デス・ジャッジメント・クリアランス ~危険な三姉妹の物語

薮坂

第2話「夜は短し走れよ三姉妹」

第1話


https://kakuyomu.jp/works/16816452220729151833/episodes/16816452220729201270



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 見上げれば、頭上には煌めく無窮の星。夜風は穏やかで心地いいが、初夏のそれは少しだけ熱を孕んでいる。

 三女のメグは、長姉たるレーの服を片手に、ふんふんと鼻歌まじりで夜の道を歩いていた。


「ふーんふーんふーんふーん、ふんふん」


 某人型汎用決戦兵器の登場を彷彿させるBGMだったが、ある意味で間違えてはいない。長女のレーは、まさに決戦兵器と呼べるポテンシャルを持った女だった。

 具体的に言うと、まさに脳筋なのである。可愛さとか可憐さとか淑やかさとか、おおよそ女性を表しそうなパラメータは全てフルスイングでドブに投げ捨て、「身体能力」に特化した存在──、それがレーなのだ。


 次女のユウ、三女のメグと同じ両親から生まれたはずなのに、こうも特性が違うのは何故だろう。

 きっと正しく人生を歩んでいたら、何かしらのプロスポーツ選手になれたに違いない。

 しかし悲しいかな、によってそれは叶わぬ夢となってしまった。その奇癖というのが、この現状なのだ。


 長女のレーは時折、記憶の連続性に断絶が見られる。つまり目を覚ました時、そこがどこであるのかわからない時があるのだ。さらには。その時は確実に、ほぼ間違いなく──、となっている。それこそがレーの奇癖。いや奇行である。


 それって、べろべろに酔っ払ってワンナイトで楽しんだ翌朝なんじゃね? というツッコミがあるのはもっともだろう。しかしレーは本人の意思とは裏腹に、未だ純潔を貫いているのだった。

 この奇行の原因は不明。きっと残念ながら頭がおかしいに違いない。いったいどの世界に、気がつけばほぼ全裸で寝ている年頃の女性がいるというのか。

 しかも目覚める場所は様々。河川敷の草むらだったり、公園の遊具の中だったり、飲食店街の路地裏だったり。

 珍しいところではUFOキャッチャーの筐体の中、なんてのもあった。それを聞いた時はさすがに、メグは本気で付近の心療内科を調べたものだ。


 レーの奇癖に一番悩まされているのはレー本人ではなく、三女であるメグだ。メグは一番の常識人。つまりいつもこうして割りを食っている。

 しかしもう慣れたもので、今日もやれやれと頭を振りつつ鼻歌を続けながら、レーに指定されたコンビニへと足を向けていた。



 そろそろその鼻歌も曲調が変わろうかというころ。ポケットの中でスマホが「すぽん」と音を立てた。慣れた手つきでロックを解除すると、レーからのメッセージが新着として表示されている。


「やばい。このコンビニ、『トイレは10分まで!』ってデカデカと張り紙されてる。長いこと籠もってれば緊急事態として強制解錠する場合もあるって。どういうこと?」


 どういうこと? はこっちのセリフだ。メグはまた小さく溜息をついて、少しだけ歩みのスピードを上げるが、その間もスマホはすぽすぽと鳴り続ける。


「早く」

「お願い」

「ノックされた」

「10分杉田」

「やばい」

「あけるって言ってる」

「矢場杉」

「ガチャピン」

「もうだめ」

「死」

「死」

「死」


 すぽんすぽんと音を立て、矢継ぎ早に送られてくる短文のメッセージ。誤変換が所々混じっているのは退っ引きならないことになっているからだろう。


 ──まったく、世話の焼ける姉だ。

 しかし背に腹はかえられない、とメグは思う。身内から被逮捕者が出るのはどう考えても外聞が悪いし、しかも罪状は公然わいせつだ。これでは格好が悪すぎる。

 はぁー、と今度は大きな溜息をひとつ吐いて、結局メグは早足をダッシュに変えたのだった。



    ──────────────



「……あのさぁ、メグ」


「なに? レーちゃん」


「助けてくれたのは、ヒジョーに感謝してんだけどさ」


 レーとメグ、二人並んで歩く帰り道。レーは暑いからか、着替えたジャージのジップを少し下げて言う。


「もうちょい助け方ってもんがあんじゃない? あれじゃあたし、やっぱどう考えても死んだじゃん、社会的に。あの状況で『身内でーす、処理に来ましたー』って着替え持ってトイレに入られたらさ、あたしどう考えても中で漏らしてんじゃん。完全に事故後じゃん」


「漏らしても捕まんないけどさ、全裸で街を走ってたらお巡りさんに捕まるよ、きっと。もしかしたら貧乳好きのお巡りさんだっているかも知んないし」


「それはそうなんだけどさぁ、せめて着替えを袋の中に入れたりとかさぁ、『急病人が中にいるんです』って言うとかさぁ。もっとあるじゃん? 気配りというか何というか」


 むすっとした顔でレーは答える。胸元のジップはさらに下方向へ。対するメグはもちろん呆れ顔だ。


「レーちゃん、ジップ下げない。いくら小さくてもそれ素肌にジャージなんだから、屈んだら見えるからね。もう飽和してるけど、わたしの前でこれ以上変態になろうとしないでよ」


「飽和ってなによ。あたしはそこまで変態じゃないし」


「レーちゃんが変態じゃなかったら、一体誰が変態だって言うのよ」


「んー、まぁユウとか?」 


 次女の名前が出て、メグは思わず納得してしまった。まぁ確かに。アレもアレである意味変態である。


「はぁー、姉が二人して変態だなんて。わたしはもう先が思いやられるよ。レーちゃんはどこでだって脱ぎ出す公然わいせつ魔だし、ユウちゃんはユウちゃんでアレだし。まぁ、おかげでわたしがマトモに見えるから、メリットはすこーしだけあるけどさ」


「待て。自分で脱ごうとしてるワケじゃないからな。気がついたら脱いでんのよ、意思とは無関係に」


「いやいやそっちのがヤバいからね。だいたい、どうやってそうなっちゃったの? 冷静に考えてみたらさ、記憶なくなってほぼ全裸で目覚めるとかヤバいよ? 宇宙人にキャトられた、ってほうがまだ説得力あるよ」


 言われたレーは、薄めの胸の上で腕組みをして黙考する。この事象が起き始めた当初、文字通りのパンイチで家に帰ってきたレーを見てメグは驚いたものだった。

 しかし慣れとは怖いもので、最近は「まぁいっか」と思い始め、今では自然にレーの着替えを準備しているメグがいた。刺激の鈍感とは、げに恐ろしい事象である。


「で、どうなのレーちゃん。そもそも治るの、この病気は」


「人を病人あつかいするなっての」


「……病気じゃない方がヤバいんだけどなぁ。ま、いいよ。今日はとりあえずさっさと帰って、ユウちゃんが作ってくれる晩ごはん食べようよ。そうだ今日の当番、ほんとはレーちゃんだったんだからね。後でちゃんとユウちゃんにお礼言うんだよ」


「へいへい、りょーかい。とりあえずあたしもお腹空いたし、さっさと帰ろう。今日の晩ごはん何かな?」


「家を出る前、ユウちゃんはウィンナー焼いてたけど」


「ウィンナー! 大好物! よし、ダッシュで帰ろ!」


 ……小学生かよと呆れながら、メグはレーの後を追った。



    ──────────────



「ただいまぁー、ユウちゃん。レーちゃんはとりあえず大丈夫だったよー。って、ユウちゃん?」


 ……おかしい。返事がない、というか気配がない。キッチンからウィンナーの焼ける香ばしい香りが漂って来ているが、それを焼いていたであろうユウの姿がない。

 キッチンには火が止められたフライパン。その中に沢山のウィンナーが入っているし、他の食材もまな板の上に乗っかっていた。完全に料理の途中、という具合だ。しかし、肝心のユウの姿はどこにもない。


 そう言えば、家にカギは掛かっていなかった。メグが慌てて玄関に引き返すと、ちょうど靴を脱ごうとしているレーがいる。


「レーちゃん、ユウちゃん見てないよね?」


「メグが先に入ったんだから、見るわけないじゃん。ていうかユウいないの? なんで?」


「わかんない。明らかに料理の途中って感じなんだけど」


「ユウのスマホ鳴らしてみれば?」


 言われてメグは、ポケットからスマホを抜いてユウに電話を掛けた。途端にリビングから着信音が聞こえる。


「……スマホ、置きっぱなし? トイレに入る時もスマホ持っていくあのユウが?」


「ちょっと待って。ユウちゃんの靴がない」


 玄関のいつもの定位置。そこにユウの靴が忽然と消えていた。ということはつまり、ユウは何らかの理由で家を出たということに他ならない。


「いつものが掛かったんじゃない? いつも急に呼びされるじゃん、ユウって」


「スマホを置いて? わたしたちに連絡どころか書き置きもせずに? ていうかそもそも、だってハンガーに掛けっぱなしなんだよ?」


 ──これは異常事態だ。

 作りかけの晩ごはんを放置したまま、次女のユウがいなくなった。しかもを置いて、である。


「あの服がなかったら……」


「──ユウちゃんなんてただの繊細拗らせメンヘラ女じゃん!」




【第3話に続く】










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