1章

その時の感情は音による

「~♪」

背後でかき鳴らすギターの音と、私の声と、キーボードの音が混ざりあって不思議な時間を作っている。


音に触れている時。


それがこの時間につけた名前だった。お客さんのいない練習場所に響く音はたまに不思議に感じる。何か違うと思ったり最高だと思ったり。何か違うと思ったときにそのまま歌い続けたことはない。随分前に歌ったとき気分が悪くなってしまったから。けれど最高だと思ったときは声がよく出て、歌っていて楽しくて、視界がはじける。炭酸がパチパチはじけているみたいに照明の光がキラキラして、別世界にいるような気分になる。


最高。


その一言だけで全員に通じる。その一言があれば成功したと誰もが思える。いや、なくても思える。私だけが言うのではなくみんなで言えたらそれが一番の最高。そう思うから妥協はしない。できるはずもない。全員で言えるまで、私は演奏し続ける。続けていれば神様がいつか私たちに与えてくれると思うから足掻く。楽しんだ音楽のみが誰かを楽しませると頭の隅で思っているから、私は心の底から楽しみたいと思って行動する。演奏する側の感情が音に出る。私は今までの経験上そのことを熟知していた。何も考えていないだとか、音楽バカだとか言われてもどうってことない。そんな音楽の奥深さも知らずに育った人は可哀想だから。


「もう一回やろう」


決して楽しいからもう一回やりたい訳じゃない。芸術の神様に笑ってもらうためにやるんだ。


「あのさ!!」


私の言葉に反応した彼女、藤波 琴は、ギターを握りしめて、ねめつけるように私を見た。狭い防音の部屋は少し殺風景で琴のギターと服の鮮やかな色が映える。私は彼女の方を向いて、


「何?」


と笑う。隣で詩織が何か言いたげな表情をしたが黙ってしまった。他のメンバーは今日は来ていなくて3人だけの空間が妙に静かに感じた。


「もういいよ。なんで結夏ゆかの話なんか聞かなきゃいけないの」


琴の言葉は鋭利ななにかのようで、私は刺されたような感覚を感じた。それでも私は彼女に負けることは無い。何故、、、かは分からないけれど1度もない。もしかしたら音楽に勝る興味は私にはないからかもしれない。


「じゃあ琴は楽しくないの?」


「、、、。そういう訳じゃないけど、、、。」


「ならいいじゃん。今回は遊びってことで」


「それの何が解決になってるの!?」


「完璧にやろうと思わなければ楽しくて最高だって言える。そんなのもう知ってるし分かるでしょ?」


私は琴の方を振り返って見た後そう言った。詩織が、


「じゃあ始めようか」


と言い、この話はお開きになった。何か釈然としない顔を一瞬した琴も笑いかけたので演奏は始まった。


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