第10話 宇賀神 都与

「誰!? 子ども!? 聞こえる!?」

 ガラスを割って顔を覗かせたのは、大人の女性だった。髪は、肩くらい? おかっぱみたいな長さだけれど、野暮ったくなくて、垢抜けている。きっと、働いている女性だ。何歳くらいなんだろう。普段、祖父母と医者以外の生身の人に会うことがないから、大人の女性のだいたいの見た目とか年齢なんて、見当もつかなかった。

「大丈夫? ガラス飛ばなかった?」

「大丈夫です」

 やっと、声が出た。絞り出るような小さな声で、相手の女の人に届いたかどうかは分からない。

「ちょっと待ってて、降りるから」

 女性の頭は一度引っ込んで、数分もしないうちにガラスの穴から出てきた。ガラス張りの建物だったから、女性が近づいてきたときから全身を見ることができて、彼女に足があることも、化け物ではなさそうであることも分かった。それから、私よりは十センチほど背が高いことも。服装はブラウスとジーンズで、休日の普段着という感じがする。普段は、制服を着てバリバリ働いていそうだ。

「ほんとに子どもさんだ。何歳?」

「子ども……じゃないです……十八歳です」

「そっか、ごめんね。小柄で可愛いから、間違えちゃった。この近くに住んでるの?」

 可愛いって言われた。でも、この質問に素直に答えて大丈夫だろうか。返事に詰まって硬直してしまった私に、女性はふわっと微笑んだ。周りの空気が軽くなるような笑顔だった。

「私、宇賀神 都与。あなたは?」

「うかがみ?」

「名字が、ウカガミ。名前は、トヨ」

「岡部 舞依」

「おかべ まいちゃんね。よろしくね」

 宇賀神さんの手は、冷たかった。冷え性なのだと、言い訳するように言った。

 私は、私以外に人間がいることにただ驚いて、言葉が出てこなかった。猫二匹とひとりで暮らしていると言うと、宇賀神さんはひどく驚き、ここ数日暑かったから、つらかったでしょうと言った。頷くと、

「うちにおいで。ソーラーパネル設置してて、少しなら電気も使えるから」

 と言われた。

 信用していいかどうか、分からない。でも、この機会を逃してしまったら、宇賀神さんに会う手段はない。そして、これからもっと暑くなる。私たちに、選択肢なんてないのかもしれない。

「よろしくお願いします」

 震える声でそう言って、私は頭を下げた。視界に映っていたのはアスファルトだけだったけれど、宇賀神さんがまたふわっと微笑んだのが、空気の動きで見えたような気がした。

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ある日突然、猫と @ichirun1062

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