第86話 密談

越後のこと、京のこと、堺のことなど、いろんな話をした後で


「ほんで、


足利義藤殿は、俺のことなんて言ってました?」


と三好長慶はニヤリとして景虎に聞いた。



景虎は、一呼吸おいて堂々と言った。


「将軍を京から追い出した極悪人と」


「ほぅ。それはまたひどい言われようですな。


京ではね、一揆が多発して、財政も大きく傾いていた。


俺はそれを立て直そうとしただけなんですよ。


京のためにも義藤殿と戦までしなくてはいけなくなった。


仕方のないことだったんですよ」


「仕方のないことですか」


「そうです。このまま放置してたら京はもっと荒れ果てて大変なことになっていました。


景虎殿は、今後どうするおつもりですか?


このまま足利殿と手を組むのか、


俺と手を組むのか。


俺と手を組めば、京を挟んで東は景虎殿に、


西は俺、三好が制することになり、


良いコンビになると思いますよ?」


「たしかに、そうしたら上手く京をも制することはできるな」


「では……」


「しかしな、あいにく俺は人を裏切ることができない人間でな。


一度した約束は守るっていうポリシーがあるんだ。


だから、申し訳ないが、足利義藤殿を裏切るようなことはできない」


「あ、そうですか。それは残念」


「申し訳ない。


三好殿に会えて良かったです」


「俺もです。


そちらのお嬢さんに似合う羽織が売っているところが堺にあるので、帰りにそちらに寄るといいでしょう。


それにしてもお嬢さんが着ている着物、かなり良いものですな。


かわいい子が着てるから尚更、映えますな。


その素敵な着物、近くで見てもいいですか?」


そう言って三好は好花に近づく。


三好が好花の着物の袖にふれようとした途端、景虎の手がすっと好花の目の前に現れた。


「人の女に手出さないでもらえますか?」


さっきのにこやかな表情とは違い、真剣な眼差しで景虎は三好を見ている。



「そんな大袈裟な。


ただ、着物の生地を近くで見たいと思っただけですよ。



でも、怒らせてしまったのなら、申し訳なかった」


三好は、胸元に隠してある短剣に目をやった。


「いや、俺も言いすぎました。


では、また会いましょう」



もし、景虎が刀を抜いていたら、三好も抜いていただろう。



まるで、キューバ危機のような。



あとほんの少しで、戦が始まるところだった。

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