居た。


「ガリア!!」

 叫んだのはマグリだった。


 マグリに掛ける言葉を失ったイグル。

 詫びる言葉しか出てこなかった。

「すまない、すまない、あんなに言われていたのに・・・

 俺がガリアを・・・」


「イグル、ガリアを止めてくれてありがとう」

 マグリは涙にまみれてはいたが、ガリアを抱えたままのイグルを抱き絞めた。

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