Midnightblueの私の終わり

演奏後、案の定だなと思いつつ私は拍手を送る。いい意味でも悪い意味でもの「案の定」。様々な含みを持っての言葉は結構存在している。


「無茶だ」


琴が小さく呟く。私も実は同感だった。それでもこの曲をみんなでやりたかったから何も言わなかった。無言は肯定を表す。そんな簡単なことでさえ、今の私にはどうでもよかった。


「わかってたでしょ?」


魁璃が私に言う。その笑顔の冷たさに息を呑む。まるで責めてるようだ。この表情を私は見たことがない。最近の、私らしくない恐怖感がまたよみがえる。


「バレてたか」


私は魁璃に言う。笑い混じりの声は静まり返った部屋で空虚な響き方をした。この部屋の「響く」といういい所が最大限に悪く傾いたシーンだった。それが嫌な予感に拍車をかける。怖い。だって、私は彼らのこんな顔を見た事がないんだから。加えて言えば、心臓の鼓動が早鐘を打つように鳴っていた。それが聞こえている時点で異常事態だ。漫画で読み、映画やドラマ、アニメで見たようなシーンが近づいている気がした。


「結夏」


沈黙を破ったその声の主は琴だった。いつになく鋭い、刃物のようなものが言葉の端々に隠れている。私はどうすれば、なんと答えればいいだろうか。無難なものはどれかな……。さっきのことがあるから怖くて仕方ない。


「……何?」


「いいかげんにしてよ。」


「何を?」


「何ってさ……本当に自覚ないわけ?」


琴の吐く言葉がいちいち私に突き刺さる。自覚ないわけない。わかってるよ。わかってる。自分が自己中心的な人で、気分で色々相手に無茶してもらってて、迷惑かけてて、そのくせ相手の気持ちがわからなくて、それで琴がいつも鬱屈した気持ちになってるってこと。わかってる。十分すぎるくらいに。


「ごめん。でも、どうしようもないからさ」


私は笑顔で琴に言った。私にいつものような覇気はない。こんな状況で覇気がある人がいるなら寧ろ教えて欲しいくらいだ。


「じゃあ今日で終わりだね」


意味が理解できなかった。不敵に笑う琴の表情は口よりも饒舌だったが。理解したくなかったのかもしれない。


「……え?」


「だからさ、今日で結夏はこのバンドの、Midnightblueのボーカルじゃないよ」


沈黙の中に更に沈黙が降る。私はただただ呆然とする。頭の中は疑問で埋め尽くされて、他のことを探してもそこには何もなかった。


「ごめん。結夏」


詩織がそう呟いた。目線は合わない。詩織は申し訳なさそうに俯いていた。


「みんなそれがいいんだ……」


私は、今までのことを回想しながらそう呟いた。みんなが私のことを要らないと判断したなら、それが間違ってるはずなんてない。だってみんなは合ってるから。間違わないから。それが私にとって辛い選択でも私は従わなくちゃ。


「わかった。今までありがとう」


私はそう言って頭を下げた。できるだけ……できるだけ、笑顔のまま。みんなの記憶に私が残ってくれてればいいな。ただそれだけのために私は笑った。何でなのかは自分でも分からなかった。


「じゃあね」


"立つ鳥跡を濁さず"なんてよく言うけれど、私はそんなの信じられなかった。だって、こんなにも悲しいのに、こんなにも辛いのに、こんなにもやるせないのに跡を濁さず立てるなんて私には出来やしないから。

夜道を歩く。段々とその道が白んでいく。この道は今、涙色に染まっている。一歩が軽いはずもなく私は歩く。路傍の木々は枯れ果ててその寒さに身震いした。駅まで歩いてから電車に乗り込む。車窓の都会まちは無駄に明るかった。


海のあるあの町に帰りたかった。


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