第4話「見知らぬ倉庫の中で」

第3話

https://kakuyomu.jp/works/16816452220729151833/episodes/16816452220796927569


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「ええと……あ、ホントにあった! 見て、レーちゃん!」


 謎の敵組織との電話が終わった後。レーとメグは、攫われたユウが残したヒント、つまり机の引き出しの奥を探るべくユウの机のガサ入れを行っていた。

 そこには果たして、くっしゃくしゃに押し込められた紙切れがあった。一見するとただのゴミにしか見えないそれを手にしたメグはレーに問う。


「これだよね、レーちゃん。ユウちゃんが電話で言ってたのって」


「多分ね。でも丸まったゴミにしか見えないけどなぁ。ま、とりあえず開いてみよっか」


「いやその前に重要なことがあるでしょ」


 メグのセリフを聞いた途端。きゅぴーん! と、レーの頭上にレトロな電球が光った。もちろん比喩であるがしかし、レーの表情は本物の電球に照らされたように「ぱぁぁぁ」と明るくなる。


「あぁそっか! ユウが言ってた『お尻の穴にワセリン塗られて』ってくだりね?」


「えっ?」


「確かにそのくっしゃくしゃな丸まり具合、そう見えなくもない。ていうかケツ穴だわ、どう考えても! よし、ここにチューブワセリン突っ込めってことね!」


 ドグシャァァ! ニュルルルル!


 言うが早いかレーは、何故か机の中に入っていたチューブワセリン(お徳用ビッグサイズ100g)の先端を丸まった紙の中心にぶっ刺した。

 迸るワセリン、キラリと光る晴れやかなレーの顔。「あぁぁダメぇぇ」とメグはその凶行を止めようとしたが、時すでに遅しである。


「──な、なんてことを! レーちゃん正気なの!? なんで中身を確認する前にそんなことするの!」


「ユウもバカじゃない。きっと、一見してわからないようにしてるハズよ。つまりこれで隠された文字が浮かんで来るに違いないってワケよ。ワセリンの化学式はCxHy──たしか混合物だから不定、概ねx=15〜20──だから、おそらくこのインク成分となんらかの化学反応を起こして、」


「なワケないでしょ! あぁもう、ギットギトじゃんかもう!」


 デュルデュルとブチ撒けられたワセリンによって、テラテラと光る紙面。開いてみるとユウが書いたであろう文字は無残にも滲んでいた。赤色のインクを使っていたから、見てくれはまさに血文字のそれである。


「あぁぁ、まともに読めないよ! ちょっとしたホラーになってるじゃんか! どうするのよレーちゃん、ユウちゃんからのヒントは!」


「いや大丈夫だって。ある程度読めるし、あたしら仲のいい三姉妹だよ? ユウとメグの文字なら、目ぇ瞑ってても読めるって」


「うわぁ、すぐにわかるウソ!」


「んーと、なになに? ……そのとき悠介は栄吉の巨大な雄っぱいを左手でまさぐり、空いた右手で×××にワセリンを×××──」


「それユウちゃんが趣味で書いてるアブない小説の書き損じじゃん! ていうかレーちゃん、いい加減服着てよ! 縞パン一丁でそんな卑猥な朗読しないで!」




   ──────────────




 遡ること数十分前。三姉妹が住む家から少し離れた隣町。何処歌どこか裸野らのまちに所在する、矢場杉産業の倉庫──。


 ンバッシャァァ、と冷水を浴びせられたユウは途端に覚醒した。濡れる前髪、肌に張り付く服。薄く目を開けると、そこには黒スーツ姿の男女のペアが立っていた。

 女の方はサディスティックな笑みを浮かべてバケツを手にし、男は厳しい表情でその傍に控えている。女はニヤリと蔑むような笑みで言った。


「ようやくお目覚めかしら? こんな埃くさい倉庫でよくもまぁスヤスヤと寝られたものね?」


「あなたたち、誰……?」


「あらぁ、誰とは御挨拶ねぇ。ワタシを知らなくて? いいわ、名乗ってあげる。ワタシは矢場杉産業特異課初期対応班班長、中保須ちゅうぼすデス代ですよ。よろしくね?」


 やたらと芝居がかったカーテシー。パンツスーツだからスカートは摘んでいない。その隣にいた男は、一歩前に出ると背筋を伸ばして大きな声で言った。


「自分はデス代サンの補佐を務めておりマス、コレマジスタン共和国出身、ボック・ワ・コーボスといいマス。以後、お見知り置きくだサイ」


 デス代と名乗った女は20代後半と思われる、豊満な肉体を持つナイスバディな女だった。例えるなら今にもリフトオフしそうなロケットおっぱい。ユウの薄い胸とは残念ながら、何段階も違っていた。

 そのデス代の横に立つボックという男は、確かに日本人の顔立ちではない。彫りが深い顔と、猛禽類を思わせる眼差し。その佇まいから二人とも只者ではないとユウは察した。咄嗟に身構えようとするが、後手に縛られたロープが邪魔をする。


「おバカさんねぇ、あなたを自由にするわけがないでしょう? 無駄よ、無駄。助けも来なくてよ」


「抵抗はやめてくだサイ。デス代サンの言うとおり、その行動は無意味デス。自分、縛るのは得意デス。ヒキタテンコーでもきっと抜けられまセン」


 ユウは二人を強く睨んだ。しかしそれで事態が好転するはずもない。ガチガチに固められたロープは、生身の身体ではびくともしなかった。


「あらぁ、いい表情。それ、そそるわぁ」


「自分もそう思いマス。とてもいい眺めデス。自分、一度でいいから例の言葉を聞いてみたいと思ってまシタ」


「例の言葉って何かしら、ボック?」


「気高き女騎士が捕らえられ、醜悪なオークを目の前にして言うあの言葉デス。自分、ちょうどカタコトの言葉デスので、シチュエーション的には完璧に合致カト。さぁ女、言うのデス。『くっ、殺せ!』と──」


「やだぁ、もうボックったら。性癖が少しばかり特殊じゃあなくて?」


 クスクスと楽しそうに笑うデス代に、ユウは何も言えなかった。これはまずい。縛られて身動きが取れない上に、かなり出来そうな二人組。おまけに密室、きっと防音措置もされているのだろう。

 それにデス代は「矢場杉産業」と名乗っていた。表向きは手広く商売をする企業だが、裏ではいい噂を聞かない悪徳企業だ。ある筋の情報によると、本気で世界の支配構造を変えようとしている連中らしい。

 相手が本当に矢場杉の手の者だとすると。ここは相手の出方を窺う必要がありそうだ。


「あなたたち、一体なにが目的なの……?」

 

 ユウがその言葉を発した瞬間。目にも留まらぬ速さでデス代の蹴りが飛んできた。ガードも出来ぬクリーンヒット。


「やっぱりどこまでもおバカさんねぇ? 誰が自由に発言していいって言ったのかしら? あなたに許可されているのは、『くっ、殺せ!』ってセリフだけよ?」


「デス代サン、素晴らしいデス。自分、デス代サンの部下で幸せデス」


 くっ……、ユウの唇から血が滴り落ちる。しかし、相手の言いなりになってはいけない。何もわからない状況だが、それだけは確かだと思えることだった。


「……残念だけど、私はあなたたちの言いなりになんかならないわ。そんなセリフ、言ってやるもんですか。絶対にね」


 ──パァン! また頬が蹴られる。寸分違わず、さっきと同じ位置。やはりこのデス代と言う女はキャラ立ちとは裏腹にかなり出来るヤツだ。

 ユウはせめてもの仕返しにと、口の中に溜まった血をデス代の靴にペッと吐きかけてやる。もちろん即座に飛んで来たのは、三度の鋭い蹴りだった。


「ふん、見上げた根性だこと。ただ単に肉体を虐めても、心は折れなそうね? まぁいいわ、教えてあげる。ワタシたちの目的はよ。心当たりがあるんじゃなくて?」


「あの服……? なんのこと?」


「しらばっくれても無駄よ、無・駄。あなたがだってことは随分と前から掴んでるの。そのあなたが単独で、スーパーで買い物してるところを発見するだなんて、ワタシたちは本当にヒキが強いわぁ、ねぇボック?」


 ボックはポケットからハンカチを取り出し、跪いてデス代の靴を磨いていた。はぁぁと靴に息を吹きかけ、さらに強く磨くボック。作業を続けるボックは、視線だけを上げて言う。


「そのとおりデス。自分たち、ラッキーデス。その女が粒マスタードを手に帰ろうとしていたところを、強襲でキタ。これを僥倖と言わずシテなんと言うのでショウ」


 ……そうだった、とユウは思い出した。レーとメグのために夕食を作っていた。ウィンナーだ。ユウたち三姉妹の中ではウィンナーに粒マスタードは必須。なのに肝心のそれを切らしていた。これでは画竜点睛を欠く。だから歩いて三分のスーパーまで仕入れに行った。その帰り道で襲われ、意識を失ってしまった……。


「さて、二度は言わないわ。を寄越しなさい。そうすれば、あなたの姉妹だけは助けてあげてもよくてよ?」


「……あの服で、一体何をするつもりなの」


「──それは私から説明しよう」


 ガチャリと倉庫のドアが開かれて。同じく喪服のような黒スーツ姿の男が入ってくる。それを見るなり、デス代とボックは素早い動作で頭を下げた。


「……ユウくん、と言ったかな。私はオレガ・クロ・マーク。矢場杉産業特異課課長を務めている。マーク、と親しみを込めて呼んでくれるかな」


「オレガ・クロ・マーク……?」


「さて、端的に言おう。で何をするか、だったね。私たちはあの服を完全コピーし、世界の支配構造に変革をもたらすつもりだ」


 どういうことだ。ユウはマークを睨み続けるが、意に介さない様子でマークはニヤリと笑った。


「──平たく言うと、世界征服ってことさ」





【第5話に続く!】


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