midnight blue

そのときの音楽は、嫌な予感がしてしまうほどに完璧だった。



怖かった。

ただ純粋に怖かった。

楽しいのに、楽しかったのに、演奏が終わった瞬間恐ろしさが来た。

風邪のものではない悪寒。

未来への恐怖。


なんといえばいいのだろう。

私の気持ちに付き合う形で始まったこのバンドが消えていく。

そんな予感がした。


私がみんなに抜かれた気がした。


そこで気がついた。

今まで私は純粋な楽しさの奥にある音楽の魅力を味わうためだけに歌っていた。

でも、今はどうだろう?




それでも私は


「最高」


と呟いた。詩織がキーボードから手を離しながら微笑み、親指をたててウィンクをする。

琴は目線は違う方を向いていたけれど口許が笑っていたので楽しんだのだろう。

私も楽しかった。

もうそれでいい。

恐怖なんてきっと気のせいだ。

私は歌えさえすればあとはどうでもいいんだ。

でもこの居場所だけは失いたくないと少し思った。


恐怖もすぐに消えていつも通りの私に戻った。



ガチャガチャ。


唐突に部屋のドアが開け放たれた。

そこに覗いた顔ぶれに私たちは笑顔になる。

残りの3人だ。

これにて「midnight blue」は全員揃った。


ボーカルは、私、日向 結夏ゆか

ギターは、藤波 琴。

たまに琴が無理なときはコンポーザーでもある伊東 魁璃かいりが弾いている。

ベースは、深瀬 晴。

ドラムは、内田 美命。

それでキーボードが中野 詩織。

そんなメンバーで高校の軽音部からずっと頑張ってきた。

全員大学に行くために上京したから結局今もこのメンバーでやっている。

ちなみにグループ名のmidnight blueは、深い意味があるそうだ。

詩織が決めたのでいまいちよく分からないけれど。


私の明るい性格と、私の想いから誕生したグループ、ということから、私を夜の闇を照らすたったひとつの光源である月明かりと喩えて、グループは夜の暗い闇、私を引き立てる役でいようっていう意味らしい。

小説家をめざしていた詩織らしい詩的な表現だなと私は思う。

私には絶対思いつかない。

というかそれで初めて知った言葉だった。


「美命参上!」


美命がドアを勢いよく開いて言った。

いつも通りの大がかりなポーズでの演出は馴れると笑えるし流してしまうことだってできる。

それでも結局救われている自分がいる。


「曲持ってきたぞー。な?晴」


美命の後ろで楽譜をヒラヒラさせながら魁璃が言う。

ヘラヘラしたしまりのない顔はいつも通りだ。


「、、、。」


一方、肩を組まれた晴は、そっと魁璃の手をはずして無言のまま荷物をおいている机へと歩いていった。

その様子を見て詩織が、


「いつも通りだね」


と笑う。

私もそれにつられて笑う。

みんなでひとしきり笑ってから魁璃の楽譜を見る。










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