後天性特異体質

時間タビト

第1話

「もう、太宰さん何処に居るんだろう」

 太宰を探し出すのが、探偵社での敦の第一の仕事なのだが、何時もならば直ぐに見つけられる太宰が見つからず、敦は焦っていた。

「……死体と対面なんて嫌ですからね」

 ブツブツと呟きながらもスピードを落とすことなく、全速力で駆け抜ける。

 超スピードで走っていても、通行人にぶつからないように気を付けていたのだが、視界に入らない角から出てきた人物まで避けるのは無理があった。

「あっ!」




「たく、何で俺が下っ端の不始末の尻拭いしなきゃならねぇんだ」

 ブツブツ呟きながら、ポートマフィア幹部の中原中也が早足で歩いていく。

「まったく、下の方の管理はどうなってやがるんだ」

 本来ならば、部下の不始末の処理は直属の上司の仕事なのだが……

(部下に全部被せて逃げやがったか)

 今回の不始末の原因を作ったのは、その上司だった。ポートマフィアを裏切り、それを部下の仕業に見せかけて逃走している。

「ポートマフィアから無傷で逃げようなんざ出来ねぇんだよ」

 それでも、幹部が出向く事態になったのだから、それなりに頭は切れるのだろう。

(さっさと終わらせるか)

 中也からすれば、面倒なだけの作業に時間はかけたくない。自然と足は早くなっていく。

 路地を抜けようとしたところで……


「あっ!」

 真横から声がした。

「え?――うわっ」

 横を向こうとした瞬間に何者かにぶつかった。

 星が飛び出るくらいの勢いでぶつかって、物語でよくあるように中身が入れ替わる……という事は無く、二人共に思い切り尻餅をついた。

「い、たたた……」

「いっ……おい、大丈夫か?」

 中也がぶつかった相手に声をかける。

「はい、大丈夫です。すみませんでした……あれ?」

 ぶつかった事に謝罪して、相手が知った顔であることに敦は気が付いた。

「なんだ、人虎か」

 中也の方も同時に気付く。

「手前なら怪我とかはねぇな」

 言って、中也が立ち上がる。

「は、はい、大丈夫です。ピンピンしてます」

 答えて、敦も立ち上がる。

「じゃ、急いでるから行くぞ」

「はい、僕も急いでるので失礼します」

 特に揉めることもなくその場は別れ、駆けていった。



「見つけた!持ち出した物を返してください」

 目的の人物を見つけて、敦が声をかける。

「はぁ?誰だ手前」

「ポートマフィア幹部・中島敦」

 訊かれて、簡潔に答える。

「手前みたいな幹部なんざ知らねえな」

「別に知ってもらわなくてもいいですよ。それより、素直に差し出すのと虎の爪に抉られるのと何方がお好みですか?」

 右手を虎化してニッコリと笑う。

 それを見て真っ青になった男の耳に、追い打ちをかける声が聞こえてきた。

「……何をしている?人虎」

「芥川か。お前こそ、何でここに居る?」

「其処の男に用がある。そいつはマフィアの人間だ」

「だから僕が来たんだろ。これは僕の仕事だ」

「……ならば、排除するまで」

 言うが早いか、敦に向かって羅生門を放つ。

「お前、幹部に向かって何をする!」

 その言葉に、敦を捕えようとしていた羅生門の動きが止まる。

「何を言っている、貴様は探偵社員であろう」

「はぁ?お前、呆けているのか?」

「……」

 揶揄うのではなく、本気で言っているような敦を芥川がじっと見る。

(どういう事だ?)

 敦に視線を向けたまま、徐に携帯電話を取り出した。



「見つけたぞ!こんなとこに居やがったか、クソ太宰」

 太宰の前に回り込んで、中也が睨みつける。

「へ?何で中也が探しになんか来る訳?」

「何で、だ?お前を探して連れ戻すのが仕事なんだから、仕方ねぇだろが!」

「はぁ?それは敦君の仕事でしょ」

「あ?何でポートマフィア幹部の名前が出んだよ」

「何言って……ポートマフィア幹部は君で……」

 言って、中也をじっと見る。

(揶揄ってるという訳じゃなさそうだな)

「因みに聞くけど、君は何処の誰だい?」

「あん?呆けたのか?手前と同じ武装探偵社の中原中也だ。手前の部下なのが気に食わねぇがな」

「ふ~ん……」

 中也の返事に、おおよその検討がついた。

「で、此処に来るまでに敦君に会った訳?」

「会ったというか、少し前に派手にぶつかったな」

「成程ね」

(そういう事か)

 その言葉で、太宰にはおおよその検討はついた。

 そう、二人がぶつかっても中身は入れ替わっていない。

 ただ、立場が入れ替わった。

「……」

 太宰がそっと中也の肩に触れる。

「私が触ってもそのままという事は、異能じゃないってことか」

(却説、どうするか……)

 解決策を思案していると、懐の携帯電話が着信を告げる。

(これは……)

 画面に表示された名は、太宰もよく知るものだった。

(どうやら手間が省けそうだ)

「はい」

『太宰さん、此方に人虎がいるのですが……』

「丁度良かった、私の所に敦君を連れて来てくれるかい。場所は……」

 電話の相手は芥川で、二・三言葉を交わして切った。

「十分くらいで来るかな」

「何がだ?」

「さっさと、この気持ち悪い状態を終わらせたいね」

「は?」

 太宰の言葉の意味が解らず、中也の頭には疑問符ばかりが浮かぶ。


 太宰の予想通り、約十分後に敦を伴った芥川が姿を見せる。

「お待たせしました、だざ……」

「おい太宰、何でポートマフィアの連中が来るんだ」

 芥川の言葉を遮って、中也が太宰に詰め寄る。

「中也、君、自分の状態解ってる?」

「あ?」

「君、敦君とぶつかったんでしょ。で、入れ替わってるんだよ」

 はぁと大きな溜息をついて、太宰が説明する。

「何処がだ?俺は俺だ」

「誰も人格が入れ替わってるなんて言ってないよ。入れ替わってるのは立場」

「は?」

「え?」

 中也と敦が同時に声を出す。

「別に理解しなくて善いよ。今のままじゃ気持ち悪いから早く戻って」

「戻れと言われても……」

「どうやって?」

 太宰の言葉に中也が、次いで敦が答える。

 状況が全く呑み込めていない二人には、何が何だか分からない。

「簡単だ、入れ替わった時と同じ状態にすればいい」

 しれっと太宰が言う。

「それって……」

「もう一度ぶつかれって事か?」

 敦と中也が頬を引き攣らせる。

「それ以外にないでしょ。ほら、さっさとぶつかって。思いっきり」

「無理です!」

「無理に決まってるだろーが!故意に出来るもんじゃねー!」

 敦と中也がそれぞれに声を上げる。

 入れ替わった時のような勢いでぶつかるのは偶然だから出来る事であって、故意にぶつかろうとしても目の前に人がいれば意識しなくても止まろうとする。同じ状況を作り出そうとしても無理な話だった。

「ま、仕方ないね。……芥川」

 二人の反応は想定内。だから……

「承知」

 ずっと黙ったままだった芥川に、太宰が声を掛ける。

 何の説明も無いが、その意図を芥川は理解しているようだった。

「羅生門!」

 芥川から放たれた異能が敦と中也に向かう。

「「え?」」

 あっという間に異能が二人の体に巻き付き、持ち上げた。

「異能で逃れようとしても無駄だからね、二人共」

 二人が行動を起こす前に、太宰が釘を刺す。

「「……」」

 異能を無効化出来る太宰の前では、何の力も持たないただの人間にすぎない。

「で、どうするんだ?」

「……君、本気で解らない訳?」

 中也の言葉に、呆れ声で太宰が返す。

「敦君は何となく察してる感じだけど?」

 言って敦を見ると、敦は頬を引き攣らせている。

「えっと……やっぱり、そうなんですか?」

「そう。自分で出来ないならやってもらうしかないからね」

 そんな会話をしている間に敦と中也の体が水平になり、頭が向かい合う形になった。

「まさか……」

 その状態に、中也にもこの先が理解出来た。

「さっさとやっちゃって」

 太宰の言葉に、芥川が二人の距離を少し空ける。

「ちょ、待て!芥川お前本気か!僕はお前の上司だぞ」

 敦のその言葉に、一瞬だけ蟀谷がピクリと上がる。

「……黙らねば舌を噛むぞ」

 そう告げた次の瞬間には二人の頭が間近に迫り、咄嗟に目をギュッとつぶる。

 まるで鐘をつくかのように、勢いよく頭をぶつけられる。

 遠慮という言葉は知らないというかの如く思い切りぶつけられたせいで、本人達だけでなく太宰にもぶつかった瞬間に火花が散ったように感じた。

(いや、戸惑いはしないと思ってたけど、見事だねぇ……)

 芥川の思い切りの良さに、太宰が感心する。

「――」

「――」

 異能を解かれ下ろされた二人が、頭を抱えて座り込む。

「本っ当に思い切りやってくれたな、芥川」

「……申し訳ございません」

「まぁ、いい」

 あまり申し訳なさそうには見えないが、他に方法が無かった事は中也も理解している。

「お前、あれを回収してこい」

 怪我などはしていないが、流石に今動くのは辛い。

「それならば、回収済みです」

 何、とは説明されなかったが、中也が何を追っていたのかは芥川も知っている。太宰に頼まれて敦を連れてくる時に、しっかりと回収していた。

「そうか、なら、帰るか」

「はい」

 言うと、中也と芥川は太宰達の方を見ることなく立ち去った。


「やれやれ、直ぐに戻ってよかったよ。あの気持ち悪い状態が続くのはご免だからね」

 立ち去る二人を何となく見送って、ふぅと息を吐く。

「僕は入れ替わっていた間の記憶って殆どないし、短い時間だったので実感湧かないですね」

 太宰を探している途中で中也とぶつかった事は覚えている。その後の記憶が数分間抜けているが、目当ての太宰が目の前にいるのだから特に問題は無かった。

「僕達も帰りましょう」

「ええ――まだ自殺してないのに」

「そうですか」

 太宰の言葉にそう返して腕をガシッと掴む。

「え、何?」

「させませんからね」

 言って、ニッコリ笑う。

「太宰さんを捕まえて連れ帰るのが僕の仕事なんですから、逃がしません」

 振り解かれないように確りと掴んだまま、敦が太宰を引っ張っていく。

「……仕方ないね。何だか気が殺がれてしまったし、今日は諦めよう」

 腕を振り解く事も抵抗もせず、引っ張られるままに足を動かす。

 太宰と敦も探偵社へ帰る為に、その場を後にした。


 こうして、不可思議な出来事は解決したのだが……


「おはようございます」

 扉を開けて元気に挨拶をしながら、敦が入って来る。

「おはようございます!――じゃなくて、どいてくださーい」

「へ?」

 敦に返事をしたのは、段ボール箱の山……を抱えた賢治。

「え、あ、ごめん」

 言って敦が避けようとするが、賢治も同じ方向に避ける。

 結果、敦は賢治というよりは段ボールの山とぶつかった。

「いったー……」

 段ボールの山の中は隙間なくギッシリ詰まっていたようで、かなりの衝撃があった。思い切り顔面をぶつけた敦がしゃがみ込む。

「うわわ、大丈夫ですか?」

 抱えていた段ボールの山を横に置いて、賢治が声をかける。

「大丈夫……あれ?」

 答えて顔を上げて、首を傾げる。

「何で僕は探偵社に?今日は休暇で部屋に居たはず……」

 キョロキョロと周りを見て、誰に問いかけるでもなく呟く。

「あ……また、ですか」

 そんな敦を見て、今度は賢治が呟く。

 あの入れ替わり事件は、太宰が素直に戻ってきた理由として全員に伝えられ、それで全て終わりのはずだった。

 だが……それで終わりでは無かった。

 ある日、寝起きに頭を押し入れにぶつけた敦がまた立場だけ中也と入れ替わってしまい、ちょっとだけ騒ぎになった。それが大事にならなかったのは、鏡花に連れられて出社した敦の頭を試しに叩いてみれば元に戻ったからだった。

 それからというもの、敦は人でも物でも、ぶつかってしまうと入れ替わりの状態となってしまうようになってしまった。

「やれやれ、変な体質になっちゃったね。やっぱり、最初に蛞蝓とぶつかったのが悪かったんだろうねぇ……」

 太宰がしみじみと、敦に話しかける。

「……好きでなったんじゃありません」

 少し剥れてプイと顔を横に向ける。

 さすがに何度も繰り返されると、敦も自分がどんな状態なのか理解出来るようになった。感覚はマフィア幹部なのだが、それが間違いであると。

「いいじゃないか、皆のストレス発散に役に立ってるしさ」

 言いながら、与謝野が近づいてくる。その手には白い巨大な扇のような物がある。所謂ハリセンと呼ばれている物である。

「毎回それで殴られる身にもなってくださいよ……」

 与謝野の言葉に、ガクッと肩を落とす。

 立場が入れ替わっても人格はそのままで、一見するといつもの敦に見える。状況把握が出来るようになってからは特に。

「太宰がした事よりはマシだろ。これは見た目と音程痛くはないし」

 言って、与謝野がハリセンを太宰に向ける。

「それはまぁ……」

 確かに、頭が割れてしまうのではないかと思った最初よりはマシだ。

「あれは仕方ないよ、他に解決策が無かったんだから。何度も叩かれたくなければ、ぶつからないように気を付ければ済む事でしょ」

「……はい」

 太宰の言葉は正論で、言い返す事は出来ない。

「話がついたところで、そろそろ戻さないとあいつがやって来るよ」

「ああ、それは嫌だね」

 与謝野の言葉に、太宰が心底嫌そうな顔をする。

 何処でぶつかっても、誰とぶつかっても、入れ替わるのはポートマフィアの中原中也。今、中也は探偵社員となっているはずで、出勤の為にこちらに向かっているはずだった。

「今日は私がやりたい」

 話が落ち着いたところで、与謝野の後ろから鏡花がひょこっと顔を出す。

「そうかい?それじゃ、はい」

 与謝野が持っていたハリセンを鏡花に渡す。

 受け取った鏡花は、心なしかワクワクしているように見える。

「何だか楽しそうに見えるんだけど?」

 敦が引き気味言う。

「私にもストレスはある。発散するのは楽しい」

 答えた次の瞬間には、鏡花は敦の背後に回り込んでいた。

 そして、

 スパーン!と実に小気味良い音を響かせた。

「うう……」

 叩かれた敦は、頭を抱えて蹲る。

 叩くことを前提に作られている物で危険性は少ないとはいえ、叩かれればやはり痛い。

「ほら、終わったならさっさと仕事に戻れ」

 国木田が冷静に集まっていた皆を散らす。

 敦もノロノロと起き上がって自分の席についた。

(疲れる)

 はぁ……と息を吐いて、チラリと隣の机の太宰を見る。

(僕がこんな変な体質?になったのって、太宰さんのせいなんじゃ……)

 今の状態の原因となった最初の接触事故は太宰を探している最中だった。太宰が真面目に仕事をしていれば起きなかった事で、考えれば考えるほど、太宰のせいだと思えてくる。

「……注意力散漫で、街中を猛スピードで走っていたせいでしょ」

 パソコンに目を向けたまま、太宰が返す。

(声に出してないのに)

 心の声を的確に読まれてしまったが、相手が太宰なのだから今更驚きはしない。

「はいはい、ただの八つ当たりですよ」

 モヤモヤの持って行き場が無く、机に顔を伏せようとして……


 ゴン


 と、これまた良い音がした。


「あ」


 敦だけでなく、その場に居た全員の言葉が重なる。

 そして、ガサゴソと何処からかハリセンを取り出す音がする。


(こんな体質、もう嫌だ――!)

 心の叫びは、誰にも届かない。

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後天性特異体質 時間タビト @tokimatabito

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