笑顔の挨拶を
雪ノ山 噛仁
笑顔の挨拶を
「おはよう」
笑顔で前を歩く女子生徒――
「……ん」
私をチラッと見て確認し、
いつもだったら『おはよう
あの日から私と彼葉、何かがおかしくなった気がする。
「キミが好きだ」
私が告白されたのは数日前。
相手は違うクラスメイトの男の子。
――彼葉の男友達の一人だ。
私と違って彼葉は明るく社交的で、誰とでも仲良くなれるタイプ。
対して私は大人しくて騒がしいのが嫌いで、人見知りをするタイプ。
正反対の私と彼葉。
どうして仲良くなったのかといえば、小さい頃からのずっと一緒――
気が付いたらよく一緒に居て、一緒に遊んで、たまに一緒に寝食を共にしてたり。
人見知りをする私に気遣ってか、彼葉は仲良くなった友人たちを私に紹介してくれた。
そのお陰で今では仲のいい友達もできたし嬉しかった。
告白してきたのはつい最近彼葉に紹介された一人。
少ししか話したことのない男の子からの告白。
その上、生まれて初めて告白された、どう返せばいいのか、頭が真っ白。
こういう時、彼葉だったら――彼葉。
その名前が、彼女の顔が頭の中に浮かび、私の心がざわついた。
何故かはすぐに分からなかったけど、『ああ、そっか』となんとなく理解できた。
――私は、彼葉が好きなんだと。
「ごめんなさい。私――好きな人がいる、みたい……」
その告白は、歯切れが悪いけど、どうにか断った。
でもそれからだ――急に彼葉が私を避け始めたのは。
いつも一緒に登下校していたのに。
休み時間よく一緒に話をしてたのに。
寝る前にメールとかしてくれてたのに。
今日も、『おはよう』って笑顔で言ったのに。
「きっと彼葉、瑞姫に告白してきた人が好きだったんだよ」
友達がそう言ってきたりするけど、肝心の本人が否定している、らしい。
らしい、っていうのは今日もその彼葉と一言も話せていないから。
直接本人の口から聞きたいけど、私とは話してはくれない。
どうすればいいの?
「ねぇ瑞姫、明日さぁ暇?」
家の前で私に声が掛かる。
その声は――身が焦がれる程聞きたいと望んだ彼葉の声。
「うん、一応……」
「そっか、それじゃどっか行かない?瑞姫の行ってみたい所とかさ」
「……そんなすぐに思いつかないよ」
――彼葉と一緒だったらどこだって、楽しいに決まってるし。
でも、行ってみたい所かぁ。
「でも……新しい服、見に行きたいなぁ」
「ん、おっけー。それじゃあ朝迎えに行くから」
「え、あ、うん……また明日」
私がそう言うと彼葉は軽く手を振ってから足早に去っていった。
今まで私を避けていたのに、何で急に話しかけてきてしかもどっか行こうなんて。
そんな彼葉を不思議に思いつつも明日が待ち遠しくなっている私がいた。
翌朝、迎えに来るといった時間通りに彼葉が来た。
私は笑顔を浮かべて、
「おはよう彼葉」
「――うん、んじゃ行こうか」
私の挨拶をやっぱり素気無い態度で返す彼葉。
そんな彼葉を見て、内心むっとしながら彼葉の後に付いてを歩く。
「瑞姫に似合う服があって良かったじゃん」
「……えへへ、ありがとう彼葉」
色々服を見て回っていたら丁度お昼になり、いい匂いに誘われふらっとカフェに立ち寄る私と彼葉。
横には先程買った私好みの服が入っている紙袋。
私は紅茶、彼葉はコーヒーを、それと具材が違うサンドイッチをそれぞれ注文する。
「……やっぱ、彼葉と居ると楽しいなぁ」
はにかみながらそう言うと、彼葉は私から視線を逸らしなにやら考え込む。
だけどすぐに彼葉は口を開く。視線は逸らしたままだけど。
「――うん、私も、瑞姫と居ると楽しい」
良かった、楽しくないとか言われたら私立ち直れなかったかも。
その直後にお店の人がやって来て注文の品物を持ってきてくれた。
私が紅茶の香りを楽しんでいると、彼葉はコーヒーを一口飲んでから真面目な表情になる。
「……アイツ、振ったんだって?」
その言葉に私の手が止まり、少ししてから持っていたティーカップを静かに置いた。
「……うん」
「好きな、人がいるって言ったみたいだけど……マジ?私も初耳なんだけどさ」
そう言ってからコーヒーカップに口を付け、一口啜る彼葉。
私は躊躇いがちに頷くと彼葉は、はぁーと長い溜息を吐く。
「まぁじかぁー……そっかそっかぁ、ちゃんと瑞姫にも好きな人が居たんだねぇ……」
持っていたコーヒーカップを置いて、腕を組みうんうんと頷く彼葉。
「それで?その好きなヤツって誰なの?」
「……内緒」
言える訳がない、目の前の人物がそうなんだから。
「もしかして私の知ってる人?――アイツかな?それともアイツ?」
「内緒だってばぁ……そういう彼葉はどうなの?好きな人とか居るんでしょ?」
私はサンドイッチの一切れを口に運びながら聞いてみる。
まあ、彼葉の好きな人の話とかあんまり聞きたくないけど。
「私の好きな人?……いや、まあ、ねぇ。……私も内緒ってことで」
えへっと笑顔を浮かべて、目の前のサンドイッチの一切れを頬張る彼葉。
彼葉の好きな人の名前を告げられずに済んで良かったのかどうか。
しばし二人とも無言でサンドイッチを頬張る。
「それじゃあ、お互いの好きな人の性格がどんなだとか特徴とか言い合いっこしようか?」
私の好きな人をどうにか特定したいのか、サンドイッチを頬張りながら彼葉がそう提案する。
「……すぐに分かっちゃうんじゃないかなぁ?あと彼葉、私が言った後に言うの止めたとか言い出しそうだし……」
「い、言わないって。……ちょっと思ったけどさ」
視線を泳がせながらコーヒーを啜る彼葉。
また二人の間に沈黙が訪れ、店内の軽快なBGMが良く響いている。
「まあ、瑞姫の好きな人の事は後でじっくり聞きだすとして――この後はどうする?」
コーヒーカップを置きながら彼葉はこの後の予定をどうするか聞いてくる。
私は可愛い服とかも買えたし、彼葉とも楽しく過ごせたからこの後なんて考えてなかったし。
「私は十分楽しんだから――今度は彼葉の番だよ。彼葉はどこか行きたい所とかある?」
私の言葉に腕を組んでう~んと唸りながら考え込む彼葉。
「……それじゃあ、さ――」
「はいどうぞ、召し上がれ」
エプロンを外しながらそう彼葉に声を掛ける。
テーブルの上には彼葉の大好きなポテトコロッケが山盛りになっている。
「いただきまーす♪――うーん、やっぱ瑞姫の作ったコロッケは最高だねぇ」
満面の笑顔で私の作ったコロッケを頬張る彼葉。
彼葉の希望で私の家で晩御飯を食べたいって事で、帰り道に食材を買って急いで準備したんだけど……良かった、彼葉喜んでくれてる。
――そんな笑顔の彼葉に私はある疑問を投げかけてみた。
「……ねぇ、彼葉は何で今まで私を避けていたの?」
彼葉の対面に座りながらじっと彼葉の目を見つめる。
最初はどう誤魔化そうか考えている様子の彼葉だけど、私の真剣な眼差しに気付いてか箸を置き姿勢を正し口を開く。
「――嫉妬、かなぁ。多分。まあ……なんか色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざっちゃってさ。気付いたら、瑞姫から、距離取ってた」
嫉妬、かぁ。
やっぱり彼葉はあの男子が好きだったんだ。
……ちょっとショックかも。
「瑞姫、本っっっ当にゴメン!!瑞姫は変わらずに接していてくれたのに、私は瑞姫を無下にあしらって……瑞姫、怒ってる、よね……?」
土下座でもしそうな勢いで彼葉は頭を下げる。
「――大丈夫だよ、彼葉。私、怒ってないし」
「本、当?」
恐る恐る頭を上げる彼葉の頭を優しく撫でる。
「うん、むしろやっと彼葉とこうやって話せて、彼葉の態度の理由が分かってスッキリしちゃった」
多少のショックは有ったけど、それでも私は彼葉は好き。
彼葉が私以外の誰かを好きなって誰かと付き合い始めても構わない。
その時は、私は仲の良い幼馴染の友人を貫けばいいんだし。
「だからこの話はもうおしまい!……私から聞いておいてなんだけど」
「……ふふっ。そうだね、瑞姫の作ってくれたコロッケも冷めちゃうし、楽しい話題をしよっか」
楽しいひと時も過ぎ、私は彼葉を見送る為外に出る。
「それじゃあ、また明日ね彼葉」
「うん、瑞姫また明日」
そう言って彼葉は歩き出す、けど数歩の所で立ち止まり私の方に向き直る。
「ねぇ、瑞姫」
「なに?」
「もし――瑞姫が好きな人に告白する時は、真っ先に私に教えてよ?今は何も聞かない代わりにね」
「うん。でもそれは彼葉もだよ?内緒のまま告白しちゃ駄目だからね?」
彼葉は笑顔で『分かった』って口パクしてからまた歩き出した。
でもきっと私が彼葉に報告することはないだろうなあ。
私が彼葉――女の子が好きって知ったら彼葉が気持ち悪がるかもしれないし。
……だから、今のうちに覚悟しておこう。
いつの日か彼葉が私以外の誰かに告白する事を。
でもそれまでは――
翌朝。
家を出てすぐに彼葉の後ろ姿が見える。
私は小走りで彼葉に近づき――腕を絡ませ、手を握る。
「おはよう彼葉♪」
最初多少驚いていた彼葉だけど、すぐに笑顔になり私の手を握り返しながら。
「おはよう瑞姫♪」
私が何よりも待ち望んだ朝日より眩しい彼葉の笑顔。
――今は私が隣で独り占めしてても、いいよね?
笑顔の挨拶を 雪ノ山 噛仁 @snow-m-gamijin
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