第9話 『婚約破棄』は誰のため

 悪夢のような大火からしばらくたった頃、貴族街では茫然自失している子息達の話をよく聞くようになった。

 驚くべきことはその子息達の全てが例の『婚約破棄』で名前が上がった者であり、彼らの『真実の愛』の相手が皆、あの大火のあった地区に住んでいた平民だったことだ。

 そして周囲の人々を困惑させたのは、彼らは自分達が行った『婚約破棄』の事実も『真実の愛』の相手のことも覚えていないこと。そして元婚約者との縁が既に切れていることを知り、誰もが茫然としているということだった。

 どうやっても状況を納得出来ない子息達は集められ、王城にてメンティス伯爵家の特殊な魔道具を使って説明された。

 その時のメンティス伯爵は娘を帯同しており、親子揃って疲れた顔を隠さなかった。



 ◇ ◇ ◇


 コンダート子爵子息



「は?父上、私とアライア子爵令嬢とはもう婚約者ではないと?それはどういうことですか?!」



 朝、自室のベッドで目覚め、以前からの約束通り婚約者の家へ向かうことを侍従に告げると不思議そうに聞かれた。


「婚約者様とは?」


 その後さらに侍従といくつかのやり取りをした後、混乱したコンダート子爵子息は父親の元へ向かい、朝食を取ることも忘れて父親が語る話を聞き終えると先の驚きの声を上げたのだった。



「そうだ。お前が『真実の愛』を見つけたなどととふざけたことを両家が揃った場所で何の前触れもなくぬかしおったんだ。私はあれほど恥ずかしく情けなかったことなどないわ!

 今後も隣同士の付き合いがあるからとアライア子爵が言ってくれたからこそ、どうにか事を荒げることなく話し合いと違約金で済ませることが出来たのだ。

 それなのにお前は今更自分の言動に覚えがないなどと言うのか!?」


 コンダート子爵はあの日に感じた苛立ちを思い出して膝の上の拳を震わせた。


「ですが父上、本当に覚えがないのです!それどころか今日の日にちがおかしいのです!

 私の記憶では今日は中間考査が終わった翌日のはずなのに、先程確認したところ明日はもう期末考査だと言うではありませんか。いったい何が私の身に起きたのでしょう!?」


 パニックに近いと言っていいほどにあたふたする息子の様子を見て、コンダート子爵は握り拳を解くと額を押さえ「何を馬鹿なことを」と大きな溜め息とともに吐き出した。



 子息達の親から困惑の声が多く上がり国の首脳陣は頭を悩ませたが、偶然そのタイミングでそれらを解決させる方法が見つかった。

 それにより王城で説明会を開催する通知が各家に届けられることとなる。


 コンダート子爵子息は不思議な姿見に映し出された過去の自分の言動の酷さに声を発することが出来なかった。それは他の子息達も同じだった。

 覚えはないが自らが引き起こしたのが家に恥ずべき行為だったことに違いはなく、もう以前のようには戻れないことを理解せざるを得なかった。


 今回の子息達の一連の行動については調査が続けられた。調査はなかなか進展しなかったが、一人の令嬢の呟きによってあっけなく原因が解明されることになる。


 調査報告を聞いた国王はしばらくその目を閉じた。そして、子息達より先に姿見の魔道具を使って以降部屋に籠もっている息子に自ら説明するため重い腰を上げたのだった。



 ◇ ◇ ◇



 ※工業区にある印刷所の一室※



「やっぱり紙は駄目ね〜。

 それにしても燃え上がって燃え尽きたら終わりなんてまんま若者の恋愛よね〜」


「はぁ、何も知らなければ良かった…。

 なんでしょうね、この罪悪感は。

 平民にも夢を!なんて言って、大量に書かれた小説を持ち込んで来たあなたには驚かされましたが、まさか『理の文字』なんてものを使ってたなんて知りませんでしたよ」


「え〜、そんなのヤル気になれば誰にでも出来るものよ〜」


「出来ません」


「女にはね〜ヤル気スイッチっていうのがあるのよ〜。強い感情を持った時だけ押すことが出来るの〜。そのスイッチが入ると凄いのよ〜」


「僕は男なのでわかりませんね」


「わからなくても協力してくれたじゃないの〜」


「事後報告でしたけど?」


「そうだったかも〜。でもバレないわよ〜。みんな燃えちゃったしね〜」


「……そうならいいですけど」


「あら〜、そんなに不安そうな顔しないでよ〜。せっかくお試しと復讐が一緒に出来て私はとても気分がいいんだから〜」


 しかし、後ろ向きのままそう言った本人の表情は言葉とは裏腹に暗く沈んだものだった。



 ◇ 



 学園時代になんとなく入ったクラブの先輩がやっていた研究は心を踊らせてくれるものだった。

 自分がその研究に関われることが嬉しくて先輩が卒業するまでは無我夢中で一緒に研究に没頭した。

 それでもいくつかの研究発表に自分の名前が記載されていることは知らされていなかった。



 先輩が卒業した後、私は庶民のくせに図々しくも先輩にすがりついていた浅ましい女だと散々なことを言われた。

 そんな中、私に優しく声をかけてくれたのは一人の伯爵子息だった。


「君は努力の人だよ。周りの声など気にしては駄目だ」


 そう言って私が先輩から引き継いだ研究を応援してくれていた。一人でも応援してくれる人がいることが嬉しくて、周りからの悪意に負けずに研究を続けた。

 そして先輩の発表したものよりも幾分か効率の良い方法を発表出来る準備が出来た。私は有頂天になっていた。

 そのことを告げると彼は嬉しそうに微笑んで「おめでとう!」と言ってくれた。


 その翌日、なんの説明もなく学園から追い出された。

 喜びの中で眠りについたのに激しく寮の扉を叩く音で起こされ、最低限の身支度を終えるとともに言葉の通り追い出された。私の少ない荷物は寮の前に投げ出されていた。


 そして知った。

 私の研究結果は伯爵子息に奪われたことを。


 それほどのことか?

 たかが学生の研究発表なのに。


 たかが学生の研究発表だとしても貴族には自分の存在を公に見せつけることが出来る一つの方法なのだと教えられた。

 教えてくれてのは学園にいたころの友人だった。彼女は追い出された私の居場所を探し出して訪ねて来てくれた。

 彼女はあまりに理不尽な学園に怒りを覚えながらも毎週末私のところへその週の学習内容を教えに通ってくれた。

 共に卒業は出来なくても、少しでも知識を増やして私が良い職につけるための手伝いがしたいのだと言っていた。

 そんな友人は学園卒業後、決まっていた就職先を子爵子息に無理矢理奪われてしまった。


 貴族なら庶民に何をしても許される。


 そんなのおかしい。


 泣き寝入りしているのは私や友人だけではない。


 そうだ仕返ししてやろう。


 貴族は家同士の繋がりを尊ぶ。


 その繋がりをゆさぶったらどうなるだろう。



 先輩の研究を使わせてもらうことに躊躇ためらいを感じたのは一瞬だった。

 先輩は貴族であっても庶民の生活向上を考えられる人だったから、きっと私がすることを許してくれると、二の脚を踏みそうになる自分を無理矢理納得させた。


 そして思いつくままに書いた恋愛小説の裏表紙に『理の文字』を記して過ごした。

 その効果はすぐに耳に聞こえてきた。

 面白いように貴族の醜聞を聞く日々。


 なんとなく足を運んだ図書館で、学生の研究発表資料の中から見つけた先輩のものを抜き出して開いた。

 そこで私が研究者として連名されていることを初めて知った。

 湧き上がってきた喜びはすぐに消えた。

 この研究を使って自分がしたのは自己を満足させる為だけの最低な行動だったから。

 急に虚しくなった。


 図書館から出ると外は茜空だった。

 やがてそこに大きな炎が燃え上がったのが見えた。

 その炎によって自分の中の様々な負の感情が浄化されていくように感じられ周りの音が消えた。


 あぁそうだ。

 私こそ小説の主人公になりたかったんだ。


 知らぬうちに頬を伝った涙は首筋へと流れ落ちて冷えた。

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婚約破棄は流行りの小説のように 金色の麦畑 @CHOROMATSU

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