おはようデッドグラウンド!
……手が動く、足が動く。
風の音が聞こえる、乾いた土の匂いがする。
砂と小石の感触が背側に伝わる。
雲一つない明け透けた大空。
俺が今 ” 生きている ” という事を嫌というほど実感させた。
「はぁ…………」
明るすぎて眩しいから、手で目を覆う。
滲んでいた手汗に目が沁みる。涙がにじんだ。
荒野をひたすら歩いている途中から記憶が途切れている。
いくら魔物の身体とは言え、ぼろぼろの状態で相当な距離を歩いたのだ。
そんなん記憶もなくなるし、えぐいほどの疲労感を俺の身体に置き去りにしていくのもまあ無理はない。
「……動けな」
もぞもぞと微動だにはできるけど、体を起こすことはできなかった。
だけどこんなに心持ちがすっきりしているのは、色々吐き出したからか、それとも空けっぴろげ荒野の恩恵か。
こうして見ると「死の荒野」なんて言われているこの場所も居心地がいいものだ。なにより空気が馴染む。その理由は――――。
遠目に映ったのは、這いずる一つ目大口涎だらだらの気持ち悪い魔物。
「アレと同類とは思いたくねぇなぁ」
魔物は死の大地以外にもちらほら現れる。
小さい魔物くらいは俺も見たことがあるが、人の背丈くらいあるほど大きい魔物は初めて見た。
吸血鬼はどうやら魔物の一種らしい。
確信を得たのは森の中で追われていた時だが、吸血鬼の存在自体はおとぎ話でよく知っている。
人の血を吸って生きる存在なもんだからそりゃあ悪者として聞かされてきたし、そんなのがいるんだったら人じゃなくて魔物なんだろうなーっていう話もしたものだ。
まさか自分がそうだとは。
「はぁ……」
二度目のため息をついた。
魔物から目を背けるように顔を反対側へと向ける。
「……はぁ?」
三度目のため息、ではなくしっかりと声に出た、はぁ? だった。目の前にある物体に対してしっかりとした疑問符。しっかりと頭の中が空白。
、がすぐにそれが何か分かったし、伴って俺がここにいる理由も理解する。
寝息も立たさず横たわるこの毛むくじゃらは人間の子どもである。
微動だにしない。死んでいる。
これは俺が殺したのであり、俺はなぜか分からないがここにいた " 生 " を求めてここまで歩いてきたのである。
絶望の中に差す一筋の光、
こういう場面に出くわすといつも心が締め付けられる思いがする。
魔物の俺に残っているせめてもの人間の心、とでもいうのだろうか。
……しかして、この状況下でそんな心情に駆られる訳はない。
この地に人間がいるはずがないのだ。ましてや子どもなんか。
その姿を見てから俺は背筋が凍ったままだった。まるで怪談をその身で味わっている気分だった。
身動きを取れないのがなおさらだった。さながら金縛りだった。
素直に恐怖を感じた。知らない間に俺は何をしたのか。この子どもは一体誰なのか。今になって記憶がなくなっていることを悔いる。
そもそもこれは本当に人間なのか? いやいや、俺が今生きてるってことは人間の血を吸ったってことで、ということはこれは人間……。
いや、ここは死の大地。もしかしたら魔物という線もあるかもしれない。
果たして魔物に血はあるのだろうか。あったとして、その血は人間の血の代わりになるのだろうか。
なるのだったら……一生ここで暮らすことになるのだろうなぁ。やだなぁ。
思考が逸れた。別の意味で怖い想像してしまった。
しばらくじっと見つめていたが、どうも動きが無いので。
「……らみ…………」
「ぅおっ」
ぼそりと、目の前の死体が喋った。
身体がびくる。
「いのちをたすけた、れいすらいわずねふけること、んじゅうじかん、わたしがどれだけくらくらしたか、このうらみ……」
「…………」
かすかすの声でつぶやく毛むくじゃら。
なんというか……。
「うらみはらさでおくべきかーーーー!」
「う、うわぁー」
前口上が冗長で怖さが失せてしまった。
たぶんそういうノリを求めてたんだろうなあって語り口だったから一応驚いたふりだけでもしておく。
……待て待て、流されそうになったがまだ気を抜いてはいけない場面だ。
「お前は、いったい誰なんだ……?」
気の抜けたノリからシリアスを取り戻す。
長髪の向こうから視線を感じた。
毛むくじゃらは寝返りを打って仰向けになった。
「ま、警戒を解きなさいよ。わたしも君と一緒で身体を動かせない身でね、どうも貧血気味で」
毛むくじゃらは地声で話し始める。
あどけなさは無いが子供の声、たぶん女だ。
「あー、いや、それはすみません……」
「いやいや、謝らなくていいんだ。わたしも君に命を救われたようなもんだし、これでトントンってやつじゃな」
「? まあ、そう言ってもらえるならよかった。いや正直、ここであなたを目にしたとき背筋が凍ったんで、怖くて」
「はっはっは、目の前に正体不明の物があったら誰でもそうなるって」
「あはは、ですよねー。もうほんとびっくりして。でもそれがあんたみたいな人でよかった」
「まあまあ、もっと態度を砕いて構わないさ。なにせ」
「君とわたしとの仲じゃあないか」
「? …………!?」
反射運動。動かないはずの身体が飛び跳ねて、毛むくじゃらから距離を取る。
ノリとかじゃなく、警戒を解くつもりはなかった。
言葉遣いか語調か、一瞬のうちに解かされてしまっていた。
子供とか、女とか、そんなのは関係なくて、目の前の毛むくじゃらに対して今初めて、本当の恐怖を味わった。
「……ふふ」
その赤い長髪の奥には目が、不気味に光っていた。
死がない旅人 @ahoswitch
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