青銅筒
人が機能停止する瞬間を初めて目の当たり似したかもしれなかった。
トリアンナに導かれて組合の窓口にたどり着いたときにはすでに担当が動かなくなっていた。
「あの……」
将斗が声をかけたところでまるで聞いていない。担当の見下ろす視線をたどれば将斗の手があった。バトンを手にしているほうである。馬車の中でも見た光景だった。
どうしたものかとあたりを見渡せば不可解な注目を集めていることに気がついた。領主の令嬢であるトリアンナがいるからかと思うことにしたかったが、視線の高さがどうやっても合わなかった。トリアンナとはあまり目の高さが変わらないから少し体を動かせばぶつかるはずなのに。
組合の制服らしき服装の人はほとんど、そうでない服装の人は見た目年齢が高め。何がどうしてこうなった?
「あの……」
「……! すみません! ご要件は何でしょうか!」
急にスイッチが戻って発せられた声がすっかりひっくり返ってしまっていた。
「これを渡すように頼まれまして。ガレス・ベイルートさんに」
「はひ! すぐに手続きしますのでこちらでお待ちください!」
「ではこちらへどうぞ」
焦りに焦りまくっている受付の横から渋い声が姿を表した。不思議と胸に染み入る声色が心地よささえ感じる。言葉通りの白髪を整髪料でまとめたその姿にも見とれてしまう。
大きな後ろ姿だけでもイケオジだと分かる。
いざなわれるままスーツについていけば職員用のフロアだった。将斗みたいな人が入っていい場所ではないだろうに、彼は止まることなく進んでゆく。視界の端々に見えるデスクワークが止まっている。皆が皆注目している。今度は将斗よりも高いところを見ていた。
そうしてたどり着いたのは応接間と思しき部屋だった。飾り気はまったくないが、真ん中に据えられたソファとローテーブルのセットが圧倒的な存在感を放っていた。
「手続きに少し時間がかかるでしょう。お座りください」
男はソファの真ん中に腰を下ろして茶の準備をしている。いつの間にカップやポットを用意したのか? 上記幻想に鼻歌まで奏でている。人を応接間に通しておいての態度とはなかなか思い難かった。
助けを求める目をトリアンナに向けるも、彼女は彼女で困惑しているのか、同じようなことを訴えかける目を向けてきた。領主の娘であっても戸惑ってしまう状況らしい。
手続きがあるのであれば、それまで応接間に放っておけばよいものを。どうしてわざわざ居座るつもりでいるのだろうか。しかも自らお茶をいれるなんて。将斗たちの目の前でしているなんて。
現地人も困っている有様。
「では、失礼します」
意を決して給仕に相対するように腰を下ろせば、続けて令嬢も隣に腰を寄せてくる。どうしてだろう、馬車の中のやり取りを思い出してしまった。
男がちらりとこちらを見るなり口元が緩んだ。その瞬間を将斗が目の当たりにする。微笑みはたちまち驚きに移ろい、頭を下げるようにしてカップを差し出してきた。
「失礼、デーバリー公爵の顔を想像してしまってね」
「父のことをご存知でしたか」
「最近は会っていませんが。最後にあったときには娘が想像だにしないことをしていて困っている、と満面の笑みでのろけられてしまいましてね。農園の所有者にしてぶどう酒醸造家。今は魔法システムの開発者もされているとか」
「あとで父を説教しないといけない理由ができました」
「まあまあ、デーバリー侯爵のことは多目に見てあげてください。しかし、『穿孔』とも面識があるとは思いませんでしたよ。どこで見知ったのです?」
「エレノーラさんはわたくしたちの上司です」
「たち?」
ちらりと将斗のほうに目が揺れた。
「なるほど、開発のですか。道理でここしばらく穿孔の名前を聞いていなかったんですね。そうですか、穿孔がシステム開発ですか」
ノック音。
男の言葉を遮るノックはまるでドアを殴っているかのようだった。続いて飛び込んでくる『失礼します!』という裏返った声も部屋を鋭く貫いた。
妙齢が返事をするのと同時に、いやそれよりも幾分か前に扉が開け放たれれば。姿を現したのは先程の緊張しまくりな受付。手には青銅の筒である。機械仕掛けの人形のようにぎこちなく手足をばたつかせたかと思えば深々と腰を曲げて、まっすぐ腕を伸ばして筒を差し伸ばしてくるではないか。
無理な姿勢にならずとも、もっと近寄れば良いだろうものを。
「うん、ありがとう」
穏やかな笑みで受け取ったところで受付は何も見ていないらしかった。顔をあげることなくそのまま『失礼します!』と口にしてから逃げるように去ってしまった。見ているだけで疲れてしまう。
「みんなには緊張してもらいたくないのですけれどね」
「それは、結局何なんですか? エレノーラさんからは何も聞かされていなくてですね――あ、いや、聞いても差し支えなければですが」
「大したものではないよ。これは穿孔『専用』の公文書保管筒。最上級魔法術師にはそれぞれ専用の紋章が掘られた青銅の筒が持たされます。ええと、その感じだとご令嬢もご存じなかった? 以前公爵には私の文書を送ったのですが、見たことはない?」
「筒そのものを見た覚えは一度だけ」
ちらりとトリアンナを横目に見やると、どうしてだろう、部屋に入ったときに比べるとかなり固い顔をしていた。平然と落ち着いた様子でソファで寛ぐ組合職員と背筋をぴんと伸ばして緊張感に身を引き締めている公爵令嬢。
将斗には状況が読めなかった。読める材料なんて、男が手にしているエレノーラの筒が並大抵のものではなかったということだけだった。
トリアンナがつばを飲み込むのを目の当たりにする。
「失礼ですが、あなた様は」
続けてトリアンナが腰を上げようとすると、急にあたふたして止めにかかった。両手を突き出して押し戻そうとしている。
「待った。もしや私のこともご存じなかった? 顔はどこでも割れているようなものだから分かっていると思っていましたが」
「いえ、申し訳ありません」
「そうだったらこちらも悪いことをしてしまいました。名乗りもせず余計なことをしゃべってしまいました」
トリアンナが立ち上がるのは制したというのに、男はすっと立ち上がる。腰を下ろした側からすれば巨大な壁である。壁が手を胸に手を当ててお辞儀をしたとしても印象はさほど変わらない。
「私はガレス・ベイルート、ローバーを拝しております」
「デーバリー侯爵が娘、トリアンナ・オン・デーバリーです」
トリアンナも立ち上がってカーテシーを示す。
一人ソファに腰掛けて取り残された将斗。とりあえず名乗らなければならない雰囲気を感じ取って、しかしこちらの作法なんて分かるわけもなく。
「都賀将斗です」
日本式の挨拶で取り繕うのであった。
こちら流システム魔法ソリューション部です 衣谷一 @ITANIhajime
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