その3 「主人公は愚痴りに愚痴る」
食堂にはメニュー表みたいなものはなく、すべて現場監督の監視のもと、給仕係の連中が給仕した配給の食事のみ口にすることが出来る。
毎日毎日、お米にパン、もやしにシチューと言ったどれも味っ気のない物しか口に出来ない。
そして今晩配給されたのは、ニンジンとじゃがいもをちょろりと入れた程度の具の少ないシチューだった。
それにシチューのルーもまずい。まるでゴミのようだ。
ベルシュタインはそれをもぐもぐしながら、グリアムスのたわいもない話に耳を傾けている。
「近頃、大雨が続いたでしょう? 明日からはどうやらその大雨のせいで、崩れた土砂の処理をさせられるみたいですよ」
「嘘でしょ!? 毎日嫌々でやらされているあれらの作業に飽き足らず、挙句の果てには自分たちに土砂も処理せよと」
「…噂によると、丸3日は壁外の土砂処理作業に駆り出されるそうです」
「そんな…」
「これまではわたくしの自室にて、夜遅くまで、ベルシュタインさんとポーカーなりババ抜きをして、退屈を紛らわしていたものですが、おそらく明日以降は大変激務になります。今まで以上に。
なので今日は早く寝ましょう。睡眠を十分に取って、明日からの作業に備えるべきです」
「…了解しました。グリアムスさんがそうおっしゃるなら。自分はそれに付き従うまでです。だがしかし…」
「ん? どうしましたか? ベルシュタインさん。急に物思いにふけた顔をなさってますけども…」
ベルシュタインの表情が若干曇ったのを見て、グリアムスは心配して声をかけていた。
それを聞き、次にベルシュタインはこう答える。
「しかしなんでもまあ、自分たちはこんな劣悪な環境へと押し込まれてしまったのでしょうか。
あのセバスティアーノといった男。
いくらなんでもひどすぎやしませんか? 度が過ぎやしませんか? 自分たちにあんな労働を強制させるなんて。人間を何たる者と思っているのでしょうか?
今度会った時は思いっきり
突如、彼はセバスティアーノへの日々たまりにたまった不満のありったけの思いをグリアムスにぶつけてきた。
「あのセバスティアーノに対して、そのようなことをなさる根性も甲斐性もあなたにはないでしょうに…」
「いやありますよ! 自分にだって! いざというときは、やる男、やれる男なんです! 自分は。……そう信じて疑わない」
とベルシュタインのその並々ならぬ思いに対して、少々小馬鹿にし、すかしてきたようなグリアムス。
その彼の発言に、こちらも負けじと売り言葉に買い言葉のようなスタンスで応戦の構えを見せるベルシュタイン。
(……確かに自分はあの統領セバスティアーノと謁見し、そこで無能の一言で片づけられ、議論と酌量の余地もなしに、ここに行きついた。
そんな自分と違い、セバスティアーノに有能だと評価された人たちは、無能生産者とは別の役割が与えられ、コミュニティーにおける健康で文化的な最低限度の生活を保障されている。
不公平だ。不公平極まりない)
…以前、有能生産者の人たちは主にどういった仕事を与えられてるのかと、グリアムスさんにたずねたことがあった。
その時のグリアムスさんは…
『有能生産者はそのスキルごとに割り振られた役職についているらしいです。
力自慢の人を例に挙げるなら、彼らは壁外の物資調達、調査、遠征、壁内部の警備を任せられます。
また状況判断に優れ、頭の回転が速い人は、司令部をはじめとする幹部の要職につき、コミュニティードヨルドの運営に尽力する。
農業に携わった経験のある方は、農作業の管理者などなどですね。わたくしが今思いつく限りは』
とこう答えていた。
『でも自分はスキルの有無について、何も聞かれることもなかった。もしかしたら自分にも何かしらのスキルや能力を有している可能性もあったはずなのに!
…まあ実際、特にこれといったスキルも能力も何もないんですけどね…』
『…それじゃあ論外ですね。……お話になりません』
『…ぬぬ!?』
グリアムスさんのトゲのある一言に、自分はその時、感情をぐっと抑えつけていた。
彼の一言にあれこれと反論したい気持ちは山々だったが、今ここでそのことに対してカウンターを食らわせるのは得策ではないと判断してか、彼のそれらの発言に関し、その場ではひとまず触れないでおいたのだった。
そして時は戻り、現在。以前とは打って変わり、自分はグリアムスの意見に猛反発していた。
「本来、自分はやれる男、万能な人間なんです! いざという時の根性だって、度胸だってある!
…それなのに、セバスティアーノは開口一番に自分を無能だと決めつけ、ちゃんとした話し合いをすることもなく、一方的にこの豚小屋に押し込んだ。
これはフェアじゃない。…彼は自分が闘いのリングの上に立つことすら許さなかった。
まさに戦わずして負けさせられたんです! 自分はそう思っています!」
自分はあの時、せめて一言でも二言でも、弁解の余地があれば状況を挽回できていた。そう思っていた。
しかしその自分の言い分に対して、グリアムスさんは今回もしっかりとくぎを刺しにきた。
先程の「自分はいざやる時はやれる男なんです」といった主張に対し、グリアムスさんは以前と同様の指摘をしたのである。
「それは前にもあなたに言ったことだと思いますが、ここでもはっきり言わせていただきます。
…それはただの思い上がりっていうやつですよ、ベルシュタインさん」
「思い上がり!? …どういうことです!?」
今回もやはり自分の考えに対して真っ向から否定してきた。
グリアムスさんがはっきりそう言ってきたのは、これで2度目の事だ。
自分の眉間の皺もピクピクと動いてきた。
「見る人が見たらわかるんですよ…。わたくしもかつてリストラされた先の会社で面接官をしていたことがあったので、彼のその感覚がなんとなしに理解できます。
言葉を交わさずとも、その人が使える人間か、そうでない人間なのか、一目で見ればだいたいわかってしまうのが現状です。
その直感を頼りにおそらくセバスティアーノは、あなたを役立たずの使えない能無し人間だと判断して、この豚小屋へと追いやったのでしょう。
かくいうわたくしもその1人ですがね…」
「…ぐぬぬぬ。……たしかにグリアムスさんは、前にもそう言ってきました。
………確かにその通りかもしれません。自分は全く使えない能無し人間なのかもしれません。認めたくはありませんが…。
実際問題、自分がそういう能無しだと他人に真っ向から言われると、どうにも情けなさを感じてしまうんです。
無能だからと言って、自分はあたかも存在価値がないとまで突きつけられたような気がして、くやしくてたまらないのです。
陽キャラが陰キャラを見下し、ブツブツブツ…。
自分は陽キャラに馬鹿にされていいほど、雑魚な人間ではないのに、ブツブツブツ…。こう考えてしまうのです」
「あなたのその主張もわたくしとて痛いほどわかる。あなたの言われた通り、わたくし自身もこのようなことを言ってて、情けなく思います。
しかしですねベルシュタインさん。いくら自分に実力がある。
最も自分には隠された能力がある! と思ったとて、他人は今ある事実、現実しか見ないのです。
もっと自分の中に秘められた能力の深奥をのぞいて、向き合ってくれと切に願っても、他人からしてみれば、ありのままのあなたの姿がそのまま客観的な評価になってしまうのです」
「……はい。…前にも言ってましたよね…」
「この世には能力のある人間、能力のない人間とこの2つの判断基準しかない。わたくしたちは残念ながら、周りからすると無能力な人間だった。
少なくともセバスティアーノにそう判断され、一蹴された。それだけのことです。
この戦乱の世で生きたくば、今は自身の境遇に関して不平不満を言わず、ぐっとこらえて、このコミュニティーの方針に従って生きていく。それしかないんですよ」
反論しようにも反論するための言葉が、何も思いつかず、言い返すことができなかった。
自己評価が高くとも、他人からの評価が低ければ意味がない。
そんな言い分に腹立たしさを覚えながらも、この思いのたけをどこにも発散できないのが歯がゆい。
こうして現実を突きつけられたところで、自分は食事にただスプーンを口に運び、それからはお互いに一言も言葉を交わさなかった。
飯を平らげたのち、シチューの入った皿を食堂の返却口に返した。
皿を返し終えると自分とグリアムスさんはそれぞれの寝床場へとむかい、おやすみなさいとお互い言葉を交わすこともなく、その日は別れた。
深夜の1時すぎの出来事であった。
滅びゆく世界で『無能生産者』認定だと!? ~コミュニティー先で強制労働なんて絶対に許さん! 復讐を果たし、成り上がる!~ @AmorePonta
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