第6話「禁断の計画」


「ユウ!」

「ユウちゃん!」


 うさ耳魔法少女巨乳メルヘンバニーの能力により、レーとメグは首尾良く矢場杉産業の倉庫へとテレポートした。一体どう言った理論で、などと言ってはならない。のだ。そこに議論を差し挟む余地などないのである。

 とにかく。10回に1回くらいの確率で狙ったところにテレポートできるメグの能力が、今回はたまたま成功した。そういうことである。


 レーとメグの眼前に、倒れ込むユウと傍に立つマークが見える。考える前に身体で反応したのはもちろんレーだ。爆発的な勢いで地面を蹴立てユウに近づこうとしたのだが、すんでのところでそれは阻まれる。

 超人的なレーの加速に待ったをかけたのは、恐ろしく鋭いデス代の蹴り。いつのまにそこに……? レーは首だけでそれを躱すが、その頬に爪先が触れた。僅かな接触だったのにもかかわらず、レーの頬は赤く腫れ上がる。レーをして躱しきれないあの蹴りは、まさに本物に違いない。


「あらぁ、誰が動いていいと言ったのかしら? お行儀の悪いメス犬は嫌われてよ」


「はっ、誰だか知らないけどどっちが行儀の悪いメス犬よ。そっちこそ足癖が随分と悪いんじゃない?」


「あらあらまぁまぁ。縞パン一丁で吠えられても困るのだけど。これはきちんとした躾が必要なよう……ねッ!」


 そのセリフを言い終えた瞬間、デス代の姿が消えた。いや消えたのではない。そう見えたのは、ありえない加速でデス代がレーに迫ったからだ。まさにレーのお株を奪う高速移動。虚を突かれたレーは、チューブワセリンを持ったままの棒立ち。その喉元にデス代の蹴りが刺さると思った瞬間、不意にその脚がピタリと止まった。まるで不可視の壁に遮られたように。


「……フン、うさ耳女か」


「させないよ」


 いつの間にか、メグの手には小振りな杖が握られていた。その頭部には、うさ耳の意匠が施されている。メグはその杖を一閃。ぽこぽこと拳大の白いウサギが出て来たかと思えば、それらは一気にデス代へと迫る。まるで血に飢えた野獣のごとく。


「これでも食らえ! 白兎・ミサイル!」


「ぬぅん!」


 気合一閃、筋骨隆々とバルクアップしたボックが白兎の前に立ちはだかる。スーツが張ちきれんばかりの漢気100%だ。その肉壁に当たった瞬間、ミサイルは霞のように霧散した。ボックは腰を落とした姿勢のまま、微動だにしていない。


「うさ耳バニガール、デスか。これはイイ。実に自分の好みデ──」


 一瞬の隙をついて、今度はレーが踊った。ボックの膝を足場に、小さなジャンプとともに神速の膝蹴りを顎に見舞う。あれは紛うことなきシャイニング・ウィザード。


 ──しかし。その攻撃さえも凌ぐボックの防御力もまた、本物であった。


「くっそ硬い……!」


「レーちゃん、下がって! あいつらかなりやり手だよ」


「わかってる! メグ、連携お願い!」


 さすが姉妹、と言ったところだろうか。レーはワセリンを前方に飛ばし、滑るように加速。突っ込んだレーの背中を見た瞬間、メグは杖を振りつつ魔法を詠唱する。レーのターゲットばボックだ。正面からの攻撃が効かないとなると、自ずと狙いは背中となる。つまりレーには足場が必要だ。ボックを超え、その背中に一撃を見舞うためのジャンプ台が。


「来て、ウサギたち! 黒兎・ウォール!」


 にょきにょきと地面から壁のように黒兎の幻影がせり出す。レーはそれに足をかけ大きくジャンプ、するのだが──。


「甘い甘い甘いわぁッ!」


 デス代の蹴り上げを食らい、レーは後方に大きく飛び退いた。着地は成功するが、位置はメグの横。振り出しよりも遠い位置である。


「あらぁ、いい顔。もっと苦悶に歪んで頂戴。高まるったらない……わッ!」


 縮地かと思うほどの電光石火。ほぼノーモーションで放たれたデス代の右ハイが、レーの顔面に迫る。

 しかしそれを止めたのは、マークの優しげな声だった。


「デス代、ボック。少し落ち着きなさい。我々はこの三姉妹と話をしようとしているのだよ。平和的解決、これは社是だ。拳で語り合うのは交渉が決裂してからだと、いつも言っているだろう?」


「……は。申し訳ありませんでした」


「すみまセン、マーク課長」


「わかればいい」


 攻撃態勢を解き、後ろに戻ったデス代を見たマークは微笑むと、そのままの顔でレーとメグに向き直った。ゆったりとした余裕の仕草。かなりの強敵を思わせる立ち居振る舞いだ。


「さて、長女のレー君と三女のメグ君だったね。私はマーク。オレガ・クロ・マークだ。矢場杉産業特異課課長を務めている。電話でも話したが、どうだね? 我々の取引に応じる気はあるかな」


 片や縞パン一丁女、もう一方は巨乳バニーガール。いささか扇情的すぎる二人を前にしても、マークは眉ひとつ動かさない。こいつ、EのDなのか……? とレーは考えるが、その思考を止めたのはユウの言葉だった。


「だめだよ、二人とも! あの服だけは絶対に渡しちゃダメだからね!」


「言われなくても、わかってるよユウちゃん」


「ユウ、すぐに助けてあげるから!」


 メグとレーはそう言いながら、眼前の敵たちに身構える。二人とも確実に強い。それよりも不気味なのは、その強い二人に易々と命を下すマークの存在だ。


「さて、続きだ。もう一度だけ問おう。あの服を我々に渡す気はあるかね? 我々は平和的解決を是としている。できれば無益な争いはしたくないのだか」


「ハッ、笑わせないでよこの喪服ED野郎。ユウを掻っ攫っておいて、平和的解決ですって? お生憎様ね、あたしたちは交渉になんて応じない。欲しければ力尽くで奪うのね」


「力尽くで奪うなど児戯にも等しい行為だよ、レー君。我々がその気になれば2分と掛からない。君もギフテッドなら、それくらいはわかるだろう? 圧倒的な戦力差というものがね」


「ギフテッド……?」


 マークは薄い笑いを浮かべたまま、歌うようにセリフを続けた。


「レー君とメグ君、君たちは与えられし者ギフテッドだ。生まれながらにして人を超えし存在なのだよ。レー君が普通の人間より遥かに強靭な肉体を持つのも、メグ君が人智を超えた魔法力を身に纏っているのも、それは君たちが『セカイ』に選ばれたからだ。その力を望んだのか望んでいなかったのかは問題ではない。その能力がすでに君達に備わっている。それが問題なのだよ」


「……随分と周りくどいね。もっとハッキリ言ったらどうなの、黒服のお兄さん? あとその口調、どうにかならないのかなぁ。はっきり言って、ウザいんだけど」


「メグ君、君はこの三姉妹の中でも比較的マトモだと聞いていたが──、そうではないみたいだね。まぁいい。では端的に言おう」


「ハッ、どうせアレでしょ? ユウの服どころか、あたしたちの能力も欲しいってことじゃないの? 言っとくけど、あたしらも迷惑してんの。でも捨てたり誰かにあげられたりする能力じゃないのよ、コレは」


 マークはクスリと小さく笑った。後ろに控えるデス代もボックも同じように笑っている。そして再び、マークは口を開いた。


「残念だが、君達二人の能力など狙ってはいない。むしろそれは淘汰されるべき能力だとも思っている」


「──は? あんたさっきから何を、」


「我々が欲しいのは、ユウ君の服だけだ。を強化し、一廉ひとかどの戦闘員へと変貌させるピンク・レオタード。それしか眼中にないのだよ。そしてあのレオタードこそ、我々の宿願を叶えてくれる最後の切り札ラスト・リゾートだ」


 私たちの能力に興味がないだって? メグは魔法の杖を構えたまま考える。あのマークという男は、何が目的なのか。レオタードを手に入れて、どうするというのか。


「説明が必要だろうから、続けさせてもらおう。我々は、今のこの世界は間違っていると考えているのだよ。だっておかしいだろう? どれだけ真面目に生きて努力をしても、天から能力を与えられた君達のような人間には逆立ちしたって敵わない。人間の努力を嘲笑うのが君達のような存在だ。どうだいユウ君。内心、君も思っているんじゃないのかい? 、とね」


「な、なにを──」


 ユウは言葉を返す。しかし。心のどこかで引っかかるのだ。マークの言っていることは、一部正しいのかも知れないと。


「レー君は人を軽々と超えた身体能力。メグ君はこの世の理を異にした魔法力。はっきり言ってそれはチートだ。並の努力で一介の人間が太刀打ち出来る力ではない。どうだい、不公平だと思わないか? 姉と妹とは違い、君は何も持っていないんだからね、ユウ君」


「か、仮にそうだったとしても、レーちゃんもメグもズルなんてしてない……」


「あの二人はそうかも知れない。だが、他のギフテッドたちはどうだ? 能力にかまけて、ズルをしているんじゃないのか? 大した努力もしていないのに、ちやほやされる人間たちは皆、ギフテッドだ。そいつらをどう思う。一般人としてどう考えている、ユウ君?」


「違うわ、ユウは一般人じゃない。あたしたちと同じ、あの服に選ばれた存在なのよ! あたしたち三姉妹の中でも、ユウは一番強いんだから!」


「レー君、君は本当に脳筋だね。わからないのか? ユウ君は『セカイ』に選ばれたのではない。たまたま、あの服のサイズに合致しただけだ。つまりユウ君も我々と同じ、持たざる者なのだよ」


「持たざる、者……?」


 マークの言葉に揺さぶられ、ユウは堪らずぽつりと漏らす。確かに。確かにそう思ったことはあった。

 どうして自分には、何もないのかと。姉と妹と違って、自分はあの服がなければ何もできない。あの服にたまたま選ばれたのが自分だっただけ。たまたまサイズがあっただけ。

 違う人が選ばれていても、全然おかしくない。確かにそうだ。その通りだ。


 卑屈になるユウの考えを、打ち消すかのように叫んだのはバニーガールのメグ。メグは強い眼差しで言葉を返す。


「何を言って……、あなたたちはわたしたちより強いじゃんか! なにが持たざる者なのよ!」


「いいや、我々は持たざる者だよ。レー君とメグ君のようなギフテッドを羨望する一般人なのさ。張り合えているように見えるのは、寿命を削ってチカラを得るクスリを使っているからに過ぎないのだからね」


「クスリですって?」


「そう、クスリだ。故に我々の寿命はもう幾許もない。しかしその服があれば話は別だ。我々がその服を量産し、この世に蔓延るギフテッドたちを無力化していく。寿命を削らずに悪のチーターどもを一掃し、ヤツらの席を一般人で置換していくんだ。すると世の中はどうなると思う? 格差がなくなった素晴らしい世界になると思わないか?」


 両手を広げ、マークは続ける。さながらそれは、世界への宣誓のように。


「我々、矢場杉産業は世界のバランスを元に戻す。正当な努力が報われる、そんな世界に作り直すんだ。それこそが宿願、それこそが我が社の社会的責任CSRだ」


 マークは一旦、言葉を止めて。そしてユウに跪くと、優しい言葉をかけた。蕩けるように甘い言葉を。


「さぁ、ユウ君。我々と共に目指そうじゃないか。普通の人が報われる、ごく普通の当たり前の世界を」


「……本当に、そんな世界が作れるの? 普通の人の努力が、普通に報われる世界を……?」


「もちろんだ。ユウ君が我々の手を取ってくれさえすればね」


 差し出されたマークの手。ユウはそれを──、おずおずと、ゆっくりと握りしめる。


「さぁ行こう。今この瞬間、反撃の狼煙は上がった。我々一般人が、ギフテッドたちを一掃するプレリュード。人類置換計画の始まりだ」





【禁断の第7話に続く!】


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