第2話
「最近、福ちゃんと森田さん見かけないね。亜紀ちゃんは見かけた?」「ううん。見てな~い。福ちゃんの毛皮にさわれないから、何だか生クリームの入ってないココアをがぶ飲みするみたいで、美味しくない気分が続いてるよね」と、うわさする事しきり、今日もお腹と背中にランドセルをからって、ふうふう言ってる僕は、癒し担当の森田さんと福ちゃんがいないせいで、心も体もずうんと重みが増していく毎日が続いていた。
子供見守り隊のおじいちゃん達に、森田さんと福ちゃんツインズの事を尋ねても、ニコニコ笑って、「大丈夫だよ」と言うばかりだ。何が大丈夫なんだろう。いつもそう言う大人って分からないなぁ。もやもや感で一杯で、背中に大きな重い塊が乗っかっているような気分の時、イヤな事ってどうして追い打ちをかけてくるんだろう。お母さんが事故にあった時のように。
「福ちゃん、死んじゃったんだってよ」お姉ちゃんが、巨大化したマリオで僕のルイージを踏みつぶした時、爆弾発言をした。「えええええ!うそだろ!また僕をからかってるんだろ!」僕はコントローラーを放り出した。「クラスの女子会で話題になってるよ。福ちゃん、交通事故に遭ったんだって」「交通事故!」僕は交通事故で天国に逝ったお母さんのトラウマで、一瞬頭に火花が散って、目の前がチカチカしたけど、お姉ちゃんに膝を詰め寄った。「な、なんで福ちゃんが交通事故にあったんだよ!」「福ちゃんのリードを離して散歩してたらしいよ。子供見守り隊の藤井さん。あたしの友達が見てたんだ。森田さん、藤井さんに福ちゃんを貸したみたいだね」僕はあまりのショックでクラクラした。「優介、しっかりしな。お母さんが死んじゃってから、ずうっといじけたままだろ。このままじゃ引きこもりになるぞ。辛い事でも、ちゃんと受け止めるんだ」そう言って、お姉ちゃんは僕の頭をくしゃくしゃにした。僕はお姉ちゃんみたいに強くなれない。そんな人種だっている事をお姉ちゃんは全然分かってないんだ。僕は部屋に駆け込んで、ベッドに倒れてわあわあ泣いた。それから一週間は泣き暮らした。ああ、この世界に僕ほど不幸な子供はいないだろう。と嘆きながら。
泣きつかれたある日の夕方、お姉ちゃんの命令で、近所のスーパーにアイスを買いに行った。道すがら、さくらの木から、どんどん花が散っていってる。僕の心もくだけ散ってしまうんだと思った時、森田さんとバッタリ出会った。
「森田さん!」「やあ優介君、元気だったかい」「僕…福ちゃんが…藤井さんが…」言いたいことはいっぱいあるのに、言葉が出てこない。なんだか重い固まりが喉につまって、言いたい事はたくさんあるのに、つっかえて、一言も出て来なかった。でも森田さんは、そんな僕の顔を見て、優しく穏やかに微笑んでくれた。「藤井さんが、散歩のときにお供がほしいから、ちょっとだけ福を貸してくれって言ってきたんだよ。藤井さんは、家族がいなくて一人ぼっちだから、とても淋しい人なんだ」「でもリードを離すなんて、ひどいよ!藤井さん」「うん、そうだね。それはしちゃいけない事だったね。でもね、優介君、藤井さんを責めても、福は還ってこないんだよ」「森田さん…藤井さんを恨んでないの?」「優介君、おじさんは人を恨むよりも、哀しみの方が先に来るんだ。おじさんが人を恨むと、福が心配して天国に逝けないんじゃないのかな?」「でも…僕…」「ほら、これを見てごらん」森田さんはすっと手を僕に差し伸べた。森田さんの手首には、さくら色をしたブレスレットがキラキラと光っていた。「これは福の遺骨が入っているブレスレットなんだよ。」さくら色の珠がたくさん連なって、森田さんの手首にきちんと納まっている。よおくのぞき込んでみと、ひときわ大きな珠の中にさくらの花が浮き彫りになっていた。「このさくらの花の珠の中に、福は眠っているんだ。遺骨ブレスレットって言ってね。特注で作ってもらったんだよ。さくらの花が咲く頃に、福は生まれたからね」僕はそおっとそおっと、さくらの花の中に眠っている福ちゃんを起こすまいと、ふるえる手で撫でた。「ありがとう、優介君」見ると森田さんの眼には、うっすらと涙がにじんでいた。ぼくもつられて、ぽろぽろと涙がこぼれてきた。「福ちゃん、幸せだよね。いつも森田さんと一緒で」「そうだよ優介君、優介君のような優しい子に好かれて、福は今安らかに眠っているんだ。だから福を起こすような事はしちゃいけないんだよ」僕はズキュンと胸に何か大きな矢が刺さったように、そのまま動けなくなった。「森田さんって、花咲きおじいちゃんみたいだね」「花咲きおじいちゃん?」「うん、僕が今よりも、もっと小さくてお母さんが生きてた頃、花咲きおじいちゃんのお話を読んでくれて、『優介もこんな優しいおじいちゃんになるんだよ』って言ったのを覚えてる。」「そうか、優介君のお母さんは、優介君に優しい子になってほしかったんだね。」「うんだから僕の名前に優しいっていう字を入れたんだって」
「とても素敵なお母さんだったんだね。お母さんも今頃天国で、優介くんの成長を喜んでいるよ。」その時、さあっと強い風が吹いた。ふと僕たちの間に、ひとひら何かが降ってきた。僕と森田さんが上を見上げて見ると、枯れたはずのさくらの木に、一枝だけさくらの花が咲いていた。「ほら、福と優介君のお母さんがそこにいるよ」「うん、そうだね。福ちゃんと、お母さんはそこにいるね」二人して、いつまでもいつまでも、一枝生き残っていたさくらの樹の下に立ち止まって、さくらの花から透けて見える青空を見上げていた。
そうして僕は、もしもお姉ちゃんが嫁に行けなくなっても、荷物持ちはしてあげようと誓った。
さくら便り 糸田すみれ @sumire-itoda
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