努力する少年漫画というテーマ

忍野木しか

努力する少年漫画というテーマ


 友情、努力、勝利。

 良いスローガンだね。少年だけでなく僕の心までも熱く燃えたぎらせる素晴らしい標語だ。単純な三つのテーマ。これらさえ入れておけば荒んだ子供たちの心もガッチリと掴むことが出来るだろう。

 え、最近の主流は違うのかい? 

 主人公の非運にこそ感じるカタルシス。友情よりも恋愛。努力などしなくても、元々最強な主人公。

 どうしてだ。友情、努力、勝利の元に我々は成長してきたのではなかったのか? 

 水魚之交。勇猛精進。百戦百勝。単純明快な三つのスローガンをこそ未来に継承してゆくべき文化だと、僕は思うね。

 なんだって僕の中の君? ふむふむ、単純なスローガンだとして、果たして明快とまで言えるのだろうか、だって? 

 三つの内のどれかが事を複雑にしていると、僕の中の君は考えるわけか。そこまで言うなら、ちょっと考えてみようじゃないか。

 例えば勝利はどうだろう。少年漫画の醍醐味といえば、熱きライバルとの闘争、憎き敵との死闘、ではないだろうか? 勝つ、負ける。勝利は単純明快なスローガンさ。

 む、憎しみは連鎖するだって? 単に勝つだけが勝利ではないと? 

 良いかい僕、この世は弱肉強食なのさ。それを子供の内から教えておく必要がある、と考えての標語では無い、と僕の中の僕も、君にもちろん同意するよ。でもね、憎しみの連鎖も勝利の主題における考えるべき項目の一つさ。勝者がいて、敗者がいる。それを漫画から教わるのも悪くないだろう? そもそも、勝利というスローガンは今でもそれほど崩れてはいない。じゃあ、他にどのスローガンが事を複雑にしてるんだ?

 友情なんて一番単純明快だろう。最も子供に伝わりやすいスローガンさ。むしろ少子化なんて呼ばれる時代だから、多少恋愛をテーマにした作品があっても悪くない。それに僕は、友人の一人もいない漫画の主人公なんて見たことがないね。

 へぇ? 最後に友人の死神に裏切られる作品があるって? 全く、友情に幻想を見ることさえも難しい世の中だって事かい。せめて漫画の中では夢を見させて欲しいもんだ。

 努力。ああ、良い言葉だ。恐らく三つのうちで、最も重要かつ最も難しい言葉だろう。そういえばこの議論のテーマも努力だね。また話が長くなってしまったようだ。

 努力をしなければ人は成功しない。こんな当たり前の言葉に反感を抱く大人も多いのではないだろうか? 

 ふむふむ、成功に大事なのは生まれ持った環境だと? ほぉ、才能が全てだって? なるほど、所詮は運? うんうん、わかるよ、僕の中の君たちの気持ちはよく分かる。

 少年漫画の主人公を描く作者にとっても、友情や勝利と違って、単純な努力の描写ほど苦労の多い主題なのだろうね。ファンタジーの世界の、身長も、寿命も、能力も、平等ではない人たち。彼らの努力にはどうしても限界があるように感じてしまう。だからこそ、親から受け継いだ才能が必要になってくるわけさ。

 長くなってしまったね。では、努力とは何かを先に結論づけてしまおうか。

 目標を実現する為にする苦労だと、人は言う。おや、簡単に結論づけられてしまったよ。元から定義付けされていた言葉だからね。

 待て待て、事はそんなに単純ではない。それならば何故、人は努力に悩み、躊躇する?

 努力をしなさい、と言われたことのない人はいるのかな? いるだろうね。自ら努力の出来る人は言われないはずだ。

 では、言われてやる努力、は存在するのだろうか? 自ら定めた訳ではない目標に向かって苦労する努力。それは果たして努力なのだろうか? 

 少年よ大志を抱け。ふむ、子供のうちから大志を抱ける人なんてどれ程もいるまい。子供は、大抵は、親や教師の定めた目標に向かって努力するものさ。

 この、いわゆる受動的な努力。やれと言われてやる苦労は、果たして努力と言えるのか? 

 おい、誰が定めたものであろうと目標に向かってるのだから努力と言えるのだ、と僕の中の君は言うね? そうやって成功するものもいると。

 ふむ、難しいね、やはり努力を語るのは苦労するよ。僕は、自らする努力の話をしたかったのさ。いわゆる能動的な努力の話。

 させられる苦労を、受動的な努力を、僕は努力とは呼びたくないんだ。そこに創意工夫はなく、よほど導く側が優秀でないかぎり、また、させられる苦労に耐えられる子供でない限り、その努力は実らないだろうからね。つまり、受動的な努力には、環境と、運と、才能が、必要となるわけだ。

 自らする苦労を、能動的な努力を、僕は努力と考える。自ら定めた目標であろうとなかろうと、自ら考えて実践する苦労。能動的な努力の先には必ず見えてくるものがあるはずさ。

 天は人の上に人を作らず、と日本の民主主義の始まりを告げたとある有名人の書かれた紙切れ。財布の中に入っていない僕が貧乏人なのかどうか、を話したいわけじゃない。何が人に差を作るのかと問われて、その人は、天ではなく個人の努力が作るのだと、学問を勧めたよね?

 自発的な努力。他人が定めた目標に自己を啓発されるもよし。能動的な苦労のみを、これからは努力と呼ぶことにしよう、と僕の中の僕は独り呟く。

 それで皆んな成功するのか? と僕の中の君はうるさい。成功も曖昧なテーマさ、いつかその事も議論しよう。

 早く結論付けたいって? そうだね、では結論。

 受動的な努力、させられる苦労を努力と呼んではいけない。

 能動的な努力、自発的な苦労こそが努力の本質であり、少年漫画にふさわしい主題となる訳さ。

 え、難しい? それに反例も多いだろって?

 ああ、そうだね、うん、なるほど。これは少年漫画もスローガンで苦労するわけだ。

 

 

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