まだ恋は、はじまらない〜罰ゲームでしか女子と絡めない俺と、カノジョと付き合うまでの物語〜

陰陽

原田雪歩とイチャプリ撮影

「はい、今日も裕次と雪歩の負けー。」

 塾の近くのファーストフード。

 俺らは同じ塾に通う、割と近所に住んでる別々の学校の生徒だ。

 男3人、女5人。

 いつものメンバー。


 たまに塾終わりのこともあるけれど、大体みんな塾の前にご飯を食べる。

 学生だから、行くとこなんて大体似てる。

 気が付けば、1人増え。2人増え。

 今はこのメンバーで固定されている。


 俺から右回りに、

 原田雪歩(はらだゆきほ)。

 近藤新汰(こんどうあらた)。

 三又詩織(みつまたしおり)。

 二階堂疾風(にかいどうはやて)。

 園宮恵梨香(そのみやえりか)。

 加賀美春菜(かがみはるな)。

 桐生美咲(きりゅうみさき)。

 ──そして俺、高岸裕次(たかぎしゆうじ)。


 裕次なんて名前だけど兄はいない。

 父方の祖父が裕三郎で、母方の祖父が浩次だったから、双方の名前を入れたがった両親の親たちに押し切られる格好で、三よりは次がいいだろうと俺の名前が決まった。


 父は父方の祖父の会社で働いていて、一軒家である我が家は、母方の祖父が俺が産まれる前に全額出して建てたもの。生活のすべてを握られて、頭が上がらないのだろう。


 子どもとしては、別に名前に込められた意味なんて気にもならなかったから、マンション住まいの友だちと違って、小さい時から、となり近所を気にせず、家の中で走り回れる方が有り難かった。


 先程高らかに俺の負けを宣言したのは近藤こんどう新汰あらただ。

 グループの中心的存在で、割とイケメンの部類に入る。

 この罰ゲームつきの遊びを最初に始めたのも、確か新汰だった気がする。


 負けた奴2人が1位のヤツの分を奢るか、罰ゲームを受けるのだ。

 ゲーム内容は毎回変わり、最初の頃は2分の1が奢りだったのが、罰ゲームが面白くなったメンバーが、罰ゲームの数を増やした。


 新汰の隣を陣取っている三又詩織みつまたしおりは、ちょっとギャルって感じの子で、脱色した髪をポニテにまとめた、この中では2番目に巨乳の女の子。

 制服の胸元のボタンをいつも大胆に開けていて、俺は目のやり場に困る。彼女は新汰のことがちょっと好きらしい。


「はは、雪歩も連続じゃん、ウケんね。」

 詩織が言ってるのは、俺と原田雪歩はらだゆきほが、最近立て続けにゲームに負けてることをさしている。

 原田雪歩はこの中じゃ大分おとなしい方の女の子で、黒髪ストレートの清楚系。

 桐生美咲きりゅうみさきと仲が良かったことから、彼女に誘われる形でこのグループに入った。


「スピード勝負じゃ勝てないよ〜。

 次はもっと別のやつにしない?」

 雪歩が眉を下げる。ちなみに今日は、テーブルに置かれたトランプに、数字が近いものをどんどん重ねて、手札のなくなったものが勝ちという、スピードという遊びだった。


「それもそうだな、裕次ばっか負けんのも面白くないし。」

 二階堂疾風にかいどうはやてがそんな風に言ってくる。疾風が俺と仲がよくて、こいつに誘われて俺はこのグループに入った。

「てかさ、お前、ちょっと楽しんでねえ?

 ──罰ゲーム。」


「そ、そんなことないって。」

 これは嘘だった。

 ここ最近は雪歩とばかりだけど、ここにいる全員と、俺は罰ゲームをしたことがある。

 こんなことでもないと、女子と2人っきりで話せない俺は、その時間を毎回楽しみにしていた。


 もちろんゲームは全力でやる。なぜなら負けず嫌いだからだ。

 けど、それでも負けるものは仕方がない。

 本気で悔しがるから、俺が実は楽しみにしてることなんて、みんなは知らない。


「じゃあ、今日もみんなが考えた罰ゲーム、順番に入れてこっか。」

 園宮恵梨香そのみやえりかが自分のスマホを取りだす。

 罰ゲームはルーレットアプリで決める。

 敗者も含めた全員で、1人ずつ罰ゲームをアプリに入れる。奢り2つを含めて計10個入れることになっている。


 園宮恵梨香はショートカットのスポーツ少女。部活ばかりで勉強が出来ずに、親に無理やり塾に入れられた。

 陸上ではかなりいいとこまで毎回行くらしく、細身な割に胸もそこそこあって、スタイル抜群だ。


「わっ、恵梨香それエグーい。」

 イラズラ好きの加賀美春菜かがみはるなが楽しそうに笑う。罰ゲームが増えたのは、コイツがそもそもの元凶だ。姫前髪に、いつも丁寧に後ろ髪を編み込んでいる。


 いきなり後ろから膝カックンしてきたり、くれた大福に飴玉が入っていたり。

 些細なことだが、人を驚かせるのが何より好きという、大変いい性格をしている。

 それでも腹が立たないのは、彼女がこの中で一番の巨乳で、なおかつ、可愛いからに他ならない。


 というよりか、女の子たちはみんな可愛いのだ。雪歩と一番仲のいい、桐生美咲も。

「2人なら、やっぱ、これっしょ。」

 大人しい雪歩を、やたらと男子と近付けさせて反応を見たがるという、雪歩に対してのみSっ気を発動させるボブカットの女の子。


 美咲と雪歩と詩織は、普段女子高に通っている。これが女子高ならではのノリというヤツなのだろうか。

 春菜と詩織は同じ中学の出身だが、春菜は親の希望で公立の共学、詩織は成績が悪くて私立の有名な学力底辺校に行った。


「おいおい、あんまハードル上げんなよ?

 次に自分たちが受ける時にキツくなんぜ?

 全員1度は罰ゲーム受けてんだからよ。」

 新汰が呆れたように言う。

 そうは言っても新汰が罰ゲームを受けたのは、過去に2回しかないが。


「まあまあ、引かなきゃいいんだって。」

「そうそう。あんまヤバくなるようなら、またそこで考えたらいいし?」

 恵梨香と春菜に押し切られる格好で、アプリのスタートボタンを押すことになった。


「ど、どうする?

 雪歩が押す?」

「裕次くん押して……?」

 こんな風に女子を下の名前で呼ぶのも、女子に俺の名前を呼ばれるのも、学校じゃありえない。それだけでもドキドキする。


「じゃ、じゃあさ、恨みっこなしで、一緒に……。」

「うん、分かった……。」

 俺と雪歩の指先が、スマホの上で触れる。

 スタートボタンをタップし、自然とルーレットが止まる。


「お……?」

 全員が恵梨香のスマホ画面に注目する。

 選ばれたのは、

「やりい、あたしの!」

 美咲の入れた、──イチャプリを撮る、だった。


「い、イチャプリって、何したらいいのか、分かんないよ!」

「わ、私も……。」

 俺と雪歩が同時に困る。

「しゃーねーなー。

 こんな感じだって。」


 詩織がカバンから手帳を取り出すと、プリクラがたくさん貼られた中から、春菜と撮ったイチャプリの数々を見せてくれる。

 ようするに、恋人同士がするみたいな、イチャイチャして撮るプリクラのことだ。


「何お前ら、女同士でそんなん撮ってんのかよ。」

 疾風が驚いた顔で言う。

「フツーだよな?」

「ねえ?」

 詩織と春菜が、そんなことも知らないの?という表情で疾風を見る。

 男同士なら絶対やらないが、女同士というのはそういうものなのか。


「じゃーまた帰りな!」

「次の時までに、2人は絶対撮って持ってくんだよ?」

 新汰と恵梨香と手を振って分かれる。

 今日は2人とは教室が違うのだ。

 一緒の時もあるし、それは毎回違う。


「わーったよ、今度の休みに、必ず行ってくるよ。」

 プリクラはゲーセンにしかない。

 ゲーセンは保護者がいないと、学生は入れる時間帯が制限される。

 何より塾が終わった遅い時間に、女の子の雪歩を連れ歩くわけにもいかない。


 ここは個別指導塾で、1人の教師に2人の生徒がつく。

 進み具合がみんな異なるので、学年が同じだと、片方は英語、片方は数学、という風に教科を分ける。


 割と生徒数が多いので、1つのフロアを貸し切って、複数の教室にしているのだ。

「あ、集まるの、明日でいいか?」

「う、うん、いいよ。

 終わったら、連絡するね?」


 俺たちは別々の席につく。

 雪歩の隣は疾風で、俺の隣は春菜だ。

 詩織と美咲の隣は知らない人だけど、たまに見かける女の子たち。

 俺たちは中学からこの塾に通っていて、進学してからもそのまま通っている。


 女子の割合が高くて、大体7対3ってとこだ。

 小中学生までは6対4だけど、高校に上がるとガクッと男の数が減る。大半は受験対策の中学生がこの教室をしめている。

 俺たちは集まりが楽しいことと、この塾が気に入ってるから通い続けているけれど。


「おそーい!」

「ごめんごめん、間違い部分教わるのに、時間かかっちゃってさ。」

 最後の春菜が塾から出て来た。

 塾が終わり、再び入り口にみんなが集まって、ゾロゾロと歩き出す。


 と言っても、最近引っ越して2つ先の駅になってしまった春菜を駅に送る為で、大半は自転車を押して歩いている。

 この近辺は中学が7つもあって、塾の数も駅前だけでも20近くある激戦区だ。大体みんな家の近くの塾に通っている。


 みんなと別れたくないからと、春菜は定期圏内なこともあり、未だにこの塾に通っているのだ。

 通う曜日もみんなと合わせていて、毎週火曜日と金曜日。ちなみに今日は金曜日。

 全員数学と英語を教わっている。


 ちなみに全員土曜日が毎回休みなわけじゃない。

 俺と雪歩と美咲の学校は隔週で土曜日学校があって、詩織の学校は毎週休み。

 疾風と恵梨香の学校は毎週あるけど午前中で終わりで、新汰と春菜の学校は毎週土曜日も学校に行く。


「じゃ、また来週ねー!」

 駅に吸い込まれていく春菜に手を振って、俺たちはそれぞれの家路についた。

 帰り道、スマホが鳴って、自転車を止めて、倒れないようハンドルを片手で持ちながら、スマホを操作する。


『明日……何着ていけばいいかなあ?』

 雪歩からだった。

 まるでホントのデートの相談みたいだ。

『一番好きな服を着てきてよ。』

 俺はそう返した。明日が楽しみ過ぎた。


 ここ最近は、ずっとこうして雪歩と罰ゲームを受けている。

 共犯意識というか、連帯意識というか、8人の中で2人だけが、同じことをやらされているということが、2人の距離を近付けてる気がする。


 雪歩の反応を面白がる美咲のせいで、こんな風にイチャイチャする罰ゲームになることも多い。

 けど、それでも、休みの日に2人きりで一緒に出掛けるなんて、これが初めてだ。


 翌日、俺たちは、わざわざ都心まで出かけて来ていた。

 自宅近くのゲーセンで、撮ってるところを知り合いに見られたら、恥ずかし過ぎて死ねるからだ。


 雪歩は前髪を片方編み込んでいて、薄いブルーの、袖が折り重なったデザインの半袖のトップスに、白地に水色とピンクの花柄のフレアのスカートを履いていた。

 控え目な胸元をむしろ引き立てていて、とても女の子らしくて可愛い。


「に、似合ってないかな。」

「いや、すっごく……似合ってる……。」

 何より、これが俺と今日出掛ける為に、悩んで選んでくれたものだということが、嬉しくてドキドキした。


 さっそく2人でゲーセンに入る。

 機種は雪歩が選んだ。

「な、何から撮ろうか?」

 詩織と春菜がしていたポーズを、すればいいだけの話なのだが、恥ずかしくて、自分から言い出せなかった。


「やっぱり、これ……だよね?」

 雪歩が俺を少ししゃがませると、後ろから抱きついてきた。

 あるかないか分からない程度の雪歩の胸元が背中に当たる。

 俺の心臓がギュッと締め付けられて苦しくなった。


「い、いいんじゃないかな。」

「次来るよ!」

「わわっ!」

 俺は慌てて雪歩を抱き寄せた。

「正面見て!正面!」

 雪歩の心臓の音が伝わる。多分俺のも伝わってる。


「おそろいポーズとかも、撮ってたよね?」

「確かに。」

 2人とも、自分の両頬を両手で押さえて、恥ずかしい、のポーズ。

 お互いの両顎を掴んで口元をムニッとさせるポーズを撮る。

 続けてピースをお互いにするポーズ、2人でハートを作るポーズをする。


「あの……さ、やってみたいのがあるんだけど……いい?」

 雪歩が口元を隠しながら、はずかしそうに上目遣いで見てくる。

「い、いいよ、何?」

「お姫様抱っこ……。」


 ……これは男を見せるしかない。

 俺は雪歩を抱え上げた。かなりスレンダーで軽いけど、それでもふらつきそうになるのをグッと耐える。

 雪歩が俺の首に両腕を回した。

 思わず雪歩を見つめると、雪歩と目があった。一瞬時が止まった気がした。

 次の瞬間、シャッター音がした。


「最後はやっぱり……、これだよね?

 罰ゲーム……だもんね?」

 雪歩はモジモジしながら、俺から目線をそらすと、意を決したように、俺の両腕を掴んで、すっと目を閉じて背伸びをした。

 俺はゴクッと唾をのんだ。

 雪歩の腰を掴んで、ゆっくりと顔を近付ける。


 ──結果から言うと、俺は雪歩にキス出来なかった。その前にシャッター音がして、雪歩が目を開けてしまったのだ。

 これはただの罰ゲーム。フリだけなのだ。それは分かってる。

 触れるか触れないかまで近付いた口元は、ハートマークでデコってそれらしくした。


「ここまでやれば、あいつらも文句言わねえだろ!」

「そ、そうだね。」

 出来上がったプリクラを見ると、改めて恥ずかしくなってくる。

 2人きりのほぼ密室のような空間に、2人してのまれてしまった気もする。


「ね、ねえ……。」

 見ると雪歩が俺の洋服の裾を軽くつまんで引っ張っていた。

「今日はもう……これで終わり?」

 雪歩の白い肌は、ほんのりと赤く染まっていた。


「そんなわけねえじゃん。

 こんなとこまで来たんだぜ?

 もっと遊んでこうぜ!」

 雪歩の表情がパァーッと明るくなる。

「見たい映画があるの、いこ!」

 雪歩が俺の腕を掴んで引っ張る。


 気が付けば自然に、雪歩と手を繋いで歩いていた。

 ──これは罰ゲームをきっかけに、この5人の中の1人と、俺が付き合うまでの物語である。

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