第11話 朝の会と歌声
シスターが現れるの周りは途端に背筋を伸ばす。そして右足を前にして脚をクロスにして角度30度のお辞儀をピタリと決めた。私も慌てて横のラムやアレンの動きを見て合わせた。
「シスタームル、おはようございます」
そしてピタリと声まで合わせてくる。毎日決まってこの時間にしているのだろう。何もかもが体に染み付いているからこそだろうと瞬時にわかった。
その後は先週の日曜、この間街のみんなに配った三楽章を唱える。その後、「光の川」という歌を歌った。
みんなすごい、これを毎日歌っているんだ。
そして分かる。私の声は浮いていると。
皆の声はピタリと合っている。きれいにはもっているといったものより、どちらかと言うと、来るべき音が来るべき場所にピタリと来たと言ったほうが近い。
そして何よりも明確なのが私の声だ。私の声だけが高い。同じ音の部分を歌っているはずなのに私がどう歌っているのか丸見えだ。私の声だけが聞こえる。際だっている。
なんか…私の声が邪魔してるな…
私はそう思うと自分の声がこの歌に邪魔だと思って音量を下げた。するとみんなの完成された声がすっと聞こえた。
うーん、歌ってこんな難しかったっけ、なんでこんな私の声だけ目立っちゃうんだろう。ちょっと静かにしてようかな…
みんなの声は本当に広くて深くてきれいだった。女性では絶対に出せない深みと女性のような繊細な部分も見え隠れする。
私は後半みんなの歌声に圧倒され、歌っている側というよりも聞いてる感覚に近かった。みんなの歌声に。感心してしまったのだ。でも素直に本当にきれいで私は拍手を送りたかった。
「それでは終わりです。」
そしてシスターの手の弾く音で朝の会は終わった。私はその手の音で心の緊張の糸がピクンっと緩み、なんだかホッとした。
朝の会は終わり、その後食堂に向かって朝ご飯を済ませた。先程まで全員ピタリと怖いくらい揃っていた声たちがガヤガヤと食堂で声を立てる。さっきの雰囲気とは全く違う食堂に私はホッとする。
私はさっきの歌の時間はなんだか居心地が悪かったのでさっさと食べて忘れてしまおうと、モクモクと少し固くなったパンをちぎって昨日の残りのポトの実のスープにつけて食べた。
すると急に私の肩に両手が置かれ、後ろから声をかけられた。
「そんなに急いで食べてはつまらせてしまいますよ」
「う、うぐっ!!し、シスター!」
私に声をかけたのはシスターだった。
急に横に座りに来たシスターに驚き思わず私はその固いパンを喉につまらせてしまった。
「あらあら大丈夫ですか?」
シスターは私の右手を握り、背中に手を当てて擦ってくれた。私がもう大丈夫ですと伝えるとホッとした顔でそれはよかったですと言った。
「急に驚かせてしまってすみませんでした。」
「いえ!声かけられたくらいでつまらせてしまった自分も悪かったです。」
「朝ご飯を食べ終わってから用事はありますか?」
「え?ありませんけど」
というより来たばかりの私に用事があるわけないしこの人は絶対にわかって私にたずねてる。
「それは良かった。昨夜言ったとおりベル、君には男児の振る舞いを叩き込む必要があります。」
「男児の振る舞い…」
そういえばそんなこと言っていたなーと私は昨夜のシスターとの会話を思い出した。
習い子はいずれ教会でみんなの前で少年隊として神に歌を捧げることになるから、この孤児院の子供になったからには男児として生きねばなるぬこと、そしてそのために男児の振る舞いを身につける必要がある。
「今日の歌もその一つです。あなたの声だけ飛び抜けていたでしょ?」
ギクッ!
シスターはニコッと笑って首を傾げ、サラサラの金の髪を垂れ下げて、それを器用に人差し指で耳にかけた。
上で隠れて普段は見えないその男の太い首と肩に私は女性では感じない部分、私にはない部分に不覚にも魅了された。
「こらこら、そんなに見てどうしたんです」
「な、何もありません!」
「ですがそういうことです。こういう一つ一つの所作や身体にどうしても男女を感じさせる部分は見えてしまうということです。」
「はぁ…」
「そして歌声もです。今後皆と歌うときに今日のように際だっていては女児だとすぐに疑われてしまう。これからは私があなたの所作と歌声を正していきます。よろしいですね?(ニコッ)」
「は、はい…」
私はキラキラのその笑顔が近すぎて眩しかったのでサッと横に背けて返事をした。それがシスターは、気に食わなかったのか、私の顎をクッと掴み、クルリと自分の方に向かせた。シスターはそのまま私の顔に迫り再び天使を装った黒い笑みをした。
「よろしいですね?(ニコッ)」
これにNOと答えられる人がこの孤児院にいるのならその方法を教えてほしいくらいだ。私は激しく首を縦に降って同意を示した。
「うんうん。それでは朝ご飯が終わり次第私の部屋に来てください。お待ちしておりますよ。」
そう言うとシスターは席を立ちヒラヒラと手をこちらに降って笑顔で去っていった。
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