その6
コインパーキングに辿り着くと、彼女は「車だ」とまるで子どものようにはしゃぐ。そうして僕のマイカーをじろじろと値踏みするように眺めると、「何で動くの? プルトニウム? ゴミ?」と無邪気な質問をした。
僕たちは揃って車に乗り込み、駐車場をあとにする。
「そこまで長時間停めていなかったはずなのに、駐車料金も高くなったなあ」
不満を垂らすと、「時代だからね」と彼女が暢気に言った。僕はハンドルを操作しながら訊ねる。
「ひとまず大通りに出るけど、何か思い残すことは?」
「特になし。このまま行こう!」
「了解」
僕は片手でディスプレイを作動すると、そこに目的地を入力する。試験運用も兼ねて遥々喫茶店のコーヒーの味を確かめにきただけなのだが、まさかこんな未来が待ち受けていようとは、あのときは微塵も思っていなかった。
交差点の信号が青を告げる。程なくして車は大通りに出た。幸いなことに前を走る自動車は見えない。これならば助走距離は充分だろう。
いよいよだ。この瞬間はいつもわくわくするし、緊張する。それは僕のロマンと、科学者としての矜持とがこれでもかと詰め込まれた、紛れもない集大成であり、特別な時間だ。そして僕はこの偉大な成果を、しばらくは誰にも渡さず、彼女と二人だけの秘密にしておきたいと考えていた。
今、彼女は僕の隣に座り、僕と同じ方向を眺めている。
「スポーツ年鑑は買った?」
「ううん。言ったでしょ? わたし、スポーツには興味ないの」
「そういえば、そうだったね」
助手席に未来を乗せ、僕は十年前を目指して勢いよくアクセルを踏み込んだ。
未来交差点 sharou @sharou
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