魔剣少女と呼ばないで(序章)

ちい。

魔剣少女と呼ばないで

 月明かりに照らされる時刻、灯る灯篭の光りはとても儚げにゆらりゆらりと揺れている。やしろの中心へと向かい灯篭の灯火に導かれ進む影一つ。この時間帯には不自然なセーラー服姿の一人の少女。さらに不自然なのは少女の手に握られた一振の刀。真紅の鞘に収められた二尺八寸程の鬼切安綱おにきりやすつなと呼ばれるその刀は、その昔、とある武将が京都の一条戻橋の上で鬼の腕を斬った際に使用した源氏の名刀と同じ銘を持つ。


 少女の顔はまだ幼さなく、長い髪を側頭部で二つ結び、所謂、ツインテールという結び方。前髪は眉の上で真っ直ぐに切り揃え、意思の強そうな目で社の方へと視線を向けている。


 静かな境内の中は、少女が歩を進める時のしゃりしゃりと玉砂利が石畳に擦れる音だけがしている。


「おい、いるんだろ?」


 人影一つない境内の中程で少女はふと歩みを止めると苛つく様子で、境内にある大きな銀杏の木の方へ話し掛けた。ざわりざわりと銀杏の葉が夜風に吹かれ互いを擦り合わせ音を立てる。


 ちん……


 少女は持っている刀の鯉口を切ると銀杏の木の方へじわりじわりと寄って行く。何時でも来い……そう態度で示す少女。


 銀杏の木が彼女の間合いへと入る。


 深く膝を曲げ腰を落とし柄に手を添えた。そして大きく息を吸い込むと、添えていた手に力を入れ一気に息を吐き出すと同時に抜刀し、銀杏の木を切り倒そうとしたその時である。


「ひゃっ、ちょい待っちいや、万葉かずは殿!!」


 それまで誰もいなかった銀杏の木の下に、ぼわわんっと七歳程の幼女が慌てた様子で現れた。


「ほんま、短気は損気や言うやろ?な?」


 額の汗を拭きながら少女へ話しかける幼女。肩ほど伸ばした振り分け髪に、眉頭の太い麻呂眉。くりくりした大きな瞳。山伏が着る修験装束を見に纏っている。


 少女は銀杏の木ごと、この幼女を斬るつもりであったのだろう。多分、脅しであるのだろうが。


 鬼丸おにまる万葉。


 万葉と呼ばれた少女は、幼女へ顔をぐいっと近づけると、じろりと睨みつける。怒ったふりである。


「お前が私の問いに答えず、悪戯を働こうとしていた罰だよ、鴉丸からすまる


 ふんっと鼻で笑う万葉に、頬を膨らましながらぷんすかと怒っている鴉丸。


「ほんまに斬られるんやないかと思うたわ」


 鴉丸は先程の万葉の剣幕に余程肝を冷やしたのか、またぶるりと身震いした。そんな鴉丸の頭をぽんぽんと叩くと、本気で謝る気が全く見えない様子でごめんごめんと言った。


 気を取り直し二人並んで社の方へと向かう鴉丸は、何が楽しいのかふんふんと鼻歌を口ずさみ、その足取りも軽やかである。


「どうした、上機嫌な様子だけど?」


「あのな、うちな万葉殿と歩くんが好きなんや」


 にぱぁっと嬉しそうな顔をして笑う鴉丸に、そうかと満更でもない様子で答える万葉。月明かりに照らされた幼女と少女の並んで歩く影が石畳の上でゆらりと揺れた。


「万葉殿……」


 何かを察した鴉丸がぎゅうっと万葉のセーラー服の裾を握った。万葉はそんな鴉丸の方へは向かず頷くと、またかちりと鯉口を切り、辺りの気配を伺った。


 境内の空気が歪んでいる……


 生臭い空気が辺りに立ち込める。妖魔が現れる時の独特の臭い。魚の腐りかけの様な顔を背けたくなる臭いである。


「私から離れるなよ、鴉丸」


 右足を前に、ぐぐっと膝を深く曲げ腰を落とし、左手で鞘を持ち、右手は柄に軽く手を添えている。そして両の眼を瞑ると、大きく息を吸い込みぴたりと呼吸を止めた。


 近づく妖気が大きく膨れ上がる。万葉の影に隠れて震える鴉丸がふと顔をあげると、万葉の前に一丈(三m)はゆうに超えていると思われる顔だけの妖魔の姿があった。


 つるつるの禿はげ頭に伸び放題の無精髭、大きくぎょろりとした目は左右で別々の方向に向き、鼻毛の飛び出た吹出物だらけの団子鼻、耳まで裂けているんじゃないかと思う程の大きな口。不揃いの黄色の汚い歯。


「なんやぁ、不細工なおっさんの顔だけ妖魔ようまや!!」


 鴉丸の失礼な叫び声に反応し、妖魔は生臭い息をぶはぁっと吐き出すと万葉諸共、鴉丸を喰らおうと飛びかかってきた。


 妖魔が万葉達を喰らおうとしたその時だった。添えていただけの右手に力を入れ一気に息を吐き出すと同時に抜刀した。


 妖魔は断末魔の叫びをあげる暇もなく、その不細工な顔を真っ二つにされ左右に飛び散る。そして、その残骸が生臭い湯気を立ち登らせると霧散し消えていった。


 万葉と鴉丸は、妖魔が消えた跡へいき、そこに落ちていた硝子玉の様な玉を拾うと、鴉丸の腰に下げてある巾着へとしまった。


「ふんっ、とうとう境内の中まで妖魔の侵入を許すとはね。御影みかげのばあ様も歳食って神通力も落ちたか?」


 境内をぐるりと見渡しながら万葉がそう言うと、怒った鴉丸は万葉に詰め寄ってきた。


「何言うてんねん、この罰当たりな魔剣少女!!」


「魔剣少女と呼ぶなっ‼︎」


 魔剣少女と言われた万葉はイラッとした表情になり、鴉丸の脳天へ拳骨をお見舞いした。


「なんやなんや、ほんまのことやないか、万葉殿は魔剣少女やないけ、ボケッ!!」


 もう一度、拳骨を喰らわす万葉に、涙目で睨みつける鴉丸。


「魔剣少女や、暴力大好きな魔剣少女や!!」


 万葉を指さしながら魔剣少女やと連呼する鴉丸に堪忍袋の緒が切れた万葉が、拳骨を振り回しながら鴉丸を追いかけ始めた。


「この、糞ガキがっ!!」


「あかんて、ほんまあかんて……堪忍や、ごめんて」


 静かな境内に万葉の怒号と鴉丸の悲痛な叫び声が響き渡る。


「おやおや……二人とも元気が良いことで」


 そんな中に少し間延びした声が二人の耳に入ってきた。いつの間にか女が一人、境内の中で二人を見つめ立っていたのである。


「御影様!! 助けてやぁ!!」


 鴉丸は御影様と呼ばれた女の後ろに隠れひょこりと顔を見せると、万葉に向かってべぇっと舌を出した。それを見た万葉の顔が茹で蛸の様に赤くなっていく。


「鴉丸もいい加減にしなさいな。ごめんねぇ万葉ちゃん、許してやってね」


 ほんわりと微笑む御影様に渋々とわかったよと答える万葉。そして、後ろに隠れていた鴉丸が腰の巾着から先程拾った硝子玉の様なものを御影様へと渡した。御影様はそれを受け取ると両の掌で包み込み、何やらもにょもにょと呟きだした。


 すると両手の間から淡い光りが漏れてきた。そして、光りが消えると御影様は掌を開いたが、中にあったはずの硝子玉が消失してしまっていた。


「成仏したんか……」


 妖魔は怨み等の強い思いを現世に残した者の成れの果ての姿なのである。だからこそ、人を襲う。襲って喰らうのだ。喰らった魂が多ければ多い程、その力は強くなる。それを成仏へと導く為に斬る、それが魔剣少女と揶揄されていた鬼丸万葉の仕事である。


 そして、斬った妖魔から落ちた硝子玉の様な物、それは妖魔と化した人間の魂である。その魂を御影様が両の掌で包み込み、成仏させるのだ。


 しかし、今年になりその妖魔が増えてきている。確かに不景気だ災害だと世の中騒いでいるが、それだけが原因ではないと思われる。不景気なんかバブル崩壊後からずっと続いているし、災害も毎年のように日本各地で起こっている。


 しかも、この不可侵の境内まで入られてしまった。先程は冗談で御影様が歳を取ったから等と言ったが、それ以外に人為的なものが働いていると万葉は感じている。


「少し調べなきゃですねぇ……」


 御影様がのんびりとした口調でそう言い万葉に労いの言葉を掛けると、鴉丸を連れて社の中へと戻っていった。


 万葉は一人、境内の中に残った。そして、まぁるいお月様を見上げている。これから、少し忙しくなりそうだ……そう呟くと、境内を後にした。










 月が姿を隠し、人通りの殆ど無い墨をこぼした様な暗い田圃道。歩いているのは、セーラー服を着た一人の女子中学生。


 ふわりと魚の腐った様な臭いが、風に乗り少女の鼻をつく。


「臭えなぁ……」


 眉間に皺を寄せ、ぼりぼりと首筋を掻きながら、吐き捨てる様に呟くと、歪み始める目の前の空間へと目をやった。


 目の前のぼんやりとした輪郭がはっきりと姿を現したと思った瞬間、口が十字に裂けている蚯蚓の姿をした妖魔が可愛らしい女子中学生を喰らおうと飛びかかった。


 しかし、するりとそれを躱した女子中学生はカチリと鯉口を切り、膝を曲げ深く腰を落とした姿勢になると、妖魔に向けて言い放った。


「you shall die!!」

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