第40話 悲しみに暮れる

景虎、好花の表情は、電池の切れた人形みたいに停止していた。



「兄さん、死んでしまったな」


「あの心優しい晴景様がいなくなったなんて。


今でも考えられない」



景虎と好花の2人は、唇を震わせながら、ぽつりと言葉を言った。



いっさいの感情を奪い取られて、ただただそこには、虚無があった。



目から泉が湧き出るように、光が潤んで溢れ出していく。




景虎は、好花の身体に腕を回し、自身の肩に彼女を抱き寄せた。



ひっくひっくと跳ねる好花の背を、景虎はさすった。


そして、景虎も泣いた。








景虎は、そんな空気を察して、わざと元気よく声をあげた。




「兄さんさ、辞世の句たくさん残してたよ」


「わ! ほんとだ」


「兄さんらしい、優しい遊び心がある句ばっかりだな」


「さすが、晴景様。


晴景様、鼓も歌も上手かったもんな」    



「そいえば、俺が家督を継ぐ前、


兄さんは天文13年(1544)に


後奈良天皇から


真筆の般若心経一巻を賜っていたんだよ」



「え! そうなん?」


「そーそ。んでね、その時、俺に言ったんだ。



後奈良天皇は、長尾家と強い結びつきがある。


だから、天皇と仲良くしておくんだなって」




「晴景様、頭いいですもんね。


景虎が家督を継ぐ時だって、


みんなのこと、騙してとりあえず戦するふりして、時期を見計らって景虎に家督を譲る。


っていう大作戦考えたのも晴景様ですもんね」




「そうそ! ほんとに頭が良かったよ」




2人は、心の中に、大好きな晴景の姿を刻んだのであった。





※ちなみに、真筆の般若心経一巻は、現在上杉神社の宝物となっています。

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